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アルマゲドンが終わるまで 10 さよなら

《真っ黒》の蛇は、世界をジャンジャン破壊する。人間対鬼のより、それは終末的な光景だった。


蛇が地上に表れて僅か30分。他より大分ましだった防衛軍キャンプの半径数10キロ強の街並みは、跡形もなく潰される。


尻尾がビルをなぎ払い、頭が家屋を全壊させた。光で人々を喰らい、蛇はご満悦にさらにさらにデストロイ。


美佳のそれとは規模が違う。


またまたミサイルが打ち込まれたりするんじゃなかろうか、あるいは核とか落ちてきたりしちゃったりして…。


様々な懸念が僕の頭をよぎる中、蛇は今、鬼達との攻防を始めた。


僕と美佳は、そこから3キロほど離れた小高い丘の上の公園でそれを眺める。


なんたって文明の痕跡を蛇がぐちゃぐちゃにしたものだから、見通しは素晴らしい。


「大丈夫かな」


「今、パパ達の被害は千百ちょっと」


美佳の視力は凄まじい。太古の傷を探す役目は美佳に一任する事にした。


放物線の凄まじいエメラルドグリーンの光の数々が、鬼達を喰らっていく。


僕は護身銃を握り締める。チャンスは一度。


鼓動が高鳴っていくのが解る。全世界の命運が、僕の一発に懸かっているのだ。


鬼達はびゅうびゅう飛び回り、時々蛇を攻撃する。でも余裕で弾かれてしまう。人間を豆腐のように扱う鬼の攻撃が全く効かないとなると、やはり護身銃も弱点以外に効き目は薄そうだ。


蛇が体からとんでもない数の光を発射する度、その三分の一程度の鬼が喰われる。


急がないと…。僕は衝動に駆られる。


美佳は目を細くして蛇を見つめている。


と、美佳は目を見開く。


「ちょっと待ってて」


美佳は蛇に向かってダッシュジャンプ。


「おいおい!美佳?」


いつだって僕の叫びは届かない。


あっという間に美佳は見えなくなっていく。


さらに蛇が光をバビュン。


美佳の安否が気になって、僕は丘を駆け下りようとした時に、空から美佳が戻ってくる。


「どうしたんだよ?急に飛び出して」


「さっきから気になってたんだけど、弱点見つかったっぽいよ」


思わぬ美佳の収穫に、僕はついつい跳ね上がる。


「本当に!?」


「うん。あのね、隼太には見えないだろうけど、あいつが光を出す時って、一瞬体中に小さな穴が開いてるのね」


僕は体中に小さな穴が開いた蛇を思わず想像してしまう。うげ、気持ち悪い…。


「で、その穴から光が出てるんだけど、一個だけ、穴が開いてるのに光が出てない部分があるの。ここからじゃよく見えないから近くまで行ってみたんだけど、やっぱりその穴、他のに比べてもいびつなんだよね。なんていうかギザギザしてるの。私の一族の爪痕みたいのが、確かについてるんだ」


