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ドリームクラッシャー

遠野さんは酒乱です。

本日壊したのは、男たちの夢。

居酒屋「満天」に集うは二人の女と二人の男。

某大型書店の文具売り場のアルバイター、遠野さんと大橋嬢、村田君と上野(こいつのみが呼び捨てなのは、そういう扱いだからである)だった。


発端はストックでの遠野さんの絶叫。

「これがバイトの仕事かぁあああ!! 時給上げろ紀○国屋ぁあああ!!!」

偶然、横にいた村田君が慌ててその口を塞いだ。ストックとはいえ売り場とカーテン(もどきのボロ布)一枚で隔てられているスペースである。

上司に聞こえれば叱咤ものであるが、幸いなことに社員の北さんはお休み、次長課長は、今日も元気に徘徊中。


グリーディングカードやレターセットを担当の遠野さん、季節の入れ替え作業でついに切れてしまったらしい。入荷する商品を決め、その入れ替え作業をし、返品処理をするのも担当者ただ一人であった。おおよそ十社からなる数々の便箋だの絵葉書だのちまちましたそれらは、卸の兼ね合いもあってルートが非常にややこしい。

その点、村田君の担当は楽だ。

大手メーカーの在庫を確認し、減っていればパソコンで発注するだけだし。

まあ、商品が無数に点在しすぎで慣れるまでが大変だった。

それでも一時期の紙の値上げで、痛い目を見た。

全てのノート、メモ用紙、便箋他諸々、値段をはがして、新しいプライスを狂ったようにラベラーで打ち続けたのも、今となってはいい思い出だ。


「村田君」

「ああ?」

いきなりくるりと向き直った遠野さんに、村田君は胡散臭げに返事をする。

「君は今朝、満天のから揚げ食いたいってゆったよね」

「…それいったのは上野だぞ」

「仕方がないな、村田君。付き合ってあげよう」

「飲みに行きたいなら飲みに行きたいって素直に言え。ただしな、お前がポン酒を頼んだら俺は速攻帰るぞ」

前回、遠野さんは日本酒を飲んで酔っぱらい、村田君のブロークンハートに塩をねじ込んだ。

「へいへーい」



で、所変わって居酒屋「満天」である。

嗅覚の鋭い大橋嬢と上野もくっついてきた。


「いやあ、目の保養だねえ」


壁に貼られているポスター(ビキニのおねいさんがジョッキを持って、にっこり笑っている)を眺めつつ、おしぼりで手を拭きつつ、遠野さんが鼻の下を伸ばした。

その姿、おっさんの如し。

「あれ、上げ乳ですかねぇ」

「いや、本物だろう」

「僕は巨乳好きです!」

「聞いてねえよ」

やってきた四つのジョッキは瞬く間に空になり、しばらくはお代わりや注文で忙しかった四人の会話は当然、仕事の文句、愚痴、そして不満。遠野さんはすでに酔っぱらっている。


その内、ポスターの巨乳おねいさんも相まって、乳談義に話は移行した。

「たわわに実るほどが理想です! こう、走ったらプニンプニン揺れるみたいな!」

「ないより有るに越した方がいい」

「そうかなー」

力説する男子陣に対し、女子二人は首を傾げた。

「所詮は脂肪ですよぅ」

「デカ乳がノーブラで走るとめちゃくちゃ痛いんだぞ。根元切り取られるくらい痛いんだぞ」

「安定しないのが一番つらいですよねぇ」

「お前らに何が分かるってんだよ」

分かるもん、と頷く女子二人。

「あたし、Cカップですぅ」

「あたし、F」


えふ!?


思わずABCD…と指折り数えてしまった村田君と上野。

「…こんなおっさん女が巨乳!? なんという宝の持ち腐れだ!!」

「いや、そんなあるように見えませ…」

叫んだ二人の顔面におしぼりがダブルでクリティカルヒット!

「いいことを教えてあげよう、男子諸君」

振りかぶった状態の遠野さんが体勢を立て直し、チチチ、と人差し指を振った。

人間、年を取れば筋肉は衰えてくる。特に胸を支える大胸筋は衰えやすく、さらに脂肪はそこから減少してゆく。つまりは。

「巨乳も年を取れば垂れ乳に。シム○ケンのコントに出てくる婆さん(お風呂場でえっよっこらしょと自分の肩にしわしわの乳をかける)のようになるのだよ」

「いやぁああああああ!!」

村田君と上野は想像をしたくないものを想像してしまって、手に手を取って絶叫した。

「そんなことはない!」

「ムチムチプリンは永遠に不滅です!!」

「えー。でも気持ち悪くないですかぁ?おばあちゃんの顔の下にお乳だけがピッチピチなんてぇ」

「こええよ!! ホラーだよ!! でもおれらはそんなんどうだていいんだよ!!」

「ロリ顔に巨乳もある意味ホラーだと思うんだけどね、あたしは」

「エロアニメやエロゲーの異様なでかさも、実際に存在したらおぞましいですよねぇ」

「ぼくの絶対聖域になんてことを!!」

「垣根の低い絶対領域だな、おい」

「そんなことよりさー。あたしも最近やばくてさー。ワイヤーなしじゃあーもう無理って感じ?」

吠えたくる男どもをうっちゃって、遠野さんが大橋嬢にしみじみと言った。

「それはやばいですねぇ。ちゃんと肉、かき集めてますかぁ?」


肉? かき集める? 何を言っているの、この人たちは??


「ブラを装着するとぉ」

大橋嬢はやおら片手を上げて、もう片手を脇下に突っ込んで、ぐいと前に寄せ集めた。

「こうやって背中の肉から脇下の肉まで、全部カップに入れ込むんですよぅ。下着売り場のお姉さんが教えてくれてぇ。いきなり手ぇ突っ込まれたのはびっくりしましたけどね」

「ほうほう、かき集めないと脇へ背中へ流れていっちゃうんだな」


お願いだ、もうやめてくれ。


村田君の願いもむなしく、女子二人はきゃっきゃとガールズトークに花が咲く。

「湯船に浸かったら丁度いい形になるんですよねぇ。浮力で」

「湯船といえばさー。うちのばあちゃんもでかかったみたいでー。幼稚園のころさ、一緒にお風呂に入ったんだよね。そしたらなんかしなびたもんが二つそよいでんの。あれってばあちゃんの胸だったんだねー」

村田君は目眩がしてきた。いや、これはさっきから飲み続けているハイボールのせいに違いない。きっとそうだ。

上野は果敢にも乳とはいかにすばらしいものかと力説していたが

「童貞が戯言ほざいてんじゃねーよ」

一刀両断、ばっさり切られて顔面蒼白、言葉を失った。


「夏草や、大馬鹿者どもが夢の後」

「遠野さん、なんか違いますよぅ」

留まるどころがさらに過激になってきたガールズトークを遠くに聞きながら、村田君は二度とこいつらと飲みに行くものかとひそかに決意した。


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