好甘君はケプケプしちゃう!
♦︎ 登場人物
⚫︎好甘(20歳)
ポップな企画をメインとする会社「レーデル」に新入社員として入社。
昼食を一切食べず、飲み会には絶対に参加しないなど、少し変わった一面を持つ。
その理由はご飯を食べると「ケプケプ」しちゃうから。
実家暮らし。
⚫︎雨芽(28歳)
社員歴10年。のほほ〜んとしたマイペースな性格。
何かと好甘のことを心配している。一人暮らし。
残業は基本的にしないと決めている。
♦︎
レーデル社のオフィス。
雨芽は最近入社した好甘君のことが気がかりになっていた。
好甘君は昼食をいつも食べない。
残業はするけれど、飲み会には絶対に参加しない。
心配だな・・・。
私も飲み会はたまにしか行かないし、飲み会は別に参加しなくてもいいけど。
雨芽がチラッと好甘を見る。
日に日に顔色が悪くなっている気がする。
何より、ご飯はちゃんと食べているのだろうか?
ある日。
残業中のオフィスにて。
珍しくタイミングが重なり、二人きりになった。
雨芽は思い切って聞いてみることにした。
「好甘君、最近顔色悪いけど大丈夫?ご飯ちゃんと食べてる?」
好甘は迷ったが、せめて社内で一人だけでも事情を知ってもらう必要があると考えていた為、打ち明けることにした。
「実は俺、ご飯食べるとケプケプしちゃうんです。」
「ケプ?」
「はい。昼は食べないことで解決してますが、朝と夜は母に背中をさすってもらってます。
これじゃまるで介護ですよね・・・。」
「このこと、他の人達は知らないの?」
「はい・・・家族と親友の朝霞だけです。
最初に付き合った人からドン引きされて振られて以来、恋愛も怖くてしてません。
だって嫌じゃないですか。毎日のように食事の後に背中をさすらなきゃいけないなんて。
一緒に食事に行くとしたら個室しか入れないですし。
雨芽さんも、こんな俺の話聞かされてドン引きですよね。」
雨芽は静かに首を振った。
「う〜ん、ドン引きはしないけど、病気じゃないかの方が心配。」
「え・・・あ、えーと、それなら大丈夫です。
検査の結果は正常でしたし、薬は副作用が酷くて飲めませんでしたけど。」
「そっか・・・。背中をさすったら、気持ち悪くはならないの?」
「はい。」
「なら良かった。ずっと心配してたから。」
「心配・・・?会社の中では付き合い悪い変な奴って言われてるのに?」
「逆に私は残業しないって決めてるの。
まぁ、今日みたいにする日もたまにあるけどね。
そういう面では、私の方が付き合い悪いわよ。」
「残業は任意ですし・・・。」
「飲み会の方が任意よ。」
「あ、そっか・・・。雨芽さんって優しいんですね。
この話を聞いても笑わずに聞いてくれる。」
「笑わないわよ。好甘君が真剣に悩んでいるのに。」
「ありがとうございます・・・ぐすっ・・・。」
雨芽はそっとハンカチを差し出した。
「すみません、ありがとうございます・・・。」
「いいよいいよ。
このことは誰にも言わないし、気が済むまで泣いたらいいよ。ここには今、私と好甘君しかいないから。」
「ふぁい・・・ベソベソ。」
泣き止んだ時、好甘の目はうさぎみたいに赤くなっていた。
立ち上がり、頭を下げた。
「じゃあ、あの・・・本当にありがとうございました。また明日。」
「帰り気をつけてね。」
「はい!雨芽さんも。」
「ありがとう、じゃあまた明日ね。」
♦︎ 解散後 雨芽
え!? えー!?
もう死にそうな顔して悩みがあるって言うから聞いちゃったけど・・・ケプケプしちゃうって!
何それ、可愛すぎるんですけど!?
本人には悪いけど私なら毎日背中さするのになぁ・・・。
うわっ、ダメダメ!!キモい妄想やめ!!
自分の両頬をパシパシっと叩く。
こんなおばさんにこんなこと思われてるなんて知ったら、
好甘君、ショックで会社辞めちゃう!!
絶対にバレないようにしなくちゃ。
♦︎ 解散後 好甘
うわー!! 言っちゃったよ!!
雨芽さん、表には出さずにいてくれたけど、本当はキモいって思われたよね!?
明日会社行って噂になってたらどうしよう・・・。
いやいや!!
ブンブンと首を横に振る。
雨芽さんはそんな人じゃない。大丈夫だ。
俺が人間不信になり過ぎてるだけ。
このことは家族と親友の朝霞しか知らない。
ずっと言えなかったのに。
雨芽さんには悩みを話してしまう何かがある気がする。
雨芽さんなら俺のこと、受け入れてくれるかも・・・。
って!何考えてるんだ俺は!!
