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中幕 3 英雄となったマイケル大佐が、その身に狂気を宿すまで

夜ーー。


パレードは、盛大に行われていた。


キャンプ内は一般解放され、そこかしこが出店で溢れている。


フランクフルトをかじる日本の少年が、樹木に背をもたれ、腕を組んで憮然としているマイケル大佐を見つけると、握手を求めてきた。


マイケル大佐は無表情でそれに応じる。傍らにいるクリスが、

「もう少し愛想よくしてやったらどうなんです?」

と、ため息混じりに囁いた。


「こんな馬鹿騒ぎをするのは、早すぎる。ヒューマン・フェイクはまだまだ残っているんだ。気の緩みは、俺達人間に死角を生み出す事になる」


「でも、大佐が持ち帰った銃のおかげで、ひとまず、奴らに前ほどの脅威はなくなったじゃないですか。我々にだって奴らを殺せる事が解ったんです。今まで散々やられてきたんだ。今日くらい、大佐も羽根を伸ばしたらどうです?」


出来る事なら、俺だってそうしたいさーー。


喉の奥まででかかった言葉を、無理矢理飲み込む。


モニカの笑顔が、泣き顔が、その他全ての表情が、俺の中に蘇るまで、俺は休む訳にはいかないーー。


あの日、ヒューマン・フェイクのリーダー核である、Mikaという少女に撃った光は、彼女を庇ったHayata少年に直撃した。


少年はエメラルドグリーンに包まれた後、その姿を消失したのだ。


Mikaは、嘆き、悲しみ、叫んだ後、マイケル大佐達の前から飛び去った。


運が良かった、としか思えない。あの時Mikaが、Hayata喪失に怒るのも忘れる程に絶望していなかったら、マイケル大佐とクリスは、確実に肉の塊と化していた事だろう。


本部に、護身銃と呼ばれるその銃を持ち帰った時には、歓声がマイケル大佐達を出迎えた。


しかし、素直に喜ぶ事が出来ない。護身銃の使用法はあまりに制限が多すぎて、実用的でないのだ。


もっとも、それも杞憂に終わった。科学者達は、護身銃を徹底して調べあげ、1つの結論に至る。


ーーこの銃は極めて高いテクノロジーで成り立っているものの、構造事態はさして複雑ではないーー。


実用性の低さは、この銃に設けられたセーフティーであるという事が判明するまでに、それほどの時間は掛からなかった。どのような設計で、使用者と対象者の視界の重複を発動条件に設定できるのかは定かでなかったが、セーフティーを外す事自体は、実に容易だったのだ。これによって、ヒューマン・フェイクの虚を突く作戦も可能となった。


充電によるタイムロスも、この(想定の上での)作戦によって解決される。


あとは、いかに数を増やすかであった。


護身銃の量産計画は、ヒューマン・フェイクの根絶に必要不可欠な要素であるものの、銃を形成している金属が地球上に存在していない事は明らかだったし、そもそもあのエメラルドグリーンの光の正体も解らずじまいであったのだ。量産など夢のまた夢である。


では、と一人の科学者が言う。


着眼点を変えてみたらどうだろうか?


それは、護身銃の数を増やすのではなく、一丁の護身銃で多くのヒューマン・フェイクを滅ぼす方法を考える、という意味の言葉であった。


実は、興味深い事が解ったのですーー。


エメラルドグリーンの光にふれた物質は、ほぼ大体において消滅する。消滅ーーこれほどこの形容が似合う現象もあるだろうかーー。それは完全な消滅である。残滓を一切残さず、物質はこの世界から損なわれるのだ。まるで、そもそもの初めから、そこには何も存在していなかったとでも言うように。


しかし、例外があったーー。


科学者達はあらゆる形状、材質、硬質の物体を光の実験に使用したが、1つだけ消滅しないものが発覚したのである。


鏡であった。


鏡だけは消滅する事なく、逆に光を跳ね返す(この反射によって、科学者が1人《消滅》した)。


これを応用し、防衛軍は極めて原始的な増幅装置をキャンプ内に建造した。


鏡のメガホンである。


メガホン型の巨大な筒。


それは作戦本部室の中から、基地の全体としての天井を斜めに穿ち、空へと至った。


しかも東西南北四方向に、1つずつ建造されたのである。


いずれも本部室内にあるメガホンの穴は護身銃の銃口と同じサイズであった。


それが空へ至るころには、実に直径150メートルを越す奈落へと変貌する。


護身銃は、もはや銃ではなく、大砲以上の兵器の名を冠する方が相応しい物となったのだ。


初弾は、新宿上空のヒューマン・フェイクの群れへと発射された。トリガーは、護身銃強奪に成功したマイケル大佐によって引かれる。

筒を通り抜け、150メートルの円として昇華されたエメラルドグリーンは、一瞬にして人類の敵を消滅させる。


マイケル大佐は、このようにして英雄と呼ばれる事になったーー。


当初観測されたヒューマン・フェイクの総数は56417体。消滅の後残ったのは、その半数に満たない数であったーー。


モニカの表情は、まだマイケル大佐に帰ってこない。


確実に変わったのはーー。


バーンズ司令官が、モニカの死後、初めてマイケル大佐にねぎらいの言葉をかけた事だけだった。


大量の消滅の後、ヒューマン・フェイクは新宿から姿を消した。


束の間の平穏の後、人類とヒューマン・フェイクの闘争は、かつてなく激化していく事になる。


人類が護身銃の力を得た事によって、その戦況は一時的にではあるが、若干人類側に有利となった。


この後、ヒューマン・フェイクは、再び世界中に現れ、虐殺と大量破壊を繰り返す。対抗するように、人類も護身銃の光を中継する為の巨大な鏡を、やはり世界中に建造した。いたちごっこが続いていく。


一年後…。


世界の総人口は半分に減り、ヒューマン・フェイクの総数もまた、十分の一以下にまで減少していた。


度重なる巨光の発射、そして目標の誤射は、地球の環境を激変させていってしまう。


それでも、マイケル大佐と地球防衛軍は、トリガーを引くのを止めなかった。防衛軍内で、この事態を憂う者は、バーンズ司令官を除いて、誰一人存在しなかったのだ。


世論は完全に2つに別れた。即ち、この人口減少の理由を、ヒューマン・フェイクの虐殺によるものとするか、防衛軍による強行が原因であるとするか、である。


どちらも間違っていない双方の意見に解決策はなく、ここにもまた、対立が発生する。


それは同時に、マイケル大佐を英雄とするか、悪役とするかという対立であったにもかかわらず、マイケル大佐の耳には、彼らの議論が届く事なく、変わりに、モニカの囁きが幻聴のように(否、客観的にそれは幻聴である)響いていた。


女神の音色でモニカは唄う。


【奴らを殺して。一匹残さず根絶やしにして。何もかもを省みず、私の為だけに、憎き仇を八つ裂きにしてーー】


そうすればーー。


お前の笑顔は、俺の元に帰ってくるのか?


【そうよ私は帰ります。あなたの元へ肉を伴い帰ります。だからあなたは、止まることなく殺し続けて。その終焉で、私はあなたを待っているから】


あぁ、解ったよモニカ。殺し続ける。奴らが一匹残らずこの大地から消えるまで、お前の笑顔に会えるまでーー。


俺は奴らを殺し続ける。


引き金を引き続ける彼の姿が、バーンズ司令官の目に、一匹の修羅として写った事など、彼自身には、もはや些細な事にすぎない。



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