それについて
それは、限りなく膨大な闇に生まれた。
それがいつから、どのようにして発生したのかは、それ自身にすら解らない。
しかもそれは、自身の存在意義すら理解していなかった。
あるいは、理解する必要がなかった。
存在意義とは、同一の種族、あるいは同一の集団がある上で初めて生まれるものだからである。
つまるところ、それは単一であった。
単一であるが故に、無限に等しい闇の中においてさえ、それは孤独を知らなかった。
それが初めて、本能に目覚めたのは、それが唐突に空腹を覚えた時の事である。
正確に言えば、空腹に近い、何か別の渇望であった。
渇望の正体は生存本能であり、肉をもたないそれに《喰う》という概念は存在していなかったが、それでも、生物でいうところの《喰う》に近い事をしなければ、消滅を免れない事にそれは気付いた。
闇の中で、糧を探す。
糧は闇の中に見つからなかった。
このままでは消滅してしまうかもしれない。
糧を探した。
見つかる。糧は闇の外にあった。闇に外がある事をそれは知った。
それは闇をこじ開ける。光が見えた。光の中に糧があった。
光の中へ行こうと思う。光の中へ行けなかった。糧を得ることができなかった。
それは糧を狩る方法を探した。
探すまでもなかった。それには生来的に糧を狩る力が備わっていた。
それには触手があった。触手は光に似ていた。その触手は捕縛した糧をそれの元へ運ぶ。
そのようにして、それは生活リズムを確立した。
闇をこじ開け、糧を探し、捕縛し、喰らう。
単調であった。
闇の外には様々な光があって、様々な糧があった。
糧の中には、闇の中へ飛びこんで、それと闘おうとする糧もいた。
それは肉を持たない為、糧に滅ぼされる事は無かったが、それでも触手を奪われる事があった。
それは怒り狂い、以来、触手を奪った糧を執拗に狩り続けた。
その糧達は、それの追撃を避ける為に、光から闇を移動し、別の光へと逃げ続ける。
それは追い続けた。
恒久的ないたちごっこに思われた。
糧が逃げ、それが探す。
ある時、それは思い付いた。
【光の中へ行けさえしたら、あの糧を完全に滅ぼす事が出来るのではないだろうか】
それは光の中へ侵入する方法を考える。
そして、それは自身の肉を創る事を閃いた。
【そのようにすれば、光の中へ侵入する事が出来るのではないだろうか】
それは、その光に存在する糧に対して、触手を伸ばし、その糧を己が肉とする方法を試みる。
それは触手に自らの意志を込める事が可能であった。
さらに、意志には、その意志を形にするチカラがあった。
当初、成功に思われたその方法は、それの意図とは別の方向に進んでいく。
肉になる予定の糧に、それの意志が伝わりきらなかったのである。
伝わりきらなかったそれの意志は、糧を混乱させ、糧の自我と記憶を奪い、新しい、独自の思考を持つ生命体を生み出した。
その糧には、それと同じように、名前が無かった。
本来の目的を混乱の中から思いだそうと、糧は光をさまよっていた…。