頭を抱える。
こんなことケプケプ野郎が考えてるなんて、雨芽さんに知られたら・・・。
雨芽さんショックで会社辞めちゃうかも。
絶対にバレないようにしなきゃ。
♦︎それから
翌朝、レーデル社のオフィス。
好甘はいつものように少し早めに家を出て、コンビニでこっそりウイダーを飲んだ後に出社していた。
「おはよー、好甘君」
後ろからのんびりした声がした。
振り向くと、雨芽がいつもの柔らかい笑顔でコーヒーのマグカップを持っていた。
「お、おはようございます・・・雨芽さん」
好甘は昨日のことを思い出した途端、耳まで真っ赤になってしまう。
わああ、今日も可愛い!!
やつれてるのは心配だけどとにかく可愛い!!
頭の中の愛をなんとか止め、平静を装う。
「昨日はありがとね。」
「え?どうして雨芽さんがお礼言うんですか?」
「悩み話すのって勇気いるじゃない。
それなのに打ち明けてくれたんだもの。」
「いえ、そんな・・・俺の方こそありがとうございました。」
「少しスッキリした?」
「は、はい・・・。
雨芽さんが話を聞いてくれたのですごく楽になりました。」
「良かったわ。」
その日の昼休み。
好甘はいつものようにデスクで過ごそうとしたが、雨芽が近づいてきて小声で言った。
「好甘君、ちょっと屋上行かない?今なら誰もいないから。」
「え、屋上?」
「うん。ちょっとだけ、いい?」
好甘は戸惑いつつも頷いた。
屋上に出ると、春の温かい風が吹いていた。
上を向くと綺麗な青空が見える。
雨芽はフェンスの近くに立つと、持っていた小さな紙袋を好甘に差し出した。
「これならどうかな?市販のだけど・・・さっき温めてきたの。」
カップ中には胃に優しそうなスープが入っていて、
湯気が立ち込めている。
「で、でも・・・。」
「分かってる。一口だけでもいい。
もしケプケプしそうになったら私が背中さするから。」
雨芽は、柔らかさを含んだ口調ながら真剣な表情で言った。
その言葉に好甘の顔が一瞬で真っ赤になる。
「え、えええっ!?雨芽さんが!?俺の背中を!?」
「うん。だって、会社の中じゃ無理だけど・・・ここなら誰も見てないし。
好甘君、顔色悪いし、本当に心配なのよ。」
その時、
スープの香りに誘われたかのように好甘のお腹が鳴った。
ぐう〜。
「ふふ。」
「すみません・・・本当はお腹ずっと空いてて・・・。」
「今は我慢しなくていいよ。」
「本当に、いいんですか?・・・俺、キモくないですか?」
「キモくないわよ。本当よ?」
むしろ毎日さすってあげたい!!
と心の中で叫ぶ。
好甘はスープをあっという間に飲み干した。
よほどお腹が空いていたらしい。
可哀想に・・・満足にご飯が食べられないなんて。
彼はまだ若いし男の人なのに・・・。
食べ盛りだもん。ずっとお腹空かしていたのね。
「んっ」
好甘は胃が少し重くなる感覚がして俯く。
するとすぐさま雨芽がそっと背中に手を当ててさすった。
「この辺?」
「はい・・・。」
雨芽の手が優しく背中を撫でた。
温かくて、優しくて・・・。
いつもの気持ち悪さがスーっと消えていく。
「・・・気持ち、いいです」
「本当?よかった・・・。」
しばらくさすっていると、好甘がフーっと小さく息を漏らし、こっちを見た。
「もう、大丈夫です。ありがとうございます。」
「ほんと?よかった!」
雨芽はサッと手を離して、嬉しそうに笑った。
「また、こうやって背中さすってもいいかな?
