第51話:最適化されたバグと、再配線される世界
シエルが淹れたダージリンの香りが、私室の完璧に調整された空気と混ざり合う。
窓の外には、パレスが投影する「理想的な青空」が広がっている。
だが、私の意識はその先にある、未だ混沌とした既存の国家体制を捉えていた。
「素晴らしい朝ですね」
私は誰にともなくそう呟き、アイアン・パレスの中枢をなす広大な執務室の窓辺に立った。
かつて私は、人間を単なる「記号」として管理し、自我を完全に消去すれば事足りる、と考えていた時期があった。
だが、パレスを運用し、世界の解体を進める中で、そのアプローチは「エネルギーの無駄遣い」であると気づいたのだ。
人間の自我や感情というものは、厄介なノイズであると同時に、強烈な動力源でもある。
恐怖、プライド、承認欲求。
それらを完全に消し去るよりも、特定の方向――すなわち「私とパレスへの絶対的な依存」へと再配線してやる方が、リソースとしての出力は飛躍的に向上する。
個体差というバグすらも、システムの運用係数として組み込んでしまえばいい。
「……彼らの愚かさは、その熱量を無駄な領土争いや私欲に浪費している点にあります」
私は指先で空間をなぞり、ホログラムモニターに投影されたヨーロッパの全体マップを呼び出した。
「総督。オーディンです。戦略会議室への接続を許可願います」
室内のスピーカーから、老練な参謀であるオーディンの声が響く。
「許可します。報告を」
「ハッ。世界規模の金融不安により、各国の経済は麻痺状態にあります。フランス・プロイセン両国の接収作業も順調。現地民の再配置は想定通りです」
「当然の結果ですね。人は誰しも、自分が何のために存在し、どう社会に貢献すれば確実な報酬が得られるのかを知りたがっている。私は彼らの脳に、迷いのない明確な『役割』を入力してあげただけです」
私はマップ上の青い領域を見つめた。
恐怖で支配するのではない。
パレスが提供する絶対的なインフラと論理に依存させ、自律的に機能する部品へと誘導するのだ。
通信を終え、私は執務室を後にした。
廊下を歩く私の足取りに、一点の迷いもない。
パレスの厚い絨毯に沈み込む静かな足音は、すれ違うNPCたちの動作を寸分違わず停止させ、深い敬礼を促す。
私は、コレクションたちが待つ「サロン」へと入った。
扉が開いた瞬間、甘い香りと共に、旧世界の至宝とも呼べる5人の女性たちが一斉に顔を上げた。
「魁斗様……! お待ちしておりましたわ」
最初に駆け寄ってきたのは、大英帝国のアリス王女だった。
かつての気高い王族のプライドは霧散し、今は「美しい部品」として扱われることに至上の安らぎを見出している。
「アリス、アーカイブの整理は進んでいますか?」
「はい、魁斗様。旧世界の無秩序な芸術を分類するたび、貴方様の秩序がいかに神聖であるかを痛感いたしますわ」
彼女の隣では、フランスのイザベラが自慢の肢体を強調するように会釈した。
アフロディテの美容技術によって極限まで磨き上げられた彼女は、私に「評価」される快楽に完全に毒されている。
「魁斗様、今日の私の肌のコンディション、数値上も完璧ですわ。……もっと近くで、ご覧になってくださる?」
「ふん、相変わらず非効率な色香の垂れ流しですね」
冷徹な声を上げたのは、プロイセンのルイーゼだった。
規律を重んじる彼女は、パレスの「一切の無駄がない論理」を誰よりも早く信奉し、今や私の論理の代弁者となっている。
「魁斗様。プロイセン残存兵のパレス軍への統合プロセス、滞りなく完了しております。感情に流される世界など、もはや守る価値もないゴミですわ」
サロンの隅では、アメリカの財閥令嬢、メアリーが不安げな表情でタブレットを握りしめていた。
大英帝国から始まった金融リセットの余波は海の向こうにも及び、彼女の実家は破滅の危機に瀕している。
価値観を粉砕されつつある彼女は、私に縋ることでしか存在価値を維持できなくなっている。
「……魁斗様。私の、私の価値を教えてください。私にはもう、貴方様以外に何もないのです……」
彼女の狂信的な視線を受け流し、私は最後に、ロシアのアナスタシアを見た。
彼女はまだ少し身を固くしていたが、その瞳には屈服への秒読みが始まっている予兆があった。
私は彼女たちの柔らかな髪や肩に触れ、満足げに頷いた。
「素晴らしい。貴女たちは、私のシステムを彩る最も上質な部品です。その固有の性質を、すべて私のために消費しなさい」
私が微笑みかけると、彼女たちは恍惚とした表情を浮かべ、自ら進んで私の足元に跪いた。
人間の多様性を無闇に尊重などしない。
ただ、その特性を最も効率よく搾取し、パレスという巨大な機械の歯車として最適化するだけだ。
それが私の目指す、究極の「地球最適化計画」の全貌である。
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