アルマゲドンが終わるまで 2 僕は美佳の目を覚ます
北極に来たのは初めてで、北極の氷の一つ一つが、僕の想像を遥かに越えて綺麗な事も初めて知った。
沢山の流氷の上に、沢山の鬼達が生活していた。1番大きな流氷の上に、美佳と美佳のおばさんがいた。
美佳は氷の上で、死んだように眠ってる。
僕とおじさんが氷の上に降り立つと、鬼達は歓喜(多分ね。よく解らないけどうれしそう)の雄叫びをあげた。
「隼太ちゃん!」
おばさんが僕の元へ走り寄って、僕をきつく抱きしめる。
「生きていたのねえ、あぁよかった。これで、美佳もきっと目を覚ますわ」
僕は横たわっている美佳を見つめる。顔を覗きこんで、耳を近付けた。
息づかいが確かに聞こえる。大丈夫、美佳は生きている。
鬼達が僕らの頭上に集まってくる。みな一様に、姫の目覚めを待ち望んでいるようだ。まいった。僕はどうやら過度に期待されている。
「さぁ、隼太ちゃん。美佳にブチュッとやっちゃって」
「はい?」
「隼太君。君達の世界で、眠り姫を目覚めさせるのは、王子様の情熱キッスと相場が決まっているだろう」
おじさんの情熱キッスという単語に少々引きつつ、眠り姫の凍った寝顔に触れてみる。
冷たい。
「気にすることないのよ。なんならディープも許しちゃうわ。ねぇあなた」
「そうとも。舌をジュルジュル掻き回すんだ隼太君」
僕はこの人達が美佳の両親である事をなんだかとっても納得した。
「あの、お言葉ですけど、僕にはそんなんで美佳が起きるとは思えませんが…」
「隼太君。何を弱気になっているだ」
「そうよ隼太ちゃん。やらないなら、おばさんが隼太ちゃんの舌引っこ抜いて塩焼きにして食べちゃうからね」
おばさんの目はマジだった。むしろ僕の舌を引っこ抜いて塩焼きにして食べちゃう事もそれはそれで悪くないという様子なので、僕は渋々従うことにした。
僕は何をやってるんだ?
美佳の顔がとっても近い。こんなにオーディエンスに囲まれながらするキスは初めてなので(なんせ廃墟がデートスポットだ)、僕の心臓はバクバクドキドキ。
「さぁ!いっちゃって隼太ちゃん!」
「いくんだ隼太君!何なら胸を揉んでも構わんぞ!」
黙れ馬鹿親共と頭の中で言いながら、僕は美佳に唇を重ねた。
そして僕は、美佳の中に吸い込まれる(何が起こっているんだろう…)。
美佳の中で僕は浮遊し、眼下に大海原が見える。
透明な海だった。何もかもが透けていて、海底までもがくっきり見える。
僕はどうやって海に潜ろうか考える。何故って、海の底に美佳がいたのだ。これがやっぱり眠っているのだ。
僕は浮遊した事が人生で一度もないので、浮遊した状態で人間はどうやって上昇だの下降だのをするのか解らない。
しかしそこらへんは都合が良かった。僕の体は下降を始める(ここはやはり現実じゃない)。
海面を突っ切って、そのまま美佳へ。この海に生物はいないようだ。
僕は美佳を両腕に抱える。美佳の名前を呼んでみる。
美佳は僕に応えない。
ちょっと起きてよ美佳ってば。
これで君が寝たままだったらモチベーションが続かないって。
よくは解らないけど(僕にはよく解らない事が多すぎる)、僕は世界を救う事になるらしいんだ。君がいなきゃ到底無理だしごめんだよ。君がいなきゃ世界を救う意味がない。だってこれは罪滅ぼしだ。僕が背負った君の罪を、世界を救って減らそうと思います。そんなの甘いと、きっと皆は言うだろうけど、それでもゼロより大分マシだと思うんだ。
何より君が大好きです。だから起きてよお願いだ!