少しでも栄養取って欲しいし、無理にとは言わないけれど。」
「雨芽さん、本当にいいんですか?」
「うん。」
じっと見つめられ、心臓が一瞬跳ねる。
二人は、互いに顔を逸らしたまま屋上から降りる階段を並んで歩いた。
二人の心の中の声が重なる。
((絶対にバレないようにしなきゃ))
♦︎付き合うまでの話
屋上で食事を一緒に取っていた時のこと。
背中をさすっていた手を止めた雨芽。
と、不意に好甘と目が合う。
数秒の沈黙。
「「・・・」」
「も、戻ろうか。」
「は、はい。」
二人は顔を合わせないように隣り同士で階段を降りていく。
すると、下の階にいた同僚の園田(41)に不意に声を掛けられた。
「なぁ、最近二人でコソコソ話してるみたいだけど、雨芽ちゃんって好甘のこと好きなん?」
「仕事の話をしていただけですよ。」
「ふーん・・・じゃあさ、俺と今夜付き合ってよ。」
その言葉なピクッと好甘が反応する。
「え?」
「雨芽ちゃんもう28じゃん?俺41だから合うと思うんだよね。」
「すみません、行けません。」
「えー、何で?そろそろ結婚相手探した方が良い年齢でしょ?俺も結婚したいしさ!ちょうど良くない?」
自分のことは棚に上げて雨芽に言いたい放題な園田に抗議しようと好甘が声を上げた瞬間。
「あの!」
「え、私、結婚願望ないですけど・・・。」
「またまたぁ、強がってるだけっしょ?」
「いえ、本当に興味ないです。」
「いやいや、年齢的にさぁ・・・。」
その時、我慢し切れずに好甘がスッと前に出た。
「結婚興味ないって言ってるじゃないですか。」
「新人君のお子ちゃまには関係ないっしょ。」
「でも、もう成人してます。」
「ふーん、で?好甘君は雨芽ちゃんのことどう思ってるわけ?」
「ちょっと、園田さん、さっきから何なん・・・。」
「好きです。」
「え?」
「へー、やっぱそうなんだ。けどさ、分かってる?
雨芽ちゃんもう30歳になるんだよ?君はその時22歳だ。いずれ君も若い子の方が良くなるって。」
「あなたと一緒にしないで下さい。俺が興味あるのは雨芽さんだけです。
2年だろーが、5年だろーが、変わることはないです。」
「ま、口だけならなんとでも言えるよな。
てゆーか、雨芽ちゃんだってこんな子どもじゃ満足できないっしょ。」
「そ、それは・・・。」
痛い部分を突かれ、好甘が言葉に詰まる。
「そんなことないわ。」
「え?」
「雨芽ちゃん?」
「私、好甘君といると楽しいわ。癒されるの。」
「え、ほ、本当ですか?」
「ええ。」
「は?マジで言ってんの?」
「園田さん、俺と雨芽さんは年齢に差はあるし未来はどうなるか確かに分からないけど・・・今好きだから一緒にいたい。それだけじゃダメなんでしょうか?」
「ぐっ・・・。」
好甘の淀みのない真っ直ぐな言葉に園田は何も言い返せないようだ。
そのまま去って行った。
「全く、あの人、自分のことは棚に上げて・・・。」
「あの、好甘君。」
「?」
「さっきはありがとう。私を守る為にああ言ってくれたんでしょう?」
好甘は真っ直ぐに雨芽を見つめた。
「確かに守る為でもありますけど、好きなのは本当ですから。」
「え・・・。」
「雨芽さんは・・・さっきのその場しのぎの言葉でしたか?」
途端に雨芽の顔がかああっと赤くなる。
「ううん、違う。違うの。私もさっき言ったのは本当よ。」
「じゃあ、俺たち両思いってことですよね?」
「でも、結婚に興味ないのも本当。私、自分のことで精一杯なのよ。」
「俺も自分のことで精一杯ですよ。雨芽さんがいるなら他には何もいらないです。」
「でもでも・・・。」
「でも?」
「付き合うの久しぶりだから暴走するかも?」
「え、そうなんですか?」
「それこそ、好甘君と同じ歳からだからもう8年・・・かな?その間、デートとかキスとかもないの。だから、お手柔らかにね?」
キュン・・・。
俺も、一回しか付き合ったことないし経験と言えるものはほとんどないけど、
俺がリードしたいって思った。
こういうのも本能的なものなんだろうか?
