第五十三話 名工の認定
三時間に及ぶ鍛冶勝負が、ついに終わった。
オーガス鍛冶ギルドの工房には、張り詰めた空気が満ちている。
集まった職人たちの視線は、作業台の上に並べられた二振りの剣へと注がれていた。
一振りは、オーガス鍛冶ギルド長が鍛え上げた剣。
長年積み重ねてきた技術と経験、その全てが注ぎ込まれた逸品だ。
そして、もう一振り。
ビルセイヤが打ち上げた剣。
見た目だけなら華美な装飾はない。
だが、その刀身には言葉では説明できない凄みがあった。
ただの剣ではない。
何かが違う。
この場にいる職人たちは、皆それを本能で感じ取っていた。
「さて」
ギルド長が腕を組んだまま、一歩前へ出る。
「まずは試し斬りだ」
その言葉に、職人たちが一斉に頷いた。
どれだけ見た目が美しくとも、武器は武器だ。
切れ味も耐久も伴わなければ意味がない。
工房の中央には、試験用の鉄板が運び込まれていた。
厚さは数センチ。
鍛冶ギルドの品質試験にも使われる頑丈な鉄板で、普通の剣なら傷をつけるだけでも難しい代物だ。
「まずは俺からだ」
ギルド長は自ら鍛えた剣を手に取ると、静かに腰を落とした。
呼吸を整え、鉄板を見据える。
一瞬の静寂。
そして次の瞬間――
ガキィィン!!
鋭い金属音が工房中に響き渡った。
振り抜かれた剣の軌跡。
鉄板には深々とした斬り傷が刻まれている。
「おおおっ!」 「さすがギルド長だ!」 「見事な切れ味だ……!」 「これぞ名工の剣だな!」
工房のあちこちから歓声が上がった。
誰が見ても一級品。
まさしく熟練の鍛冶師が生み出した名剣だった。
しかし――
当のギルド長は満足げではない。
その視線は、すでにビルセイヤの剣へと向けられていた。
「次だ」
短く告げる。
ビルセイヤは静かに前へ出た。
剣を握る。
ゆっくりと呼吸を整える。
まるで、剣と対話しているかのようだった。
そして――振り抜く。
スッ――。
音が、しなかった。
いや、正確には誰も聞き取れなかった。
一瞬、何が起きたのか分からず、職人たちは首を傾げる。
だが、その直後。
ゴトリ。
鉄板の上半分が、音を立てて滑り落ちた。
工房が静まり返る。
誰一人として声を出せない。
真っ二つだった。
厚い鉄板が、完全に切断されていたのだ。
「なっ……」 「嘘だろ……」 「鉄板だぞ……?」
呆然とした声が、あちこちから漏れる。
普通ではあり得ない。
鉄板を斬るなど聞いたこともない。
しかも切断面は驚くほど滑らかで、まるで紙でも切ったかのようだった。
ギルド長は無言のまま鉄板へ近づく。
しゃがみ込み、切断面を指先でなぞる。
そして、深く息を吐いた。
「……参ったな」
次の瞬間。
「はっはっはっはっ!」
豪快な笑い声が工房に響き渡る。
「完敗だ!」
その宣言に、工房中がどよめいた。
オーガス鍛冶ギルド長。
王国内でも名の知れた名工。
その男が、自ら敗北を認めたのだ。
「ギルド長!?」 「本気ですか!?」 「まさか、あのギルド長が……!」
若い職人たちが驚愕の声を上げる。
だが、ギルド長は真剣そのものだった。
「当たり前だ」
低く、しかしはっきりと言い切る。
「職人が嘘をついてどうする」
その言葉には重みがあった。
ギルド長は真っ直ぐビルセイヤを見る。
「技術が違う」 「鍛錬の積み重ねが違う」 「何より、鉄への理解が段違いだ」
職人だからこそ分かる。
目の前の青年は本物だ。
しかも、ただの本物ではない。
飛び抜けている。
「名前をもう一度聞こう」
ギルド長が問う。
「ビルセイヤです」
静かに答えると、ギルド長は大きく頷いた。
「覚えたぞ、ビルセイヤ」
そして、力強く告げる。
「お前は間違いなく名工だ」 「王国中のどこへ行っても通用する」
その言葉に、職人たちも次々と頷いた。
異論はない。
目の前で実力を見せつけられたのだから。
その時だった。
「当然です!」
元気よく声を上げたのはリリアだった。
「ビルセイヤ様ですから!」
胸を張るその姿は、本人以上に誇らしげである。
ミリアもぶんぶんと勢いよく頷いた。
「本当に凄かったです!」 「鉄板がスパッて切れました!」
あまりに素直な感想に、セシリアたちは思わず苦笑する。
だが、それも無理はない。
彼女たちは知っているのだ。
ビルセイヤが、どれほど鍛冶に向き合ってきたのかを。
誰も見ていない時間に、どれほど鍛錬を重ねてきたのかを。
その積み重ねが、今ここで形になった。
だからこそ、自分のことのように嬉しかった。
そんな空気の中――
ギルド長がふいにニヤリと笑った。
「ところで、ビルセイヤ」
「なんでしょう?」
「うちの鍛冶ギルドで講師をやらねぇか?」
その一言に、工房中が再びざわめいた。
「講師!?」 「いきなりかよ!?」 「ギルド長、本気か!?」
職人たちの視線が一斉にビルセイヤへ集まる。
まさかの勧誘だった。
「講師、ですか?」
ビルセイヤが思わず聞き返すと、ギルド長は真剣な顔で頷く。
「そうだ」 「お前の技術は埋もれさせるには惜しい」 「若い連中に見せてやりたい。学ばせてやりたいんだ」
それは冗談でも社交辞令でもない。
職人として、本気で望んでいる目だった。
ビルセイヤは思わず苦笑した。
オーガスへ来た目的は、観光と情報収集のはずだった。
それが気づけば鍛冶勝負をして、名工と認められ、挙句の果てには講師の誘いである。
「これは……」
横で見ていたセシリアが肩をすくめる。
「また忙しくなりそうね」
その言葉に、皆が苦笑した。
ツバサは面白そうに笑い、エミリアはくすりと微笑む。
リリアとミリアに至っては、なぜか自分のことのように目を輝かせていた。
どうやら――
オーガスでの日々は、まだまだ穏やかには終わりそうにない。
名工として認められたビルセイヤ。
その腕は、今やオーガス鍛冶ギルドすら動かし始めていた。
だが同時に。
蛇の紋章を持つ謎の組織もまた、水面下で動いている。
新たな評価。
新たな繋がり。
そして、新たな陰謀。
商業都市オーガスで、ビルセイヤたちを待つものはまだ終わらない。
むしろ――ここからが本番だった。
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第二章 第五十三話
「名工の認定」
――続く。
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