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明治「再」起動 ―暴君が塗り替える近代史―  作者: tky
第1章:未知なる黒船と蝦夷の平定

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第7話:愚者の行軍と不可視の境界線

どんよりと鉛色に沈んだ冬の空の下、津軽海峡の荒波を掻き分けて北上する大船団があった。


最新鋭の装甲艦『甲鉄』を旗艦とし、数多の蒸気船からなる新政府軍の蝦夷平定艦隊である。


旗艦の薄暗い船室では、参謀や指揮官たちが、粗末な海図を広げて軍議を行っていた。


ランプの頼りない光に照らされた彼らの顔には、幾多の死線を潜り抜けてきた自負と、新時代を切り開く勝者としての驕りが浮かんでいる。


「先遣隊からの報告によれば、旧幕府軍の残党どもは、見たこともない『鉄の城』なるものに恐れをなし、進軍を止めているとのことです」


一人の若い参謀が、小馬鹿にしたような笑いを浮かべながら報告書を読み上げた。


「鉄の城だと? くだらん。敗色濃厚となった賊軍どもが、寒さと飢えで幻覚でも見たのだろう。あるいは、メリケンあたりの密輸商人から、風変わりな砦でも買い取ったか」


軍監として乗り込んでいる薩摩出身の将校が、鼻で笑って煙管を叩いた。


「報告にはさらに奇妙なことが書かれています。身長が七尺を超える『黒い甲冑の巨人』が現れ、刀も銃も通じず、味方の小隊が全滅させられたと……。さらには、山を一つ丸ごと吹き飛ばすような大砲を撃ち込まれたとも」


「馬鹿馬鹿しい! 弾避けの妖術に、山を吹き飛ばす大筒だと? おとぎ話にも程がある!」


別の将校が、机を叩いて怒鳴りつけた。


「我が軍には、このアームストロング砲と、帝から賜った錦の御旗があるのだ! いかなる砦であろうと、いかなる最新兵器であろうと、粉砕して見せるわ!」


彼らの常識において、自分たちが保有する近代兵器こそが世界最高峰であり、それを打ち破る存在など、この東洋の島国にあるはずがなかった。


未知の脅威を、自分たちの理解できる範囲の「ハッタリ」や「誇張」へと矮小化すること。


それは、恐怖から逃れようとする人間の防衛本能であり、同時に、致命的なまでの慢心であった。


同時刻。


アイアン・パレスの最上層に位置する司令室では、九条魁斗が、壁一面に展開された高精細な戦術マップを見下ろしていた。


もちろん、この空間には榎本のような「客」はいないため、ありとあらゆる未来のユーザーインターフェースが空中に展開されている。


無数のホログラムパネルが宙に浮き、衛星軌道上の『天眼』から送られてくる熱源データ、地形データ、敵艦隊の速度と進行方向が、リアルタイムで更新され続けていた。


「マスター。新政府軍の主力艦隊、およそ二十隻が、我がアイアン・パレスが設定した『第一防衛ライン』まで残り五海里に迫っています。陸路からも、上陸済みの歩兵部隊約三千が北上中です」


シエルが、指先を空中で滑らせながら、無機質な声で報告する。


「彼らから、通信や降伏の意思を示す信号は?」


「皆無です。先遣隊として放った機甲歩兵への発砲を確認。さらに、我が拠点に向けて、艦載砲の照準を合わせている動きが観測されます」


魁斗は、深くため息をついた。


「榎本武揚のように、圧倒的な現実を見て立ち止まる知性を持っていれば良かったのですが。……どうやら彼らは、自らの目で『地獄』を見なければ、自分たちの立ち位置を理解できないようです」


魁斗は玉座から立ち上がり、冷たい視線をホログラムの艦隊へと向けた。


「彼らの無知と蛮勇は、これからの効率的な統治において最大の障害となります。ここで、完膚なきまでに『力の差』を教え込み、心をへし折る必要があります」


軍事担当のヴォルフが、待っていましたとばかりに口角を吊り上げた。


「閣下、全砲門を開き、海ごと蒸発させますか? それとも、光学迷彩部隊を送り込み、船底に穴を空けて沈めましょうか」


「それでは単なる殺戮です。私が求めているのは、彼らに『抵抗は無意味である』という絶対的な絶望を刻み込むこと。……シエル、対艦迎撃システムを起動。ただし、使用するのは物理的な『徹甲弾』のみとしなさい。レーザーやプラズマ兵器は、彼らには眩しすぎる」