前に聞いたことがある。
いつも怖がりな人だけど、自分より弱いものがあると守らなきゃってスイッチが入るって。
それと同じなのかも。
「もちろんですよ!てか、俺だって一回しか付き合ったことないんですから・・・。」
「あ、そうか・・・。」
「俺たちはゆっくりいきましょうよ。ね?」
好甘が雨芽の両手を取り、目を見つめる。
すると、雨芽が頬を赤く染め頷いた。
「うん。」
♦︎付き合ってから初めてのデート
駅の改札口前。
雨芽より少し遅れて好甘がやって来た。
と言っても、雨芽が早く来ただけなので時間通りだ。
「あの、すみません遅れてしまって。」
「ううん、私も今来たところ。」
「良かった・・・。」
好甘がホッと安心したような表情を浮かべる。
「いや、可愛すぎか!!」
「え、え?」
近くにいた爽やかそうな駅員が後ろで腕を組んだままピクッと反応をする。
「ごめんつい・・・。久しぶりだね。」
「雨芽さん、最近仕事で外に出ること多くて会えなかったですけど・・・やっと会えましたね。」
「だから天使か!!」
近くで同じように待ち合わせしていたカップルがビクッと反応する。
「天使って・・・あはは、雨芽さんって変な人。面白いですね。」
笑う好甘を雨芽が優しい目で見つめる。
「え、なんですか?」
「いや、相変わらず可愛いなーと。」
「もー、何言ってんですか。」
「あはは、ごめんごめん。じゃあ行こっか。」
「はい!」
先を行こうとする雨芽の裾を好甘が"むんず"っと掴んで引き留める。
「うん?好甘君どうかした?はっ、もしかして具合悪い?」
「違いますよ!手、繋いで下さい・・・。」
ほっぺを膨らませながら言う好甘に雨芽が堪え切れずに震えている。
付き合ったのをきっかけに、すっかり雨芽の中の愛はダダ漏れ状態だ。
かたや好甘も、そんな雨芽を面白い人だと気に入ってしまっている。
ぎゅっと好甘が雨芽の手を握ると、
雨芽が幸せそうに小さくへへっと笑う。
意外だ。
人って手を繋いだだけでこんなに幸せそうに笑うこともあるんだ・・・。
「なーに?」
「いや、反応可愛いなって。」
「好甘君の方が百倍可愛いよ。」
「もー、行きますよ!」
照れ隠しするかのように手を繋いだまま好甘が歩き出す。
「はーい。」
その時、改札口をスーツとハット帽を被ったダンディなおじ様が微笑ましい顔で二人を見ながら通っていった。
駅の待ち合わせ場所にいた同い年の高校生のカップルは何やら痴話喧嘩をしている模様。
「さっきの二人、純粋過ぎじゃなかった?」
「本当、見てるこっちが恥ずかしかったわ。」
「彼氏君、結構歳下な感じだったよね。歳下過ぎる相手と付き合ってる人ってないわー。」
「そーか?俺は別にいいと思うけどな。
それに、あの女の人めちゃ反応可愛かったぜ?
本当に好きなんだろうなー。お前もあんくらいウブだったらなー。」
「悪かったわね!」
「ふーんだ!」
「可愛いくなーい!」
「可愛いのがいいなら歳下彼氏のがいいんじゃん?」
「ふーんだ!」
好甘が雨芽の方を見ながら歩いてる。
「ほらほら、好甘君、前見てちゃんと。」
一瞬、動きが止まる。
「はーい!」
パッと前を向いて二人がまた歩き出す。
駅員はスッと帽子を整えると、
また腕を組み、無言で二人を見送るのだった。
♦︎同棲までの話
付き合って一年。
好甘のマンションのソファ。
「俺、雨芽さんと一緒に住みたいです。」
「同棲?」
「はい。俺、結婚に興味ないとは言いましたけど、雨芽さんには興味ありますから。」
「私もそうよ。じゃあ、一緒に住もうか?
その方が食事一緒に取れるから背中さすりやすいわね。」
「え、本当にいいんですか?
自分から言い出しておいてこんな事言うのもあれなんですけど、面倒くさくないですか?」
「面倒くさいなんて思わない。むしろ、好甘君が一人で辛い思いしているくらいならそばにいて力になりたいわ。」
「雨芽さん・・・。これでもう逃げられな・・・一緒にいられますね!」
「今、逃げられないって言おうとしなかった?」
「空耳です。」
「ふふ、まぁ、どっちでもいっか。」
好甘が雨芽をバックハグすると顔を肩に埋める。
「はー、好き。」
「ふふ、私もよ。」
こうして、同棲はスタートしたのである。
♦︎雨芽さんの番
同棲を始めて一ヶ月。
この日、
雨芽は生理痛が酷くなり、背中をさすって欲しいと好甘にお願いしたのだった。
雨芽の背中をさすりながらふと好甘は考えた。
「不思議ですね。」
「何が?」
「背中をさすってもらうのはいつも俺でしたから。
なんだか新鮮で。」
「ふふ、確かに。」
「今日は雨芽さんの番ですね。」
「うん。」
「どうですか?」
背中をさすっていると雨芽がうとうとし始める。
「温かくて気持ちいいね。」
「そうなんです、心地いいんですよね。
食べる時以外にも撫でて欲しいくらい・・・あ、すみません。今のは忘れて下さい。」
これ以上、雨芽さんの負担を増やしてどうする!
「しようか?」
「え、でもでも、いつも背中撫でてもらってますし・・・。」
好甘がモゴモゴし出す。
「私なら大歓迎よ?」
そんな風に言われたらつい甘えてしまう。
俺はもう、雨芽さんがいないと生きていけない。
「じゃ、じゃあ・・・雨芽さんが元気になったらお願いします。」
四日後。すっかり元気になった雨芽は好甘の背中をさすっていた。
今は食事は関係なく、休みの日の午後三時だ。
雨芽はベッドサイドに腰掛け、好甘は床にクッションを敷いて胡座をかいて座っている。
背中側を雨芽に向けている状態だ。
「どう?気持ちいい?」
「はい。」
「お互いに背中をさすり合う関係ってなんだかいいわね。」
「雨芽さん・・・。」
「うん?」
「頭も撫でて欲しいです・・・。」
振り返り、上目遣いでのお願いに・・・。
ギュンッ!!!
