アルマゲドンが終わるまで 6 最後の扉が開かれる
それにしても広い。娯楽施設やら宿泊施設が混在していた。
僕は軍隊の基地とかそういうものに詳しくないので、まさか映画館とかハンバーガーショップまであるとは思っていなかった。
たくさんの建物の間に街路樹とかも並んでいて、一見テーマパークを思わせる。
その中心に、一際大きな建物があった。
横長の長方形で、灰色。天井部分からあの巨大な鏡のメガホン。
僕と美佳は着地して、その建物の入り口を目指す。
激しい攻撃を予想していたのに、キャンプ内はガランとしていて、人気がほとんど感じられなかった。
「みんな逃げちゃったみたいだね」
「私にびびったんでしょ。都合いいじゃん」
僕と美佳は特に走る必要がないのに走った。美佳もどうやら空からの《真っ黒》の視線に気がついたらしい。
ゆっくりと事を運ぶ余裕がない。そんな気がしたのだ。
ガラス張りの入り口が見えてくる。僕達が入ろうとすると、1人の兵士がそこから出てきた。
あれは、僕の家でマイケルの通訳をした若い兵士だ。
「どうする隼太?捕まえて、案内させる?」
「う〜ん、確かにあんまり時間がない気がするし、気は進まないけどそれでいこう。でも手荒な真似はしちゃだめだよ美佳?」
「解ってます。ちょっと脅すだけ」
美佳は猛スピードで若い兵士の眼前へ。若い兵士は両手を上げて降参のポーズ。その表情は…赤い?というか、顔中血だらけだ。何があったんだろう?
美佳は首をちょんぎる仕草でその兵士を脅しつける。可哀想に…。兵士は亀の子みたいに地面に縮こまってしまった。
僕は急いで駆け寄って、美佳に、あとは僕がやりますと促す。
「顔を上げてください」
ゆっくり兵士が顔を上げる。僕はちょっとギョッとする。
遠目で見るより、兵士の顔は酷かった。目が腫れ上がって、唇はぶよぶよ。どういう暴力を食らえばこうなるんだろう…。
「こ、殺すのか?」
「殺しません。それよりその顔どうしたんですか?」
兵士は口をつぐんでしまう。聞かれたくないみたい。
「殺さないから、教えてもらえません?」
「…大佐に、マイケル大佐にやられたんだ」
僕と美佳は顔を見合わせる。仲間割れ?
「どうして?」
美佳が興味深そうな顔で尋ねた。
「知らない。大佐は、君の生存を喜んでいた。早く逃げようと促したら、この有り様だ」
マイケルが僕の生存を喜ぶ?タチの悪い冗談に思えた。
「何で僕が生きているのが嬉しいんです、あの人は?」
「だから、知らない。生きているというか、大佐は君が生き返ったと言っていたが」
生き返った?
「じゃあその大佐はどこにいるのよ?」
「バーンズ司令官と、作戦本部室に…」
「そこに護身銃もあるんですね?」
兵士が罰の悪そうな顔で目を反らした。正解らしい。
「案内してもらえますか?」
「大佐と司令官を殺すのか?」
僕は溜め息をついた。美佳はともかく、僕まで殺人鬼と思わせるのは心外だねもう。
「殺しませんてば。あの銃を返してもらって、ちょっと話し合いをしたいんです」
兵士は首を振る。
「信じられない。あの時の復習に、殺すに決まってる」
「あ〜、めんどくさい!」
美佳が建物の壁に久々のワンツーパンチで貫通パンチ。固そうだった壁が発泡スチロールみたいに砕け散る。
「いいから早く案内しなさい!あんた殺して探す事だって出来るんだからね!」
あぁ、美佳そんな事したら逆効果だって…。
「やはり、殺す気じゃないか」
兵士は震えて今にも泣きそう。
「解りました。いいです、もう行ってください」
「ちょっと、隼太?」
「この人には多分何を言っても無駄だよ。それに、美佳の言う通り、ちょっと時間掛かっても僕達で探すのだって不可能じゃないから」
何より、誰かを虐めるのは好きじゃないのだこの僕は。
「さ、早く立って。もういいですから」
口をあんぐりあけて、腫れ上がった目で兵士が僕を見つめた。
「殺さないのか?」
「だから、元々殺す気なんてないんですってば」
煮え切らないので、思わず僕は手を差し出す。
兵士は少々躊躇したものの、僕の手を握りしめて、一気に立ち上がった。
「それじゃ、気をつけてください。何に気をつければいいかは解らないけど」
え〜、いいの〜?と膨れっ面の美佳をなだめて、僕達は入り口に足を踏み入れる。
と、その時僕は思い出す。
振り返って兵士を見る。彼は呆然と僕達を眺めていた。
「あの、僕の両親どうなりました?」
何を聞かれているのか、最初兵士は解らなかったようで、変な間が生まれた。
やがて思い出したように兵士が口を開く。
「君の母は、この近くの病院に入院している」
僕はその後兵士が言った住所を記憶する。
「父は当初、ある施設で我々の取り調べを受けていたが、ヒューマン・フェイクとは無関係である事が解ったので解放された。今では政府の与えた仮設住宅に住んでいる。毎日、君の母の見舞いに行っているようだ」
「僕の事、何か言ってました?」
言いにくそうな表情の兵士。
「言ってください」
「…、化け物に命をかけるような人間は、もう私達の息子じゃない…そうだ」
痛み。胸?心?とにかくどこかに穴が開いた。
そろそろ、泣いてもいいだろう?と僕が聞く。
まだだ、泣くのはまだ早えぞと名無しが答える。
美佳が心配そうに僕を見つめて、背中をさする。
僕は美佳の手を握る。
美佳がその手を、さらにもう片方の手で包む。
大丈夫。
僕は僕に言い聞かせる。
「解りました。ありがとう」
僕と美佳は手を繋いだまま、奥を目指す。
「待ってくれ」
兵士の声で、再び振り向く。
「話し合うと言っていたが、君達は英語を話せるのか」
僕は美佳に
「話せる?」
と聞いてみる。
当然美佳は首を振る。
「通訳が必要だろう。私も行く」
驚いた僕は、いいんですかと聞き返す。
「大佐の事が気にかかる。それに、君達もどういうわけだか、本当に我々を殺すつもりじゃなさそうだ。ならば、まだギリギリで議論の余地はあるだろう。何を話すつもりか知らないが、今まで我々と君達の間には対話がなかった。この戦争も、そろそろ終結させなくてはならない」
僕達は兵士の案内で作戦本部室へ向かう。けたたましいサイレンの音がそこら中で響いていた。
エレベーターに乗り、地下へ。ドアの先には、一本の長い廊下が続いている。
その一番奥に、大きな扉が見えた。
「あの中だ」
僕と美佳は頷いて、それからしっかり床を踏みしめ歩き出した。
心の準備は、もういらない。