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新訳・古今東西嘘話 桃次郎1

なんだこれ。

 むかし、むかし。あるところにお爺さんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは会社に仕事をしに、おばあさんはコインランドリーに洗濯に行きました。おばあさんがドラム式洗濯機に家の洗濯機で洗い切れなかった服を押し込んで、通りを眺めながら週間雑誌をパラパラとめくっていると坂の上の方からころころ、ころころと台車が転がってきました。「こりゃあええ台車だ、いっちょ杖代わりにでも使わさしてもらうべ」長年の家事の結果、昨年ヘルニアを患ってしまったおばあさんは喜んでその台車を押しながら坂を下りました。遠くの方でおばあさんを引き止めるような声が聞こえた気がしますが、もうすぐ71歳になるおばあさんには聞こえるはずもありません。


 ぎいぎいと坂を下っておばあさんが家に戻ってくると、家の前におじいさんの軽トラックが止まっておりました。大手家電メーカーで働くおじいさんは今年で定年です。毎日毎日朝から晩まで働いていたおじいさんもおばあさんほどではありませんが腰を患っておりました。きっとおじいさんも喜んでくれるに違いない、おばあさんは大声でおじいさんを呼びました。「おじいさん、おじいさん。いいものを見つけたのでちょっときてください。」ガラガラ。「どうしたんだ、ばあさん。」敷居をつらそうにまたいで出てきたのはおじいさん。手には長年使い古した工具を持っています。年がら年中その工具と一緒に過ごしてきたおじいさんの左手は心労のせいか、工具箱を握ったまま離れなくなっていました。「おじいさん、ほら。いいものを見つけましたよ。」おばあさんはにっこり答えました。「いいものってそいつぁ乳母車じゃないか。いったい何処から拾ってきたんだ。」左手が一向に工具箱から離れないおじいさんではありましたが、おばあさんほどボケてはいませんでした。「ええちょうどこの坂の、ほら、三滝サンとこのコインランドリーですよ。帰ろうとしていたら偶然これが滑ってきたんです。」おばあさんは上機嫌でおじいさんに身振り手振りで伝えました。「はあ、もういいよばあさん。」おじいさんはそっと下まで下がった日避けを半分までめくりました。「うわっ、ばあさんや。子供が乗っているよ。」考えてみればいたって普通のことですが、なにせ腕が工具箱にくっついているおじいさんなので赤ん坊が乗っていたことに大変驚きました。いくら腰の曲がったおばあさんとはいえ、まさか赤ん坊の乗った乳母車をついて帰ってくるとは…。「おじいさん、ちょっとおじいさん。かわいい赤ん坊が乗っていますよ。」


 年の離れた結婚であった為か、子宝に恵まれなかったおばあさんは大変喜びました。あとでそっと、おじいさんは警察のほうに聞いてみましたが行方不明の赤ん坊の捜索願など出ていませんでした。はじめは家で引き取ることに反対したおじいさんですが、もしかするとこの子は捨て子なんじゃないかという疑惑と親がいないのはかわいそうだという気持ちからだんだんと育ててみようという気になりました。七歳のとき両親に捨てられたおじいさんには、もしこの子も捨て子だったらと思うと人事のように思えなかったのです。


 そらから数日後、ついにおじいさんはその子を育てることを決意しました。名前は「桃次郎」。以前同じようにおばあさんが拾ってきた台湾製桃缶に誤って混入していた「桃一郎」にあやかっての名前です。桃一郎はその後、おじいさんたちのもとを離れ、いまや色の町「銀座」で「竜宮城」というクラブを経営しておりますが、それはまあ、別のお話。


 その子供を育てて幾数年、時のながれというのは真に早いものです。楽しい時間ならなおのこと。おじいさん、おばあさんにとってならなおのこと…。


 気がつくと桃次郎は義務教育を終了し、まあそこそこ頭のいい大学に入っていました。奇跡的に入った学校全てが校則であだ名を禁止していたため、桃次郎は「やーい、やーい。桃尻男ー。ケツから生まれた桃尻男ー。」などというおおよそ予測できた「桃次郎」襲名での波乱にいっさい触れることなく今日に至りました。




つづく…。

次話未定。

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