わしゃわしゃわしゃ。
撫でまくった。
♦︎同棲中の面白い話
ハロウィン当日、好甘が帰宅すると・・・。
何やら後ろ姿(?)で立って出迎えてくる雨芽がいた。
「いちごはいらんかえ〜。」
そう言うと、くるっとこちらに振り返る。
そう、雨芽はいちごの姿になっていた。
顔の部分だけが丸く切り取られていて、
顔にはいちごのつぶつぶを表現したらしい、大きめの"そばかす"が描いてある。
でーん!!!
「えぇ!?ちょっ、雨芽さん、何なんですかそれ!」
「激安コーナーで着ぐるみあったから買ってみたの。
可愛いくない!?」
正直、あんまり可愛くな・・・。
「可愛いです。」
「今、可愛いくないって思ったでしょ。」
「え!何で分かったんですか!」
「だって顔に書いてあるんだもの。」
「すみません・・・。」
「残念、私はこれ結構好きなんだけどなー。」
「クスッ、雨芽さんって時々、変なことしますよね。」
「え、そう??」
いつもは綺麗な姿勢なのに、
何故かガニ股で手足は内側に半円を描くように"ぷらんぷらん"している。
「ぶはっ」
雨芽がずずいっと顔を近付ける。
「それで真顔はやめて〜!あはは!!」
「いちごはいらんかえ〜。」
「もう、お腹痛い!!てか、何ですかその台詞は。」
「昨日、図書館で読んだ絵本に書いてあった台詞なの。」
「どんな絵本なんですか!?」
「ほら。」
雨芽がスマホで検索して絵本の画像を見せる。
でーん!!!
タイトル。
"いちごはいらんかえ〜"
「いや、まんまじゃないですか!!」
「でしょでしょ。」
「はーもう、絵本も変だけど、それを手に取る雨芽さんもやっぱり変だ。」
と、その時、好甘のお腹がぐうぅ〜っと鳴る。
「あら?食べて来てないの?」
「はい。」
「胃の具合悪い?」
好甘がふるふると首を小さく横に振る。
「だって夕飯の為に取って置きたくて・・・。」
「相変わらず可愛いなぁ・・・。」
少し早めに夕飯を作ることにした。
今日は、かぼちゃのスープとチキンとパンだ。
「そう言えば、さっきからさつまいもっぽい匂いがする・・・。」
「さつまいもクッキーも作ってみた。」
正方形のさつまいもクッキーにアイシングがかかっている。
おばけにかぼちゃ、魔法の杖に帽子。
色々な絵が描かれている。
「わ、美味しそうです。雨芽さん絵上手ですね。」
「そう?ありがとう。」
「俺もご飯一緒に作ります。」
「疲れてない?」
「全然大丈夫です!」
「じゃあ、一緒に作ろうか?」
「はい!・・・あのー。」
「うん?」
「まさか、いちごのまま作るんですか?」
「あ、忘れてた。」
目を合わせるとお互いに笑い合う。
二人のハロウィンは、
笑いの絶えない夜になったのでした。
♦︎元気になった好甘君
カフェのテーブル席に腰掛け、パフェを食べ終えた二人はアイスティーを飲んでいた。
店内には今、カフェの店主と好甘と雨芽だけだ。
同棲を始めて一年。
諦めていたケプケプの治療だったが好甘がもう一度やりたいと言い出したこともあり、
新しい病院に変えて通い始めた。
すると、ようやく体に合う薬が見つかり、
副作用もなくケプケプがほとんど無くなった。
元気になって友達と色々な場所へ出かけるようになった好甘を優しい目で見つめる。
その瞳にはどこか寂しさの光が揺らいでいた。
「良かった、好甘君が元気になって。」
「はい!毎日が楽しいです!」
「そう。」
雨芽が微笑む。
「寂しいですか?」
「どうして?」
「なんか、そんな風に見えて。」
「そうね。
正直に言うとね。こんなこと思っちゃいけないんだろうけど・・・。
他の人の元へ行ってしまうんじゃないかって、これでも不安なのよ。」
雨芽は、好甘が元気になったことで自分の存在はもういらないのではないかと考えていたのだ。
自分達は結婚もしていない。
好甘は自分と違ってまだ若い。元気になれたのなら
離れる時期に差し掛かっているのではないかと。
表には出さないようにしていたが、内心ではそう思っていたのだ。
その時、好甘のスマホに電話がかかってきた。
ルルルル。
「あら、電話よ。」
「電話出ますね。」
「うん。」
一旦席を外し、戻って来た。
新しいプロジェクトのことで話があるそうだ。
「雨芽さんはどうします?」
「私はまだゆっくりしていくわ。紅茶もまだ残っているし。」
「分かりました。」
好甘は紅茶を勢いよく飲むと立ち上がった。
「すみません、行って来ます。」
「行ってらっしゃい。気をつけて行くのよ。」
「はーい!」
好甘がお会計を先に済ませ、店から出ていこうとして
パッと振り返りタタタっと駆けて来た。
「?どうかした?」
「俺、絶対に別れませんからね!」
突然の言葉に雨芽が目をぱちくりとさせている。
好甘は、言うや否やまた走り出した。
そして店を出ると、何かを思い出したようにもう一度振り返り、
開いているカフェの窓に向かって小さく叫んだ。
窓際の席に座っている雨芽からは目の前に好甘の可愛らしい様子が見える。
「別れませんからねー!」(遠ざかっていく声)
カフェでは
机の上で雨芽が手を組んで項垂れていた。
いやいや、何だ今の可愛い過ぎんだろおぉ!!!
