異世界の朝
「つまりお前は、ここがどこだかも、どうしてここにいるかもわからないと……。」
「はい。そうなんです。」
「……はぁ…もういい。頭が痛くなる。」
すがすがしい朝の光を浴びながら、人が4、5人寝られそうな広いベッドの上で、シーツ一枚まいただけの姿で、類をみないほどの美青年に事情聴取されている私、小町勇姫16歳。ピッチピチの女子高生である。
なぜこんな事態になったかというと―――。
***
「……い……。おき……。おい、おきろ。」
「……う~ん…。お兄ちゃん……後5分……。」
「私は、お前の兄ではない。起きろ。これ以上待たせるようならたたき切る。」
「え!!!」
飛び起きた私が見たものは、鮮やかなブロンドのロングヘアと、エメラルドグリーンの瞳をもった絶世の美人だった。
「……やっと起きたか。」
「……おはようございます。つかぬことをお聞きしますが、男性の方ですよね。」
「…………男以外の何に見えると…………。」
「ですよね。あーよかった。で、ここどこですか。」
美人改め、美青年の後ろに見えるのは、私の家が丸々入りそうなほど広く、豪華な部屋。
ベッドの上で私は裸だが、とくに気にしない。私は基本寝るときは裸族だから。このでっかいベッドにかけてあるでっかいシーツを引っ張って身体にまいとけば問題ない。
それよりも、私の記憶が正しければ、昨日は自分の部屋のベッドに入って寝たはず……。なぜこんなところに。
「……ここはセーラ国王の寝室だ。それより、私の質問に答えろ。答え次第では命はないと思え。この部屋に、ましてベッドの中などどうやって入った。その格好を見る限り、大臣や貴族から私を誘惑するために送られてきたか。それとも、他国からの暗殺者か。」
「命のために答えますが、この部屋にどうやって入ったかはわかりません。起こされたらここでした。この格好は、誘惑や気を緩ませるためのものではなく、ただの趣味です。私、寝るときは基本裸なんです。」
「……どうやって入ったかわからないだと。嘘を言うな。お前、どこから来た。」
「生まれも育ちも日本国の首都東京です。」
「……ニッポン……知らない国名だ。どこにある国だ。」
「東の方にある小さな島国です。最近私が注目してる主な産業は漫画やアニメです。あと、中小企業である町工場の技術力は世界一だと思ってます。」
「アニメ?マンガ?それに、東にある島国……。東には確かに島国があるが、ニッポンとかいう名ではなく、穂澄国という国だぞ。隣国のセレナーデ国が貿易をしているはず、確か…主な産業は医療だったと記憶しているが……。」
「…………このセーラ国は、何大陸にある国なんでしょうか………。」
「………大陸の名も知らないのか…ここは世界で最も大きいマヌー大陸にある3カ国の一つだ。」
「……あのう……私……もしかしたら……異世界ってやつからきたのかもしれないです……。」
美青年の驚きの顔を見ながら、告げた。最後の方は聞きとるのがやっとのくらい小さな声になっていた。
「い…異世界だと……。」
「はぃ。」
「そ…そんなの信じられるか。」
「でも、だって…この大陸の名前も国の名前も、私の全く知らないものです……。」
「……か……還り方は……。」
「わかるわけないじゃないですか。起きたらここにいたんですよ。」
「だよな……。」
「はい。」
「つまりお前は、ここがどこだかも、どうしてここにいるかもわからないと……。」
「はい。そうなんです。」
「……はぁ…もういい。頭が痛くなる。」
目の前の美青年は頭を抱えてしまった。赤の他人がこんなにパニックになっているところで悪いが、実は私、かなり異世界に興味しんしんである。
異世界トリップという小説や映画、漫画でしかないようなことを、直に体験しているのだから当たり前だ。
還る方法は異世界を楽しんでから探しても遅くないはず。いや、楽しみながら探すという手もある。
家族や友達には心配をかけるかもしれないが、還ったら頭を下げて謝ろう。
今はこの、未知なる体験を満喫したい。
「---い。……おい。」
「はい。」
知らないうちに自分の世界に入っていたらしい。目の前の美青年が復活していた。
「お前……不安ではないのか。」
「まぁ……不安といえば不安ですけど、今はこの未知の体験を満喫し尽くしたいです。還る方法はおいおい考えます。」
「ほぅ……。」
美青年の目があやしくひかり、得も言われぬ不気味な笑みを浮かべた。
なんだかやばい感じの雰囲気である。
しかし、次の瞬間には元通り。気のせいだったかな……。
「お前、名はなんという。」
「……名を聞くなら自分から名のる。これはどこの世界でも常識だと思っていましたが……。」
「……バッシュ・レオン・ハルベルト=セーラだ。だいたい分かっているとは思うが、この国の王だ。年は24になる。」
「小町勇姫16歳。女子高生やってます。勇姫って読んでください。」
「……女子高生と言うのはなんだ。」
「高等教育を受けている女子のことを、私の国ではそう呼ぶのですよ。おじさんたちの注目の的です。」
「……なんだか気持悪いな……。」
「仕方ありません。おじさんたちも日ごろのストレスがあるのですよ。」
「…………そうか。……そろそろ話を戻してもいいか。」
「はい。どうぞ。」
「お前……いや、勇姫。この世界に興味があるといっていたな。しばらくこの世界に滞在するつもりであろう。」
「はい。」
「ならばここに住むとよい。」
「ここって、この部屋のことですか。」
「いや、この城のことだ。別にこの部屋でも構わないが……。まだ婚礼の儀をしてないしな。」
「最後の方聞き取れませんでした。なんですか。」
「なんでもない。関係のないことだ。」
「そうですか……。でも、いいのですか。私を住ませても。」
「構わん。部屋は余っている。私の隣の部屋を用意させよう。それに教師もつけてやる。」
「教師?」
「この国の読み書きや常識を知っておいた方よいであろう。話は通じるようだから問題ないな。」
「わー、ありがとうございます王様。」
「いや、せいぜい励めよ。それと私のことは王様ではなく、バッシュと呼んでくれ。それと敬語も無しだ。」
「はい。あ、間違えた。うん。本当にありがとうバッシュ。」
***
その時の私は知る由もなかった。
勉強の内容がお妃さま教育だなんて、知らないうちに貴族の養子に入れられてるなんて、お城の外にはバッシュがいないと一歩も出してもらえないなんて、本当に知る由もなかった。
―――3年後、還る方法もわからないまま、バッシュによく似た面ざしの皇子を腕にかかえることになるのは別のお話。