異世界の人間
この抱き枕あたたかくて、抱き心地がいいな。肌触りも好みだ。贅沢をいうならもう少しボリュームというか、肉つきというか……その辺を増やしてほしい。
まぁ、好みの量となるとなかなか微調整は難しいな。
しかし、昨夜寝るときに抱き枕なんてあっただろうか。執事あたりが用意していてくれたものに、疲れていて気付くことができなかったのであろうか。
「……ぅうん……ぅん……。」
うるさい。唸るな。まだ寝る時間なんだ。私の安眠を邪魔するな。
そこで、ふと思った。普通の抱き枕は唸るだろうか。
ガバッ―――
暗殺者かもしれないと飛び起きた。
枕もとの剣を握りベッドの隣を見た。
ベッドには、肩より少し長めの黒い髪をもったかわいらしい少女が裸で寝ていた。
なかなかのスタイルである。
華奢で思わす触りたくなるような肩のライン。顔に似合わないボリュームの胸。胸をより強調するような細い腰。丁度いい肉つきをした足。滑らかな象牙色の肌。
すべてが私好みでむしゃぶりつきたくなるような少女……いや、女だった。
私のベッドの中にいるということは、大臣や貴族からの貢物だろうか。
それとも、他国からの暗殺者か。
しかし、どれも違う気がする。大臣や貴族から命をうけてやってきているなら、私を起こし誘惑しないのはおかしい。暗殺者に至ってはターゲットの隣で寝るわけがない。見たところ武器も持っていないようだし、何より、私が人の気配で目覚めなかったのが……。
普段の私であれば眠りは浅く、人の気配に敏感だ。今まで起きなかったことはない。
そして何より、この少女を抱いているとき私はリラックスし、熟睡していた。
不可解な存在である。
それにしても、視界的意味で刺激が強すぎる。集中できず、考えがまとまらない。
しばらく忙しく、女を抱いていなかったせいだろうか。
それとも、この少女のせい―――。
バサ―――
シーツプラス上掛けを少女の身体にかけた。
視界的に遮ることもでき、深呼吸をし、落ち着いた。
とりあえずは、この不可解な存在を起こし、本人から情報をとるのが、一番手っとり早そうだ。
「おい、お前、起きろ。おい、起きろ。」
「……う~ん…。お兄ちゃん……後5分……。」
完全に寝ぼけてやがる。
「私は、お前の兄ではない。起きろ。これ以上待たせるようならたたき切る。」
「え!!!」
飛び起きた少女の瞳の色は黒。この大陸には珍しい色の持ち主だ。やはり、他国からの暗殺者なのだろうか。
「……やっと起きたか。」
少女はこちらをジッと見ている。何か企てている最中なのだろうか。
「……おはようございます。つかぬことをお聞きしますが、男性の方ですよね。」
その質問に出端を挫かれた。
「…………男以外の何に見えると…………。」
「ですよね。あーよかった。で、ここどこですか。」
この場所が分からないだと。おかしい。無理矢理部屋に入れられたのか?
不信に思いながらも質問に答えてやった。
「……ここはセーラ国王の寝室だ。それより、私の質問に答えろ。答え次第では命はないと思え。この部屋に、ましてベッドの中などどうやって入った。その格好を見る限り、大臣や貴族から私を誘惑するために送られてきたか。それとも、他国からの暗殺者か。」
いくら考えても答えは見つからない。直接聞いた方が早いだろう。何か尻尾を出すかもしれない。
「命のために答えますが、この部屋にどうやって入ったかはわかりません。起こされたらここでした。この格好は、誘惑や気を緩ませるためのものではなく、ただの趣味です。私、寝るときは基本裸なんです。」
裸で寝る派なのか……大胆だな……。
そんな場違いなことを思いながらも事情聴取を続けていく。
「……どうやって入ったかわからないだと。嘘を言うな。お前、どこから来た。」
「生まれも育ちも日本国の首都東京です。」
「……ニッポン……知らない国名だ。どこにある国だ。」
「東の方にある小さな島国です。最近私が注目してる主な産業は漫画やアニメです。あと、中小企業である町工場の技術力は世界一だと思ってます。」
「アニメ?マンガ?それに、東にある島国……。東には確かに島国があるが、ニッポンとかいう名ではなく、穂澄国という国だぞ。隣国のセレナーデ国が貿易をしているはず、確か…主な産業は医療だったと記憶しているが……。」
なんだかこいつの言っていることがおかしい。頭がいかれてるのだろうか?