これ以上惚れさせて私をどうしろって言うのよー!!
机に突っ伏し、窓の外を走っていく好甘君を見つめ呟いた。
「はぁ・・・可愛い・・・。」
カフェの店主は皿を拭きながらふっと口角を上げた。
"春だねぇ"
♦︎雨芽の家
同棲するにあたって好甘は雨芽の実家に来た。
姉は4年前に結婚して家を出ていた。
雨芽の実家には母、父が住んでいて、今日は姉もいる。
キッチンに全員が集まって話し始めた。
同棲をスタートすること、お互いに結婚に興味はないことも伝えた。
「ふーん、結婚しないんだ。」
姉があっけらかんと言うのに対し、好甘は小さくなりながらも自分の気持ちをきちんと伝えた。
「でも本気で好きなんです。」
「ならいいんじゃね?」
と父。
「そうね、雨芽を受け入れてくれるなら大歓迎だわ。」
と母。
「雨芽、良かったね。」
と姉。
好甘は拍子抜けする。
結婚願望もないのに同棲、しかも歳下な自分。
マイナスなイメージをどう払拭しようかと悩んでいたのだが、どうやらその心配はいらなかったようだ。
帰り道。
「賑やかな家族でしたね。」
「毎日一緒にいると疲れるけどね。」
それはなんか分かるかも・・・。
「これは家族には内緒だけど、それもあって一人暮らしにしたのよ。静かに暮らしたかったから。」
雨芽が困ったように肩をすくめ笑った。
「うーん、確かに・・・。」
「家族は好きなんだけどね。」
「いい人達なのは伝わって来ましたよ。」
俺は母さんと二人暮らしだったけど、
寂しくはなかったし、静かに暮らせて居心地は良かったんだよなぁ・・・。
♦︎好甘の家
同棲するにあたって雨芽は好甘のアパートに来た。
好甘は母と二人暮らしをしている。
父親は好甘が産まれてすぐに事故で亡くなっていた。
雨芽は、同棲について、結婚願望がないことを伝えた。
「あら、私もなかったわよ。」
「え?」
「なかったのに、両親が早く結婚しろって言うから焦って探したの。
結婚した途端、GPSをスマホに入れたり、飲み会は禁止、仕事するなとか・・・束縛が凄くなったわ。
裁判を起こしてなんとか離婚できたのよ。
その後、相手は車の事故で亡くなったの。」
「母さんもなかなか波瀾万丈な人生だね。」
「そうなの。あの人に出会って良かったことと言えば、好甘が産まれて来てくれたことだわ。」
「よく嫌いにならずにいられたね。」
「当たり前よ。こんなに可愛いんだから。
だから何が言いたいかと言うとね。
子どもを持たないのなら無理に結婚にこだわらなくてもいいってこと。
二人は二人のペースでゆっくり進んでいけばいいのよ。
私はあなた達が幸せならそれでいいんだから。
あら?」
母親が気付くと、二人とも目をうるうるさせていた。
「雨芽さん、ありがとうね。
好甘を受け入れてくれる人が現れて私も安心だわ。」
「私はただ、好甘君と一緒にいたかっただけです。」
「俺もです!」
母親がにまにましながら二人を見つめている。
そして、二人はずっと考えていたことを話した。
広い部屋に引っ越し、一緒に暮らさないかという提案だ。
しかし・・・。
「私のことなら心配いらないわよ。
私はこのまま、このアパートに住むわ。小さいけれど結構気に入っているのよ。」
「母さん・・・。」
「それに、私がいたらあなた達、思う存分イチャイチャできないじゃない。」
二人がかああっと赤面する。
「ただし、たまには二人で顔を見せに来てちょうだいね。」
「うん、分かったよ母さん。」
「そうそう、好甘、悪いんだけどにんじんと豚肉買ってきてくれない?夕飯カレーにしようと思うの。」
「え?それはいいけど・・・。」
「ついでに女同士の話がしたいのよ。雨芽さん、いいかしら?」
「はい。」
玄関まで二人で見送る。
