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作家とラップとイケメン助手

遠野さんは今日も言いたい放題(心の中で)。

大きな書店というものは、たまに作家を呼んでサイン会なるものを開催する。

成功すればみんなハッピー、客が集まらなければ非常にいたたまれない、チャレンジ精神溢れる素敵なイベント。

さて、遠野さんはその準備前の会場に立っていた。古いラジカセを持って。

本日のサイン会は大御所浜田詠美。

遠野さんが中高校時代、滅茶苦茶にハマった女流作家だった。

洒脱な文章、時に色っぽく、時に骨太に、大人の繰り広げる格好良く切ない別世界。いつかわたしも大人になったら……と憧れたものだが、気が付けば遠野さん、別の次元に着地していた。

おかしい。こんなはずじゃなかった。


まあ、ともかく、飲み友達の上司にお願いをして、お付きをさせてもらえることになったんである。コネは最大限に活用するに限る、と遠野さんはほくそ笑んでいる。

「あー、そこの君」

係長が手招きをした。

「そのラジカセをセットして、これ準備しておいて。先生、音楽流しながらサインする人だから」

「はい」

手渡されたCDを見て、遠野さんはしばらくフリーズした。

DJ KA●RI INMIX。

いやいや、想定内だ。大御所様はクラブ系。もうお歳だけれどもクラブ系。黒人の旦那様もいらっしゃる。

テストの為にかけてみると、思ったより大音量で曲が流れた。

「うおっ!!」

その辺をうろちょろしていた上司方もびっくりしていて目を向いている。慌ててボリュームを絞った。

「かちょーかちょー」

直属の上司を発見して声をかけた。

「先生、もう着いているんですか?」

「うん。今、上でチューハイ飲んでる」

はい?

聞けば大御所様、サイン会の前は必ずチューハイ2缶のむらしい。

ほろ酔いでラップ系ガンガン会場に流しながらのサイン会ですか。さすがというか、なんというか。

「結構、お客さん入ってますね。外まで並んでますよ」

「百人くらいやろか」

おお。多いなあ。


そうこうしている内に、仕切っている飲みトモ上司が声を上げた。

「浜田詠美さんがいらっしゃいます! みなさん拍手でお迎えしましょう~!!」


わー。パチパチパチパチ。


遠野さんもドキドキしてきた。


そして大御所様、ご登場。

意外と背は低い。若くもない。露出系服にしては、ポチャっている。

だが、その存在感、プライスレス。

イケメン風の青年(きっと出版社の社員。けしてイケメンではない)二人を従えて浜田詠美は颯爽と歩いてきた。

「オーラって本当にあるんだなって思った。いや、あれはすごかった」

と、遠野さんは後日語っている。


ドンドコドンドコと大音量で流れる音楽、嬉しそうにサインを入れてもらっているお客さん、ご機嫌でしゃらしゃらとサイン入れる先生。その先生に笑っちゃうほど腰の低いイケメン風青年2人。


「あの、大ファンなんです!」

「どうもぉ~」

「これからもがんばってくださいね」

「どうもぉ~」

「これ、よかったら食べてください」

「どうもぉ~」


この人、どうもしか言わないよ。

心の中で突っ込みながら、遠野さんはお客さんから本を預かる。

基本的にサイン会というものは新刊が対象なので「これ買ってくれたら引換券渡すよ」、手持ちの本は全て同じ。

お客さん(渡す)→遠野さん(受け取る)→イケメン①(広げてセット)→先生サインする→イケメン②(薄紙を挟んでお客さんに渡す)の流れ。

遠野さん、いなくてもいいじゃん。


時間内に無事終わり、作家先生は「どうもぉ~」と言いながらご機嫌のまま帰って行った。

最後に遠野さんもサインしてもらった。


ところで遠野さんはその本を読んでいない。

「小説ってさー、同じ自分なのに読む年代によって受け取るものが違うんだよね。良くも悪くも。違った目線で読めたり、新しい発見があったり、こんなもので感動していたのかって冷めちゃったり。そしてやっぱり作家も人間だから、変わってくる。文体とか、テーマとか、流れとか。昔好きだった作家が現在書いたものを昔と同じような感想もつのは絶対無理」

ということで。

「いやー、その、あのー。5ページ目で脱落した」

だから、その本は今、本棚の隅っこに眠っている。



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