「…………このセーラ国は、何大陸にある国なんでしょうか………。」
「………大陸の名も知らないのか…ここは世界で最も大きいマヌー大陸にある3カ国の一つだ。」
大陸の名も知らないという事実に不信感がますますつのる。
「……あのう……私……もしかしたら……異世界ってやつからきたのかもしれないです……。」
何を言われたのか一瞬わからなかったし、反射的に返答していた。
「い…異世界だと……。」
「はぃ。」
「そ…そんなの信じられるか。」
「でも、だって…この大陸の名前も国の名前も、私の全く知らないものです……。」
「……か……還り方は……。」
「わかるわけないじゃないですか。起きたらここにいたんですよ。」
「だよな……。」
「はい。」
「つまりお前は、ここがどこだかも、どうしてここにいるかもわからないと……。」
「はい。そうなんです。」
「……はぁ…もういい。頭が痛くなる。」
大臣や貴族がよこした者でも、暗殺者でもなかったのはある意味よかったが、私が思っていたよりも事態は重そうだ。
かかえていた頭をあげ、少女を観察する。
ショックを受けているかと思えば、表情はなんだかキラキラと輝いている。どうしたんだ?
「おい。……おい。」
「はい。」
「お前……不安ではないのか。」
「まぁ……不安といえば不安ですけど、今はこの未知の体験を満喫し尽くしたいです。還る方法はおいおい考えます。」
「ほぅ……。」
思わす笑みがこぼれた。
こいつなかなか面白い。肝もすわっているようだし、何より先ほどから冷静さをかいていない。
ホシイ。コノ少女ガ手元二ホシイ。
自分の欲望をはっきりと自覚した。
「お前、名はなんという。」
「……名を聞くなら自分から名のる。これはどこの世界でも常識だと思っていましたが……。」
ッチ、生意気な奴だ。この私にそんなことをいう奴は珍しい。
「……バッシュ・レオン・ハルベルト=セーラだ。だいたい分かっているとは思うが、この国の王だ。年は24になる。」
「小町勇姫16歳。女子高生やってます。勇姫って読んでください。」
もっと若いと思っていたが、16。なるほど、それならうなずけるスタイルだ。
それより、さっきから思っていたが、こいつの言葉には時々わからない単語が入る。
「……女子高生と言うのはなんだ。」
「高等教育を受けている女子のことを、私の国ではそう呼ぶのですよ。おじさんたちの注目の的です。」
……なぜ高等教育を受けている女子が、オヤジの注目の的になるのか理解できない。
ただ一つ言えることは―――
「……なんだか気持悪いな……。」
「仕方ありません。おじさんたちも日ごろのストレスがあるのですよ。」
「…………そうか。……そろそろ話を戻してもいいか。」
こいつを私の手元にからめとるための、話をしなくてはいけない。
「はい。どうぞ。」
「お前……いや、勇姫。この世界に興味があるといっていたな。しばらくこの世界に滞在するつもりであろう。」
「はい。」
「ならばここに住むとよい。」
ずっとな、と心の中で付け加える。
「ここって、この部屋のことですか。」
「いや、この城のことだ。別にこの部屋でも構わないが……。まだ婚礼の儀をしてないしな。」
「最後の方聞き取れませんでした。なんですか。」
「なんでもない。関係のないことだ。」
本音が漏れていたようだ。あぶない、あぶない。
「そうですか……。でも、いいのですか。私を住ませても。」
むしろ住んでもらわなければ困る。外に出したら最後、どこかにいってしまいそうだからな。
部屋は……隣の王妃の間が空いているな。隠し通路もあるし、おいおいこいつの部屋になるものだ。まぁいいだろう。
「構わん。部屋は余っている。私の隣の部屋を用意させよう。それに教師もつけてやる。」
「教師?」
「この国の読み書や常識を知っておいた方よいであろう。話は通じるようだから問題ないな。」
最低限の王妃としての仕事ができないと困るしな。
「わー、ありがとうございます王様。」
愛らしい笑顔でお礼を言われたが、物足りない。
「いや、せいぜい励めよ。それと私のことは王様ではなく、バッシュと呼んでくれ。それと敬語も無しだ。」
「はい。あ、間違えた。うん。本当にありがとうバッシュ。」
うむ、こっちの方がしっくりくるな。
こいつをからめ取るには、いろいろと下準備をしなければいけないな。これから忙しくなる。
でもまぁ、手始めに、私好みのドレスを着せるところからはじめるか。