「じゃあ・・・行って来ます。」
「好甘君、気をつけてね。」
「はーい!」
「あらあら。」
先を越されてしまったわね。
好甘が出かけた後。
母親と雨芽の会話。
「雨芽さん、好甘のことよろしくね。」
「はい。」
雨芽が頷く。
「沢山甘えさせてあげて。」
「もちろんです。」
「あなたも甘えていいのよ?」
「え、私もですか?」
「年齢のこと、ずっと気にしてるんでしょう?」
「どうしてそれを・・・。」
「なんだかずっと申し訳なさそうな雰囲気だったから。
もしかしてと思って。
でもね、あの子、優しいから大丈夫よ。」
そうか、好甘君が優しいのはお母さんからきてるのか。
「ありがとうございます・・・私も少し甘えてみようかな?」
「そうそう、それがいいわ。甘えるのに年齢なんて関係ないもの。
甘えたいって思ったら甘える。それでいいのよ。」
「甘えたいって思ったら甘える、か・・・。」
「雨芽さんに甘えられたら、あの子きっと喜ぶわよ。」
「そうなんですか?・・・。」
「分かっちゃうのよ。
あの子がどれだけあなたに惚れているかもね。」
「え///」
「うふふ、あなた達って本当、純粋ねー。
お互いに思い合っているのがひしひしと伝わってくるわ。」
「わ、分かっちゃいます?結構押さえてたんですけど・・・。」
「言動は抑えてても、好き好きオーラ全開だったわよ。」
「////」
「あなた達なら大丈夫って思ったわ。」
その時。
玄関の鍵が開く音が聞こえた。
「あら、帰って来たわ。」
ガチャっと玄関の扉が開き、更にもう一つの1Kの扉を開けて好甘がビニール袋を持って入って来た。
「ただいまー。買って来たよ、にんじんと豚肉。」
「おかえり、ありがとう。」
母親が冷蔵庫ににんじんと豚肉を仕舞う。
「おかえりなさい、好甘君。」
「何話してたの?雨芽さん、変なこと聞かれなかった?」
「失礼ねー、母さん、そんなことしないわよ。」
母親が頬を膨らませてみせる。
「本当かなー・・・。」
「好甘君、本当よ。好甘君をよろしくねって言ってくれただけよ。」
「ホッ、なら良かった・・・。」
帰り際。
「じゃあ、またね好甘、雨芽さん。
二人とも、無理しちゃダメよ?くれぐれも体には気を付けるように!」
「「はーい!」」
♦︎母の日
距離が離れていて会いに行くのが難しかった雨芽は、実家宛に花束を送った後、
好甘のお母さんの元へ二人で向かった。
二人で買ったカーネーションの花束を渡した。
その時、ケプケプが治ったことを報告したのだった。
母親は涙目になりながら雨芽に感謝の言葉を述べた。
「雨芽さん、ずっと好甘を支えてくれて本当にありがとう。」
「私は何もしてないですよ。支えられているのは、むしろ私の方です。」
「これからも好甘のことよろしくね。」
「はい!」
帰り道。
「雨芽さん・・・俺、雨芽さんに出会ってなかったらケプケプも治ってなかったですし、メンタルもきっと病んでました。
俺と出会ってくれて、好きだと言ってくれてありがとうございます。」
「好甘君・・・。」
雨芽の目から涙がポロポロと落ちていく。
「え!!すみません、泣かせてしまうなんて・・・。」
好甘がサッとハンカチを出し、雨芽が受け取る。
「ありがと・・・ぐすん・・・。」
「よしよし、いい子いい子。」
不意に頭を撫でられ、雨芽の顔が真っ赤になる。
「え、ちょっと好甘君!?」
「あ、すみません。俺が子どもの頃、泣いてると母がよくこうして慰めてくれていたんです。」
「私、子どもじゃないもん。」
「分かってますよ。」
"雨芽さんに甘えられたら、あの子きっと喜ぶわよ。"
「あのね・・・。」
「なんですか?」
「帰ったら、甘えてもいいですか。」
「キュン・・・も、もちろんですよ!
