第8話:三十の玉座と屈辱の帰順
本日2話目
冷え切った陣幕の中は、重苦しい沈黙と、爆発寸前の怒気が渦巻いていた。
箱館・五稜郭の会議室。
旧幕府軍の首脳陣が円座を組み、榎本武揚の持ち帰った「報告」に耳を傾けていた。
「……総裁。貴殿は寒さで正気を失われたか」
陸軍奉行、大鳥圭介が、青ざめた顔で絞り出すように言った。
「山が一つ、一瞬で消し飛んだだと? 音もなく放たれた弾が、新政府軍の最新鋭艦『甲鉄』を海の藻屑にしただと? そんな馬鹿げた兵器が、この世のどこにあると言うのだ!」
「大鳥の言う通りだ! 敵は我々を謀ろうとしているに過ぎん!」
他の将官たちも次々と立ち上がり、机を叩いて榎本を非難した。
だが、榎本の傍らに立つフランス軍事顧問、ブリュネ大尉の青ざめた表情が、それが決して幻覚や誇張ではないことを雄弁に物語っていた。
「信じ難いことだが……事実だ。我々フランスの軍事技術の、数百年先を行っている。あの黒い城と戦えば、我々は一時間と経たずにこの世から消滅するだろう」
ブリュネの言葉に、陣幕内が水を打ったように静まり返った。
その沈黙を破ったのは、部屋の隅で腕を組み、目を閉じていた男だった。
「……要するに、手も足も出ねえってことか」
新選組副長、土方歳三。
彼はゆっくりと目を開き、鋭い刃のような視線を榎本に向けた。
「人間相手なら、刀が折れても戦いようはある。だが、山を吹き飛ばすような大筒を撃ってくる相手に、俺たちに腹を切れと?」
「土方君、腹を切る必要はない」
榎本は、苦渋に満ちた顔を上げ、歴戦の将たちを真っ直ぐに見据えた。
「私は……あの黒い城の主、九条魁斗なる男の軍門に下る。蝦夷共和国の夢は、今日ここで潰えた」
「総裁ッ!」
「聞け! 彼らは我々の命は保証すると言った! 武器を捨てる必要もない。ただ、彼らの『効率的な統治』とやらの下働きとして、この蝦夷を平定する手足となれと要求しているのだ」
榎本は、拳から血が滲むほど強く握りしめた。
「無念だ。徳川の恩義に報いることも、新たな国を創ることもできん。だが……三千の将兵を、得体の知れない大砲の塵にするわけにはいかないのだ。我々は生きて、あの連中が何者なのか、この国をどうするつもりなのかを見届けねばならない」
榎本の悲痛な決断に、将官たちは誰も言葉を返すことができなかった。
翌日の正午。
榎本武揚は、土方歳三や大鳥圭介ら数名の幹部を伴い、再びアイアン・パレスの巨大な金属壁の前に立っていた。
昨日と同じように、摩擦音一つ立てずに壁面がスライドし、彼らを内部へと招き入れる。
案内されたのは、昨日とは違う、さらに巨大な空間だった。
そこは、まるで神殿のように天井が高く、壁には一面に細かな文字や地図が流れている。
そして、部屋の中央には、三十脚の黒い玉座が円を描くように配置されていた。
その頂点に立つ最も高い玉座に、九条魁斗が足を組んで座っている。
「お待ちしていましたよ、榎本さん。賢明なご判断に感謝します」
魁斗は微笑を浮かべたが、榎本たちの視線は、彼を囲むように座る者たちに向けられていた。
三十の玉座には、それぞれ異なる意匠の黒衣を纏った者たちが静かに座っている。
銀髪の女、筋骨隆々の巨漢、白衣を着た青白き青年、燕尾服の紳士……。
顔立ちや肌の色からして、世界のどこかから集められた異国人たちのようだった。
「ご紹介しましょう。彼らは私の手足であり、このアイアン・パレスの各機能を司る最高位の管理者……私の『三十の剣』です」
魁斗が手を挙げると、巨漢の男が立ち上がった。
「第1席、陸戦・制圧部隊統括のヴォルフだ。旧式の玩具(鉄砲)を持ったお前たちを、無駄に殺さずに済んで安堵している。これからは、俺の指示で動いてもらうぞ」
次に、白衣の青年が立ち上がる。
「第2席、都市工学・インフラ統括のノアです。あなた方の非効率な街を、私が一から設計し直してあげましょう。ああ、見苦しいスラムは即刻取り壊しますので」
次々と名乗りを上げる彼らには、歴戦の武士たちが発するような血生臭い殺気や、野心のようなものは一切感じられなかった。
しかし、それが逆に土方や榎本たちの背筋を凍らせた。
彼らの言葉には、勝者が敗者を嘲るような熱すらなく、ただ極めて事務的に「数字」や「効率」だけを計っているかのように冷徹だったからだ。
あの山を吹き飛ばした絶大な力や、この巨大な鉄の城を、彼らがただの『道具』として当たり前のように管理している。その底知れなさが、得体の知れない威圧感を生んでいた。
「彼ら三十名が、軍事、内政、諜報、農業、医療などのすべてを完璧に管理します。榎本さん、あなたがた旧幕府軍は、ヴォルフとノアの指揮下に入り、蝦夷全土の『整地』と『治安維持』にあたってください」
「……我々を、土方や警吏として使うということか」
榎本が奥歯を噛み締めながら問う。
「ええ。あなた方にはまだ、刀を振るう程度の利用価値はありますから。もちろん、反逆を企てれば、その瞬間……」
魁斗が指を鳴らすと、三十の玉座に座る者たちが一斉に榎本たちを見下ろした。
誰も武器に手をかけたり、声を荒らげたりはしない。
ただ、作業を中断されたことを疎むような、極めて事務的で冷たい視線だった。
それが意味するのは、彼らにとって旧幕府軍の命など、帳簿の数字を一つ消す程度の労力でしかないという残酷な事実だ。
「……承知した。我ら一同、貴殿の指示に従おう」
榎本は、深く、屈辱に満ちた一礼をした。
1868年、冬。
旧幕府軍三千の将兵は、一人の死者も出すことなく、未来からの侵略者の前に完全に膝を屈した。
高評価とブックマークをよろしくお願いします。
コメントへの返信はしないと思います。




