アルマゲドンに至るまで 2 板挟みは辛い事、それから予兆
僕の両親と美佳の両親の議論はいつでも平行線で、一触即発のムードがプンプン漂っていて、出来ればその場に居合わせるのは避けたいと思う。けれど、間を取り持つという役は美佳になんか絶対任せておけないし、残念ながら僕は必ずその場に居合わせなきゃならない宿命にあるのだ。とほほ。
今日も美佳の家で、僕と美佳の両親が、ダイニングテーブルを囲んで不毛な議論を展開させる。
僕の両親(父、春男52歳。母、真里49歳)の意見。
「あなた方の娘さんは、自身の欲望により数え切れない程の女性を殺害し、また、それによって国際的な指名手配犯となり、その事から我が家(特に息子)まで巻き込まれ、世界から敵と認識されてしまった。早急に何らかの措置ーー例えば娘さんの身柄を政府に引き渡すーーを取り、現状の看破と、我々が無関係であるという釈明を行って頂きたい」
美佳の両親(父、母ともに、本名年齢不詳)の意見。
「そもそも、我らはこの世界の住人ではない。よってあなた方の常識や倫理感というものに従う必要はないし、当然ながら美佳を権利機関に差し出す事など有り得ない。しかしながら、あなた達家族を巻き込んでしまった原因が娘の不祥事にあるのは事実だ。よってあなた達家族の身の安全は、我々一族の最重要目的としてそれを保証する事とする。これで納得頂けないだろうか」
僕の両親の意見。
「あなた方の提案には、我々一家の社会的地位の回復という項目が完全に欠如している。我々が人間として生活していく上で、これは必要不可決な事であり、これなくしは、いくら生命の安全が保証されていたとしても、根本的な解決にはなり得ない」
ええと、美佳の両親。
「ならば、春男氏と真里氏のみで自ら権利機関に赴き、身の潔白を証明するのが妥当であろう。しかし、御子息を同行させる訳にはいかない。娘は御子息を愛し、将来的に夫とする事を計画している。我々は娘の意志を尊重し、同時に一族の総意として決定した次第である」
あ〜、僕の両親。
「息子なくして釈明は有り得ない。第一に我々のみで釈明したところで、息子が娘さんと婚姻を結んでいるならば、なんら説得力が発生しない。第二に、我々はその婚姻を認めない。あなた方の世界で、結婚というものがどのような手続きのもとに行われるかは存じあげていないが、それは双方の合意があって初めて成立するものである。息子の意志を無視しての婚姻など、我々は絶対認めない」
美佳の両親。
「ならば、御子息の意見を聞こう」
両家の視線が僕にグサグサ突き刺さる。とりわけ、美佳の視線が怖すぎる。僕は溜め息をつきたくて仕方ないけど、溜め息なんかついたら美佳のパンチで僕が死んじゃう恐れがあって、なんとかかんとか冷静を装う。
「えっと、まぁ、僕としては、つまり、まだ僕は16歳で、なんといっても未成年で、父さん母さんの意見に従わなきゃならないのが本当なんだけど、だからといって、美佳の事は嫌いじゃないし、世界がこんなになっちゃったのは僕にも責任の一端があるわけで、仮にこのまま僕が関係ないと言っても、それはそれで本当じゃない気もしないでもないです」
母さんが両手で顔を押さえてシクシク泣き出す。父さんが僕をちょっと睨んで母さんの肩を優しくさする。僕は、世界で一番親不孝者な自信がある。だけど、泣きたいのは僕も一緒。それでも泣けないのが、きっと僕への罰なんだと思う。
僕は、ほんのちょっとの勇気を絞る。
「けど、結婚という事を考えるのはやっぱりまだ無理です。一応、この世界、というかこの国の法律に乗っ取れば18まで出来ないし、さらに20歳までは親の合意も必要になる。だからやっぱり、何をするにももうちょっと時間が必要だと思うんです」
こんな事になってるのに法律も何もないけれど、とりあえずお茶を濁さないと、なんだか取り返しのつかない事になりそう(もう充分なってるけど)で、美佳の視線に必死で耐えて、僕はとにかくエスケープ。
「それでは、議論は御子息の結論がでるまで延期としよう」
と、美佳サイド。父さんと母さんは、鬼の護衛のもと家に帰る。いつ空爆されるかまったくもって解らないのだ。
廃墟となった新宿近辺(僕と美佳の家を除く)は完全に外界から隔離されてる。だから今現在、世界がどういう情勢にあるのか僕達には知るすべがない。食料だの水だのは鬼達がどこからか調達してきてくれるものの、こんな状況では父さん母さんが参るのも無理はない。やれやれ、どうしよ。僕には考える事が沢山ある。
「隼太、今日は7時に新宿駅ね!隼太は家を5時に出発!三体の鬼から無事逃げてね」
美佳には考える事がなさすぎる。
「ねぇ美佳。もし、これで僕が本当に死んじゃったらどうするの?」
僕はふっとよぎった疑問を口にする。美佳はキッパリとこう答える。
「その時は、隼太を追って私も死ぬよ。決まってるじゃん。隼太が死んだら、生きてる意味なんてゼロだもん」
それは
「健康の為なら死ねる」
と言うのと同じくらい矛盾した言葉に聞こえる。思わず、僕は苦笑してしまう。
「やれやれ。それじゃ知らず知らず僕は美佳の命も背負っていたんだ」
「当たり前じゃない。愛し合うって、そういう事でしょ?」
僕は美佳の事を、本当に好きなんだろうか?美佳はどうやら異世界のお姫様で、どういうわけかこの世界で僕の幼なじみとして生きてきて、女の子とか軍隊とかを片っ端から皆殺した、世界中の凶悪犯を全員足してもまだまだ足りないくらい凶悪な女の子で、そんな女の子を僕は本当に好きなんだろうか。
というかその前に、何で美佳は僕の事が好きなんだろう?