雨芽さんが甘えてくれたら俺、嬉しいです。遠慮せず、どーんとして下さい!」
好甘が嬉しそうに胸を張る。
「嬉しそうだね・・・。」
「そりゃもう!どれだけ俺が雨芽さんに惚れてると思ってるんですか!」
雨芽が目を丸くする。
"分かっちゃうのよ。
あの子がどれだけあなたに惚れているかもね。"
先程止まったはずの涙がまたポロポロと落ち始める。
「え!?ちょっ、雨芽さん、今日はどんだけ泣くんですか!本当にどうしちゃったんですか・・・。」
帰った後、すぐに抱き締め合った。
涙は止まったものの、
好甘君は目も鼻も赤くなった私の頭を何度も撫でてくれた。
本当に何度も、何度も。
♦︎朝霞と好甘
朝霞に雨芽さんを紹介した時のお話。
朝霞は幼稚園の頃からの好甘の幼馴染らしい。
「ようやく好甘も同棲かー。」
朝霞がレストランの椅子の背もたれにもたれ掛かりながら言う。
「俺も信じられないよ。まさか、恋人ができる日が来るなんて・・・。」
「俺は、好甘なら大丈夫だって思ってたけどな。」
「え、そうなの??」
「雨芽さん、こいつ、マジで優しいっしょ?」
「ええ、とっても。」
「ちなみに、今だから言えるが、
学生時代は給食の時間、ずっと俺が背中さすってやってたんだ。俺って優しい〜!」
「ちょっと!雨芽さんに余計なこと言わないでよ!」
「いいじゃん、ちょっとくらい。」
「俺、朝霞にも感謝してるんだ。」
「何だよ急に。照れるじゃん。」
「だって、ずっと俺のこと気にかけて、周りの人達に陰口言われてたじゃないか。
それなのにずっと友達でいてくれてさ。背中までさすってくれて。」
「どうせ言われんなら二人のが良くね?」
「朝霞さんって優しいんですね。」
「そうさ、俺は優しいお、と、こ、なのよ。」
「雨芽さん、朝霞は黙ってればモテるタイプなんですよ。」
「あー、なるほど。」
「君達、なかなか言うじゃないか。」
「朝霞は彼女いるじゃん、将来、結婚はするの?」
「ん、結婚する。割とすぐ。」
朝霞がコーラの氷をストローで混ぜながら言った。
シュワシュワと音が鳴る。
それに合わせて、好甘はミルクティーを、雨芽はアイスコーヒーを飲んでいた手を止めた。
「本当に?いつ?」
「夏はあちーから秋だな。婚約はしてる。」
「随分早いね。」
「まーな。今っしょ、的なノリで?」
「ついに朝霞も結婚かー。」
「君達は?」
「俺達は結婚しない。」
「そっかそっかー。」
雨芽が驚いたように目を開いた。
「雨芽さん、どしたん?」
「驚かないのかなって。」
「結婚?今時よくあることだろ。
俺も結婚はするけど、
向こうも俺も子どもは持たないって話してるし。」
「そうなの?」
「うん、俺も向こうも、仕事バリバリしたい派でさ。
金貯めて世界一周とかしたいねーって話てる。」
「相変わらず君は自由な発想だね。」
「だろー!?自由こそ全てさ!」
「まぁ、世界一周行くにしても気を付けて行って来てよ?色々危ないことも多いんだから。」
「お前、いつから俺の母ちゃんになったんだよ。」
「てか、結婚式には呼んでよね。」
「うん?結婚式しねーよ。」
「え、だってさっき結婚するって・・・。」
「結婚はする。ウエディングフォトだけ撮んの。
結婚式挙げないと離婚しやすくなるからーって向こうが珍しく言ってきて。」
「ふーん。」
「そんで、従業員の人に予定の名前だけ結婚式って書いてもらった。それなら大丈夫だろって話がまとまってさ。おもろくね?」
「本当、君って人は・・・。」
「君達は、あれこれ考え過ぎ。」
「「う・・・」」
「別にいーじゃん、周りがどう言ったって。
そいつらは、言う対象が欲しいだけ。無視無視。
何の責任も取ってくれないんだからさ。
だったら自由にいこうぜ!!」
帰り道。
「凄い人ね、朝霞君って。」
「毎回驚かされます。」
「でも、いい人ね。」
「本当、あの性格だから、俺と連まなきゃ陰口言われるなんてこともなく友達沢山作れただろうに。」
好甘が小さくため息を吐く。
「それだけ、好甘君の隣が居心地良かったんじゃないかな?」
「えー、単に俺が可哀想だから見捨てられなかっただけじゃないですか?あれでも正義感強かったですから。」
「そんな理由でずっと友達でなんていられないわ。
本当に居心地が良かっただけよ。」
「そう、だといいな・・・。」
「きっとそうよ。私がそうだったんだから。」
雨芽がふわりと優しく笑う。
「雨芽さん。」
「うん?」
「雨芽さんは俺とずっと一緒にいてくれますか?」
「当たり前じゃない。」
「一緒にいるって言って下さい。」
「急にどうしたの?」
「いるって言って。」
「「いる。」」
何故かハモらせる好甘。
「うん、これでよし!」
雨芽は、何が?と言いかけて辞めた。
何故なら、好甘が飛び切りの笑顔を見せたからだ。
太陽光がキラキラしてるのか好甘の笑顔がキラキラしてるのか、もうどっちか分からなかった。




