アルマゲドンが終わるまで 7 ついに僕は涙を流し、自身の死を切望する
若い兵士が先頭に立って、作戦本部室の扉に手をかけたその時、護身銃充電完了の音がした。
僕は美佳の手を引っ張って、慌ててその場に倒れて伏せた。
ギュオーンという発射音。僕は目をきつく瞑る。
…あれ?
ゆっくり目を開ける。何ともない。警報のサイレンだけが相変わらず周囲に鳴り響いているだけだった。
護身銃は誰に向かって放たれたんだろう?
何かを悟ったかのように、若い兵士が扉を開けて、中へ駆け込んだ。僕と美佳も続く。
作戦本部室は円形の広い部屋で、長いテーブルとか椅子とかそれから学校で見かけるような簡易スクリーンのちょっと大きめなバージョンのがあったりした。
その奥に小部屋みたいなのがあって、そこにはモニターが沢山あって、モニターの下には窪みが必ず一個ついてた。
僕はここから光を増幅させた護身銃を発射していたんだろうと、瞬時に悟った。という観察力の高さをひけらかすのはひとまず止めて、マイケルは部屋の中心で、誰もいない方向にむけて護身銃を構えていた。
というより、恐らく誰かに撃った後だったっぽい。
若い兵士はマイケルに駆け寄って、英語で何かをまくし立てていた。
マイケルは若い兵士を突き飛ばし、今度は彼に護身銃を突き付ける。
『充電の仕方次第では10発まで連射が可能なの』
やばい。なんだか悪い展開だ。護身銃が淡く光る。
すると隣にいた美佳が猛スピードで若い兵士の元へ跳躍。
彼を抱きかかえて、僕の所へ戻ってきた。
「ナイス美佳!」
僕はガッツポーズで美佳を誉める。美佳はニコッと胸を張る。
どうせならマイケルから護身銃を奪ってきて欲しかったという所見は言わないでおく。
かなり前から気付いていた事だけど、美佳はどこか抜けているのだ。
マイケルは僕達の存在を確認する。美佳に対して、世にも恐ろしい嫌悪と恨みを込めた視線を送った後、僕に対して、世にも恐ろしい優しい視線を送った。
英語で何か、僕に叫んでいる。意味は当然解らなかったけど、そこには、何か肯定的なニュアンスが感じられた。
「よく帰ってきてくれた、と言っている」
若い兵士の通訳。
そのあと再び、マイケルが僕に叫ぶ。今度は僕でも理解できる簡単なフレーズだ。もっとも、なんの事を言っているのかはさっぱりだけど。
「モニカはどこだ?」
しかも、そう言うマイケルは、昔、山手線のとある駅で、新宿への行き方を尋ねてきた外人の雰囲気にどことなく似ていた。
なんというか、日本人にはない、あの独特のフレンドリーな感じ。
僕には、1年前(僕からしたらついさっきだ)のマイケルと目の前の人間が同一人物である事が、にわかに信じられなかった。
「モニカって?」
僕は若い兵士に尋ねてみる。
「ヒューマン・フェイクに殺された、大佐の恋人だ。2人の詳しい経緯を私は知らないが、大佐の彼女に対する愛は、並大抵のものでなかったらしい」
また、胸だか心だかに穴が開く。
僕の背負った、美佳の罪の重さを実感する。マイケルの様に大切な者を美佳達に奪われた人間は、世界中にごまんといるんだ。
僕は拳を握り締める。美佳を見る。
少しだけ、表情が揺らいでいた。おばさんとの一件で、美佳の心にも僅かな変化が生まれたようだ。
マイケルがもう一度、僕に叫んだ。
「モニカはどこだ?」
マイケルは僕が生き返ったと思ってる。だから僕の帰還を喜んでいる…。
合点がついた。
マイケルは恋人も生き返ると思ってるのだ。
僕の中で、何かが壊れた。それは今まで大洪水を何とか抑えていたくたびれきった古いダムが、轟音と共に決壊するような崩壊だった。
「隼太…」
美佳の言葉で、美佳を見る。
美佳の眼には、当たり前だけど僕が写っていた。