決定打だった。間違いなく、それがあの蛇の、《真っ黒》の弱点なんだろう。


「それじゃ、その部分を撃てば…」


美佳は頷く。


「だけど、その穴は光を出す時にしか開かないの。だから…」


マリオブラザーズの8面より難易度が高い。あの光の網をかいくぐってそこに当てるのは、東大の試験に全問正解するのに等しいかそれ以上に確率が低いと言える。


「僕じゃ無理だ。美佳がトリガーを引いてくれ」


情けないけどそっちの方が現実的だった。ちなみに僕の成績は学年の真ん中程度である。


「だめだよ。あいつ、人間より私達に対しての方が敏感に反応するもん。私じゃ絶対かわされる」


困った。


「ちなみに、その傷はどのあたりにあるの?」


「赤い目の右上。大きさは隼太の頭くらいかな…」


絶望的だった。とてもじゃないけど当てられる気がしないし、そもそも僕にはその傷すら見えないんだから。


名無し…。君は最後まで難しい事を言ってくれる…。


蛇が雄叫びをあげた。光。そして鬼達の数がまた減っていく。


「パパ!」


美佳が叫んだ。


とても悪い予感がする。


「パパが…やられちゃった…」


美佳は歯を食いしばってそう言った。


泣かないようにこらえている。


僕は美佳の肩に腕を懸けて、頭を僕の肩に抱き寄せた。


光。鬼達の消失…。


「ママも…」


美佳の歯がかたかた震えている。鬼達は命を懸けて、僕達のチャンスを創ろうとしているのに…。


なんでいつも、僕だけが無力なんだ。


鬼達が悲鳴をあげている。もう、数えられる程しか残っていない。


「行こう、美佳。イチかバチかやってみる」


美佳は僕を抱え、再び戦場に舞い戻る。


蛇の雄叫び。蛇の赤い目。僕達を見据えていた。


【最後はお前達だ】


確かに聞こえた。名無しの声だった。でもそれは名無しじゃなかった。


「隼太。さっきの言葉、嬉しかったよ」


唐突に美佳が言う。


「急にどうしたんだい?」


「何でもない。言いたくなったから言っただけ」


「そっか」


僕と美佳は蛇の頭上を旋回する。光の網。かろうじてかわした。目を凝らしたけど、やっぱり傷も穴も見えない。


緊急避難で大地に降りる。もう当て勘しかないのかな?赤い目の右上を狙ってトリガーを引く。僕の頭程の大きさしかないのに、当たる訳がないが…。


でも、もうすぐ鬼達は全滅する。そうなったら、0,000000(以下数十桁略)1の可能性すらゼロになってしまう。


やるしかないか…。


突風で飛ばされそうになる僕を美佳が押さえた。蛇がちょっと体を動かしただけで、台風が起こる。


蛇の頭との距離ーー僕の目算で800メートル。瓦礫やらなにやらが砂に混じって飛んでくる。つまり視界もモストバッド。


さらに桁を増やす必要がありそうだ。


「やれやれ、何に祈ろう?」


「大丈夫だよ。隼太は絶対成功する。だから、神様なんていらない」


美佳の目。様子がおかしい。僕はこんな目をついさっき見た気がする…。


そうだ…。死を覚悟したおじさんの目。


全く同じ目を美佳がしていた…。


「美佳?」


「私、いい事思いついちゃった」


美佳はいいことについて説明した。


鬼達が全滅する前に、美佳が蛇の傷口へ飛ぶ。美佳自身が、目印となる。光が蛇から発生したら、僕が美佳目掛けて護身銃をぶっ放す。


いいことは、方法として最悪だった。


「だめだよ、できるわけないだろう!?」


「じゃあ他にどんな方法があるっていうの!?」


美佳が初めて僕に怒鳴る。僕は言葉を失う。立ち尽くす。


あんまりだ。美佳に対してあんまりだと思う事は今まで何度もあったけど、これはあんまりにあんまりだ。


「しっかりしてよ!世界を救うんでしょう?」


「そうだけど、でもそれは…」


「隼太が死んで、私に後を追わせるより全然いいと思うけど」


再び言葉を失う。


「だからさ、私は隼太より全然鋭いんだよ。何となくさっき気付いちゃったもん。全く、あざといんだから」


僕は言葉を探すーー見つからない。


「私さ、人間を殺したりする事が何で悪いのか、正直今でも全然わかんないんだけど、それでも、1つだけ自分の中で決めた事があるんだ」


言葉を探すーーまだ見つからない。


「隼太を悲しませる事は、全部悪い事なの。そう考えたら、私大分悪い事しちゃったなって。私の悪い事の為に、隼太が死ぬのは絶対嫌。絶対嫌なの」


まだ言葉が出てこない。


「それに、あいつがこの世界に出てきたのは私の責任でもあるし。隼太があいつを見たって事パパ達に言ったら、私達別の世界に行かなきゃならなくなるから、隼太と離れるのが嫌で、私言わなかった」


美佳は泣く。いつからこんなに泣き虫になったんだろう?


「パパもママも、一族のみんなも私のせいで死んじゃったから、最後くらい、私も命懸けなきゃでしょ?」


泣きながら笑った。


言葉を探すーー見つかった。


「行くな」


美佳の涙の笑顔。くしゃくしゃになった。


「行かないでくれ」


僕の顔もくしゃくしゃだと思う。


僕達は抱き合う。


「行かないでくれ」


「ねぇ、隼太のその涙、私の為だけに流れてる?」


喉が痙攣して、声を持ってこれなかった。僕は首だけで肯定を示す。


「それじゃあいいよ、うん。私、最高に幸せ。隼太の奥さんにもなれたし、ベリーハッピーです」


美佳は僕に唇を重ねた。


「最後のキスくらい、舌入れてみればよかったね」


僕の涙は止まらない。さっきあれだけ流したはずなのに、壊れた水道栓みたく、とどまることを知らない勢い。


「前にも言ったけど、私の事、忘れないでね」


「行くな」


「それから、隼太は私の後を追っちゃだめだよ?私の為に死んだら、あの世で祟りまくるから」


「行くな」


「撃つの躊躇っても祟るからね」


行くなーー声にならない。


「さよなら隼太。全ての異世界を含めた世界で、一番誰より愛してる」


「行くな!!」


美佳は僕を突き飛ばす。空を飛ぶ。立ち上がり、美佳を追って走る。瓦礫、砂が目に入る。走る。石が頭にぶつかる。血が出た。走る。蛇の胴に近付く。上を見上げる。美佳が仰向けに赤い目の右上に張り付いていた。


赤い目ーー空を見上げている。鬼達を補足していた。


何でだよ、何で最後まで君は自分勝手なんだ。1人で世界をめちゃくちゃにして、1人で世界を救うなんてズルすぎるだろう?僕は君を愛してる。異世界とか知らないけれど、世界で一番愛してる。その僕に君を殺せだなんて、悪魔に等しく残酷じゃないか!


僕は地面を叩く。両手で交互に叩きまくる。


見上げる。美佳は目を閉じている。


今ここで撃たなきゃ、死んでいったおじさんやおばさん、鬼達、そして美佳の覚悟は全て無駄になる。


解ってる。


《僕は撃たざるをえない》


僕がその結論に至るのを計算して、美佳はこの強行に打って出た。


かつてないほど美佳を憎み、かつてないほど美佳を愛した。


僕は泣きじゃくりながら、護身銃の銃口を彼方の美佳に定める。


色んな事に謝った。とりわけマイケルに謝った。


ごめんなさい。もう僕は、あなたに殺される訳にいかなくなってしまいました。


許せとは言いません。だけど、ほんの少しでいい。1ミクロくらいでいいから、世界中の皆さん。


美佳を解ってやってください。


蛇の体が光る。


護身銃が光る。


さよなら、と呟こうと思ったが、それに一体何の意味があるだろうと思い直してやめた。


代わりに叫んだ。


エメラルドグリーンの光が、美佳と蛇を貫いた。刹那に、美佳の笑顔が見えた気がした。


蛇は断末魔の叫びを上げて、体中から闇を撒き散らし、破裂した。


破裂した闇が、世界を覆った。


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