魁斗の指示は、残酷なまでに計算され尽くしていた。


光の束で船を消滅させれば、それは「神の怒り」や「天災」として片付けられてしまうかもしれない。


だが、彼らが理解できる「大砲の弾」という物理的手段で、絶対に不可能なはずの破壊を見せつければ、それは「圧倒的な科学力の差」として彼らの心を折り砕く。


「了解しました。対艦用・大型電磁加速砲レールガン、二基展開。目標、敵艦隊の先頭を進む装甲艦および、最後尾の輸送船。……出力、0.1パーセントに制限」


シエルの言葉と共に、アイアン・パレスの黒い巨壁の一部が展開し、長大な砲身が姿を現した。


それは、当時のいかなる軍艦に積まれている大砲よりも巨大でありながら、一切の装飾を持たない、ただの「死を送り出す筒」であった。


津軽海峡の冷たい海の上。


旗艦『甲鉄』の甲板で双眼鏡を覗いていた新政府軍の指揮官は、霧の向こうに聳え立つ、山のように巨大な黒い影を見て息を呑んだ。


「……なんだ、あれは。本当に、鉄の城が……?」


報告は虚仮威しではなかった。


その圧倒的な質量と、異様なまでの無機質さに、指揮官の背筋を冷たい汗が伝う。


「ひ、怯むな! 距離五千! 全門、右舷に開け! あの薄気味悪い城に、帝の怒りを見せつけてやれ!」


指揮官が怒鳴り声を上げ、砲手たちが慌ただしくアームストロング砲に弾薬を込めようとした、まさにその瞬間だった。


空気が、悲鳴を上げた。


キュイィィィィン、という耳をつんざくような高周波の充電音。


それは、海鳴りよりも低く、雷鳴よりも鋭く、戦場にいるすべての者の鼓膜を震わせた。


次の瞬間、アイアン・パレスの砲身から、閃光が放たれた。


それは火薬の爆発による炎ではなく、極超音速で弾丸が空気を切り裂く際に生じた、プラズマの尾を引く光の筋だった。


ドンッ!!!


音よりも早く到達した「それ」は、旗艦『甲鉄』の分厚い鉄の装甲を、まるで濡れた障子紙のように易々と貫通した。


着弾の衝撃などという生易しいものではない。


運動エネルギーの塊である超高密度のタングステン弾芯は、船体を串刺しにし、内部の弾薬庫に直撃。


遅れて響き渡った轟音と共に、最新鋭を誇った装甲艦は、真っ二つにへし折れながら、大爆発を起こした。


「なっ……!?」


「旗艦が! 甲鉄が沈んだぞォォォ!!」


周囲の蒸気船に乗っていた将兵たちは、自分たちの無敵の象徴が一瞬にして火の海と鉄屑に変わる様を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。


そして、彼らが恐怖の悲鳴を上げる間もなく、第二撃が放たれた。


今度は、艦隊の最後尾を進んでいた巨大な輸送船が、水柱すら上げることなく、文字通り「粉砕」され、海面から消滅した。


先頭と最後尾を瞬時に潰されたことで、残された艦隊は完全に逃げ場を失った。


アイアン・パレスの司令室。


魁斗は、阿鼻叫喚に包まれる新政府軍の艦隊の映像を、無表情で見下ろしていた。


「さて……。教育の第一段階は終了です。彼らが『恐怖』という感情を思い出したところで、次のステップへ移りましょう」


魁斗は、冷酷な光を宿した瞳で、通信パネルに指を滑らせた。


「全機甲歩兵部隊へ通達。陸路より接近中の敵歩兵部隊を『無力化』しなさい。……殺す必要はありません。手足を折り、二度と武器を持てない肉体にして、生かして帰しなさい。彼らの惨状が、この国全土への最高への『警告』となります」


圧倒的なテクノロジーと、冷徹な効率主義が、旧時代の人間たちを絶望の淵へと突き落としていく。


蝦夷の大地は今、完全に「九条魁斗」という新たなシステムの支配下に置かれようとしていた。

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