僕は泣いていた。ボロボロボロボロ、涙の粒が零れて零れて止まらない。
そろそろいいかなと僕は尋ねる。
あぁ、おめぇが泣くんなら、今しかねえと名無しが答える。
僕はその場に崩れ落ちて、声をあげて泣いた。
「モニカはどこだ?」
マイケルの言葉が聞こえる度に、目の奥から涙が溢れて溢れまくる。
僕は何で泣くんだろう。
おめえはもう、自分の為に泣いたら駄目だと自分に言い聞かせていたからさ。
名無しが言った。
僕はマイケルの為に泣いた。僕は美佳と鬼達に殺された全ての人達と、全ての人達にとって大切だった全ての人達の為に泣いた。
『隼太は悪くないのに何で泣くの!男なら胸を張っちゃいなさい!』
最後に泣いた時、美佳は僕にこう言った。
美佳の罪は余りに深い。僕は美佳の為にも泣いた。
マイケルが護身銃を向けて僕に歩み寄って来る。
「モニカはどこだ?」
涙でマイケルの顔がよく見えない。けれど、その表情が希望に満ちている事は充分解った。
僕の涙は一層激しく、体中の水分を全部奪っていきそうな具合に、容赦なく止めどなく流れては零れて、流れては零れた。
何を言えばいいんだろう?
マイケルは僕を抱き締めた。
耳元でマイケルが囁く。さっき若い兵士が僕に通訳してくれた意味の英語だ。
「よく帰ってきてくれた」
そして
「モニカはどこだ?」
何を答えるべきなんだろう?
誰かに教えを乞いたかった。名無しでも、美佳でも、若い兵士でも、父さんでも母さんでもいい。
誰か教えてくれ。
僕は何て答えればいいんだ?
「ごめんなさい」
僕はそれ以外の言葉を知らなかった。
「ごめんなさい」
謝ってもすまない時に、それでも謝るしか方法がない事だけ僕は知っていた。
「モニカはどこだ?」
マイケルの声が、次第に無機質になっていく。
「モニカはどこだモニカはどこだモニカはどこだモニカはどこだ」
マイケルは僕の体から離れて、僕の額に銃口をくっつける。
「隼太、危ない!」
「来るな!!」
初めて美佳に怒鳴った。
「君は、きちゃいけない。見てるんだ。何があっても、動いちゃだめだ」
「でも、隼太…?」
「今ここで僕を助けたりしたら、僕は二度と美佳に口をきかない」
気配で、美佳が思いとどまるのが解る。
僕はマイケルの目を見つめた。焦点の合っていないその目は、すでに自分を見失っている。
僕は美佳を喪った僕の事を想像してみた。
多分、僕はマイケルになるんだと思う。
そしてマイケルのような人は、世界中に溢れているんだろうと思う。
僕の背負った美佳の罪を償うには、それでも全然足りないけれど、僕が美佳を殺さなければならない気がした。
そして、そんな事は僕にできないという事も、同時に解った。
あぁ、そうか。そういう事だ。まったく、僕とした事が、とんでもない勘違いをしていた。
美佳の罪を背負う?
とんでもない。一番罪深いのは、美佳を愛した僕自身じゃないか。
僕の言うべき事は決まった。
「ごめんなさい。モニカさんは、帰ってきません」
若い兵士は、それを訳さなかったし、だからマイケルに日本語が通じているとは思えないけど、それでも伝わる言葉というのはある。
マイケルの顔が、鬼へと変わっていく。
「僕を殺してください。そんな事で償えるとは思えないけど、僕を殺してください」
僕は美佳を殺せない。だから、僕が死んだら後を追うという美佳の言葉を信じて、僕はマイケルにそう言った。
護身銃が光り出す。
「だめえ!!!」
と美佳が叫ぶ。
ごめん。美佳との約束も、名無しとの約束も、結局僕は守れなかった。
やっぱり、一番罪深いのは僕自身だ。
愛してるよ。美佳。
今度撃たれたら、その時は僕を食らってくれよ?
いるんだろう?名無し。
いや、僕は君をこう《名付けて》いたね。
《真っ黒》。