第52話:沈黙の進軍、あるいは盤石の兵站
本日2話目
1870年10月。
ロシア帝国の大地は、例年より早く訪れた厳冬によって分厚い雪と氷に覆われていた。
(ロシア帝国軍:イヴァン・ペトロフ大佐 視点)
「来るなら来てみろ、鋼鉄の化け物どもめ……」
凍てつく塹壕の中で、私は白い息を吐きながら双眼鏡を覗き込んだ。
気温はすでに氷点下二十度を下回っている。
だが、これこそがロシアの誇る最強の防壁、「冬将軍」である。
かつて無敵を誇ったナポレオンの軍隊すら、この広大な雪原と極寒の前に飢えと寒さで自滅していった。
「どんなに堅牢な装甲を持っていようと、燃料が尽き、熱を奪われればただの鉄屑だ。……ん? なんだ、あれは」
双眼鏡の焦点を合わせた地平線の彼方。
猛烈な吹雪の向こう側から、巨大な影が音もなく迫ってきていた。
ズズズズズ……ッ!
大地を揺らす重低音。
それは、白銀の雪原を滑るように進む、巨大な鋼鉄の要塞群だった。
まだ遠いが、排気煙や駆動音が感じられないのは不気味だ。
ただ巨大な質量が、沈黙を守ったまま、抗いようのない圧力でこちらへ向かってくる。
「……敵、視認。排除を開始する」
(アイアン・パレス:陸戦部隊統括 ヴォルフ 視点)
装甲車の車内は、常に22.5度に保たれている。
外部の冷気を完全に遮断した室内で、私はモニター越しにロシア軍の陣地を捉えた。
内燃機関が発するエネルギーは、一滴も外に漏らすことなく、駆動と生命維持に再利用されている。
この静寂こそが、パレスの技術水準の証明だった。
「撃て」
私の冷徹な一言。
パレスの装甲車両群の上部に設置された連装砲が火を噴いた。
ドガァァァァンッ!!
弾着観測すら必要ない。
カルマの戦術演算によって完璧に弾道計算された砲弾は、猛吹雪の風力と空気密度を完全に相殺し、ペトロフ大佐の塹壕に誤差ゼロで直撃した。
(再び、ペトロフ大佐 視点)
「ぎゃあぁぁっ!」
塹壕の中で凍えていた部下たちが悲鳴を上げる。
私は必死に声を張り上げ、旧式の野砲で反撃を命じた。
砲弾は放物線を描き、先頭の装甲車に命中する。
ガァンッ!
しかし、冷たく硬い金属音と共に、砲弾はあっけなく弾き返された。
極寒の中でも決して脆くならない表面硬化装甲。
当時の鋳鉄製の砲弾など、彼らの装甲の前ではパチンコ玉をぶつけるようなものだった。
「馬鹿な……。これほどの衝撃を、ものともしないというのか……!」
装甲車から漆黒の戦闘服に身を包んだ歩兵部隊が降り立つ。
彼らは吹雪の中でも一糸乱れぬ動きで前進し、手にした自動小銃を無表情に構えた。
「……全滅させろ」
ヴォルフの指示に従い、銃弾の雨が正確に我々を薙ぎ払っていく。
寒さで指が動かず、単発式のライフルに弾を装填することすらままならない我々は、反撃の隙すら与えられずに次々と雪の中に倒れ伏していった。
「退却だ! 引け! モスクワまで退がるんだ!!」
私は叫んだ。
だが、我々が必死に地表で戦っている間、彼らの後方では、さらに恐るべき光景が展開されていた。
(アイアン・パレス:地下・土木統括 視点)
『せやせや。地表の掃除が終わった拠点から順に、しっかり固めていくで。ヘラクレス、支柱の強度は大丈夫か?』
暗号通信でハデスが笑う。
『問題ない。先行部隊が制圧したエリアから、順次、地下ラインを延伸している。外気から隔離されたこの通路こそが、パレスの無敵の生命線だ』
彼らは決して、雪の上を走るだけの軍隊ではない。
制圧した拠点の下に即座にトンネルを掘り、要塞内部と直結した巨大な「地下供給路」を堅実に構築していく。
地表のロシア軍が退却する速度よりも速く、パレスの「根」は地下からモスクワへ向かって確実に伸びていた。
冬将軍は、パレスの誇る「完璧な断熱と、地下を走る強固な兵站」の前に、ただの静止した風景へと成り下がっていた。
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