僕は叫びを愚痴にする。水中なのに何で喋れるんだろうと思ったが、ここは本当は美佳の中だし、ここは本当の水中じゃないんだろう。
僕は自棄になって美佳にキス。
美佳は目覚める。
頭突きを一発、僕の頭に食らわせて。
「何すんのよ痴漢!ぶっ殺して…」
僕の首をバッサリいこうと美佳は手刀を構えるも、痴漢が僕である事に気付くと…、
「…嘘」
と言って、
「…嘘でしょ?」
と言って、
「本当に隼太なの?」
と言って、
「夢じゃない?」
と言った。
この世界が夢じゃないと断言する事は出来なかったけど、ひとまず僕は、
「夢じゃないよ」
とニカって歯を出し笑ってあげた。
美佳は唇を噛む。どうやら涙を堪えようとしているらしい。うんうん、とってもプリティーガール。
美佳が僕に歩み寄る。僕は唇をおちょぼ口にして待った。なんせこの展開は情熱キッスに決まっている。
決まっていなかった。情熱キッスの代わりに、僕の頬に痛恨の平手打ち。頭が飛ばなかったのは、ここが現実世界でない事に起因するでしょう。
僕は頬を押さえて美佳を見る。ワッツ?何故僕は殴られなければならない?それも現実世界なら生存が困難な程に強烈な一撃で…。
あぁ、僕の生活は不条理に満ちている。
美佳は僕の胸に顔を埋める。
「バカ隼太…。死んじゃってたらどうすんのよ!隼太が死んだら生きる意味なんてないんだからって、私前に言ったじゃん!」
我慢しきれず声を上げて美佳は泣く。ここ最近、随分と僕は美佳を泣かせているみたいだ。
僕は美佳の頭をそっと撫でる。
「ごめんよ。でも、どうやら僕にとってもそれはおんなじらしいんだ。美佳が死んだら、生きてる意味が、ゼロかどうかは解らないけど、極めてゼロに近いくらい薄くなるのは、どうやら間違いないらしい。だから僕も、美佳を救わずにいられなかったんだ」
「そこは、素直に、ゼロって言いなさいよ!バカバカ隼太!調子乗ってるとぶっ殺すわよ!」
両の拳で僕の胸をポンポン美佳が叩いてた。
「まぁ、結果的に2人とも生きてるんだからよしとしよ。僕はもう、決めたからさ」
「何をよ」
「二度と美佳を離さないよ。この先どんなに選択肢が増えたって、僕は美佳を選んでいく。だからきっと、もうこんな事はないんじゃないかな?」
美佳はその言葉にワンワンギャンギャン泣いちゃって、僕はこの言葉がすごい罪深い事を知ってたけど、それでも言って良かったと思った。
人類が僕らを許さないなんてのは当然だし、もう許して貰うには世界が大分痛々しくなっちゃったから…。
僕は美佳と世界を救う。史上最悪の矛盾を抱えてヒーローになるんだ。
「それじゃあ美佳、そろそろ起きてよ。何にせよ、眠りっぱなしは体に悪い」
「眠りっぱなしって、起きてるじゃん」
「でも寝てるでしょうよ。周りを見て」
美佳は周囲を見回して、首を傾げる。
「海ですけど何か問題でも?」
あぁ、そういや僕の彼女は人間じゃなかった。僕は水中で会話が出来る事がどれほど不自然であるか説明しようと思うものの、美佳にとっては自然だったら何の意味もありませんねと思い直した。
という事で、そこは省いて経緯を説明する。
美佳は神妙な面持ちで、合間に何度か頷いた。
「そんな事になってたんだ…。そういえば私、隼太を追って異次元に飛び込んで…。何だろう、そこで私、何かを見た気がする。何かとてつもなく怖い事。それを境に気を失って…」
「それって、僕が見た《真っ黒》じゃないの?」
「うん、多分そうなんだけど、私が怖かったのは《あいつ》がいる事じゃなくって、なんかもっと別な事…」
でもまぁ思い出せないから、思い出したらまた言うねと付け加えて、美佳はひとまず上を、海面を見上げる。
「私、寝てるんだよね?」
「うん、寝てるよ」
「起きたらどうしよっか?」
「決まってるさ」
「決まってるの?」
「美佳にはよく解らないだろうし、僕にも当然よく解らないけど」
「何よ」
「僕と美佳で、この世界を救うんだ」
世界最悪の大量殺人鬼と、殺人鬼に殺人をさせる理由を作った人間のコンビが世界を救う。
悪くない、というより、悪すぎる。悪すぎてもう、逆にそれが良くなったという感じ。
美佳はポカンと口を大きく開けて、
「隼太、いつからオタクになっちゃったの?」
と呆れたように言った。
やっぱり僕の生活は不条理に溢れている。でも1話のラストを思い出せ。
僕にはどうやら、Mっ気があるのだ…。