僕はそれを何度か尋ねたけれど、美佳は秘密と言って答えない。
女の子の事は、僕には全然解らない。
とりあえず、僕も家へ帰って、お茶を飲んだり本を読んだりして5時になる。護身銃を片手に、美佳の待つ、原型のない新宿駅へと向かった。
その途中で、僕はとんでもないものを目にする。今にして思うと、それはきっと予兆だった。これから始まる、僕1人で背負うには少しばかりヘビーすぎた、あの、悪夢のアルマゲドンの。
結果から言うと、僕は大切なものを沢山失う。でも、この時にはまだ、それがとんでもなくとんでもないモノだと認識するだけで、あんな事になるなんて、まったく予想もしなかった。
僕は甲州街道だった道を走る。頭上に、僕を狙う鬼が来る。僕は護身銃の充電を開始する。
護身銃を充電するには、いくつか条件があったりする。まずまず、鬼が僕の視界にいる事。さらに、鬼が一度僕を視界に入れる事。それが重なった時点で、グリップにあるボタンをポチっと押す。すると、ちょっとずつ緑色に光りだして、温かくなる。
つまり、完全な不意打ちが出来ないワケ。不意打ちしたければ、この前みたいに、一度見つかってから隠れなきゃならないという、使い勝手の悪い銃。
甲州街道沿いに隠れられそうな建物がないから僕はもうもうひたすら走る。鬼のチョップをかろやかに避け、鬼のキックを鮮やかにかわす。何だかんだで僕も強くなっていた。
ところが絶体絶命大ピンチ。新宿南口が見えてきた所で、眼前にもう2体の鬼が立ち塞がる。さすがの僕も、一度に3体もの鬼を相手に渡り合える自信は皆無。護身銃の充電もまだ…。
頭上にいた鬼は僕の後方に降り立ち、僕は逃げ場をどうやら失う。さぁさぁどうしよ隼太君。
僕の頭の中に、大好きだったアニメのテーマソングのフレーズがよぎる。
トラブル〜と〜あそ〜べ〜♪
どうやらすっかり現実逃避気味の僕に、前から2体、後ろから1体の鬼がザッザと迫り来る。どうやって遊ぼうか、考えて考えぬいて、遊べないと悟ったその時ーー。
暗くなり始めていた空が、一瞬、ピカッと真っ白に光る。鬼達は空を見上げ、何かを叫ぶ。僕もつられて空を見上げる。
言葉を失う(元々喋ってないけどさ)。
それを形容する語彙を勉強不足の僕は持ってない。無理矢理例えるなら、空っていう紙を、内側から何かが破って、僕達を覗いている感じ。
しかもそれは、美佳が鬼を呼んだ時に開けた穴なんかより、遥かに巨大な規模の亀裂。その中に、よくは見えないけど、とてつもなく巨大な、何かがいた。鬼達は、空に向かって、ひたすら吠える。瞬間、空からエメラルドグリーンの光が降る。その光が、護身銃から発射されるものと同じである事に気付いたのはちょっと後。僕はこの時、そこまでクールでいられなかった。
鬼達は跡形もなく消える。
僕は呆然と、その何かを見つめる。何かが何かは解らないけど、それが、とてつもなく黒く大きくて、まがまがしいモノである事だけは、なんとなく解った。