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明治「再」起動 ―暴君が塗り替える近代史―  作者: tky
第3章:大陸と資源の収奪

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第50話:鉄の檻の静謐、あるいは完璧なる朝

本日4話目

外界でどれほど醜悪な嵐が吹き荒れていようとも、アイアン・パレスの内部は常に一定の温度と、完璧な静寂に保たれています。


私、シエルが朝のルーチンとして最初に行うのは、空気清浄システムのログ確認と、総督がお目覚めになる一時間前の室温調整です。


「……22.5度。湿度は50パーセント。今日も誤差はゼロ。完璧ですわ」


私は自らのメイド服に皺一つないことを鏡で確認し、静かに廊下を歩き出しました。


パレスの廊下は、ダヴィンチの手による荘厳な意匠と、アテナが設計した機能美が見事に融合しています。


壁に埋め込まれたガス灯を模したLEDの灯りが、私の足音に合わせて、まるで生き物のように柔らかく光の道を作っていきます。


調理室へ向かう途中、私は一人の女性とすれ違いました。


「おはようございます、シエル。今朝のヨーロッパの元権力者たち、見事なまでに首輪を受け入れたわよ」


声をかけてきたのは、諜報・外交統括のリリスです。


彼女は胸元が大きく開いた妖艶なドレスを纏い、手元には分厚いデータパッドを備えています。


「おはようございます、リリス。魁斗様の計画通り、ノイズの掃討が順調な証拠ですわね」


「ええ。昨日まで高慢だったパリやベルリンの貴族どもが、国家のシステムが崩壊した途端に、今や私の靴を舐めて命乞いをしてくるの。彼らのスイス銀行の隠し口座、愛人の素性、汚職の裏帳簿……すべて私の手元にあるわ。己の保身しか頭にない彼らのような原始的な脳には、ほんの少しの恫喝と甘い誘惑だけで十分。今や彼らは、パレスの忠実な番犬よ」


リリスは妖艶な笑みを浮かべ、自身の赤い唇を指先でなぞりました。


「彼らの陳腐な権力闘争なんて、パレスの情報網の前ではすべて筒抜けの茶番劇よ。……ああ、そうだわ、シエル。今日の総督の朝食の後は、私が謁見を賜ることになっているの。彼らから搾り取った最新の『服従リスト』をお持ちするわ」


「承知いたしました。魁斗様もお待ちかねのはずですわ」


彼女と別れ、私は広大な調理室へと足を踏み入れました。


そこでは、動力統括のカグツチが管理する自動調理アームが、ミリ単位の精度で野菜を刻んでいます。


「シエル。火加減、1013ヘクトパスカルの標準気圧下で最適化完了」


重厚な機械音声が響きました。パレスの熱源そのものであるカグツチは、こうして末端の調理システムにまでその意識を共有させ、一滴の排熱すら無駄にせず、完璧な朝食を作り上げていきます。


「助かります、カグツチ。総督は、昨日のフランス・プロイセン同時解体の成功を祝して、少しだけ華やかな味付けを望まれるはずです」


私は人工農園で育った瑞々しい野菜と、最高級の合成肉を組み合わせたプレートを、芸術品のように盛り付けていきました。


外の世界では、人々が偽札を奪い合って殺し合い、空からの爆撃に怯え、泥を啜って生きている。


しかし、このパレスの内側では、その悲劇さえも「リソースの最適化」という冷徹なデータに変換され、心地よい環境を維持するための糧として消費されるのです。


「……シエル様。準備はよろしいでしょうか」


背後から声をかけてきたのは、アフロディテの配下にある侍女たち(NPC)です。


彼女たちは、コレクションである令嬢たちの着替えとメイクを済ませ、今は一列に並んで私の指示を待っています。


「ええ。令嬢たちはそれぞれの私室で待機させて。魁斗様がお目覚めになった際、最高の状態で微笑みかけられるように。特にプロイセンのルイーゼ様は、まだ少し『規律』という名の古いプライドが残っている可能性があるわ。再調整が必要ならアテナに伝えて」


「了解いたしました。アフロディテ様へ報告いたします」


私は銀のトレイを掲げ、総督の寝室へと向かいました。


パレスの中枢。そこは、九条魁斗というたった一人の意志が、世界を再定義するための聖域。


扉の前に立つと、センサーが私の生体情報を読み取り、音もなく左右に開きました。


カーテンが自動で開き、窓の外に広がる「管理された景色」が目に飛び込んできます。


そこにあるのは、本物の空ではなく、パレスの防壁に投影された、魁斗様が最も好まれる「完璧な青空」の映像です。


ベッドの上で、魁斗様がゆっくりと目を開けられました。


「……シエルか。おはよう」


「おはようございます、魁斗様。1870年7月20日、完璧な朝でございます」


私はトレイを置き、その場に膝をついて深々と一礼しました。


「外界のノイズは、ロキとカルマによってほぼ一掃されました。今、ヨーロッパの心臓部は停止し、貴方様が描く新しい地図を待つ、真っ白なキャンバスとなっておりますわ」


魁斗様は満足げに微笑み、私が淹れた最高級のダージリンを一口啜りました。


「そうか。……シエル、今日の令嬢たちの様子は?」


「はい。五人とも、貴方様の慈悲に感謝し、一刻も早くその御顔を拝見したいと、私室で震えて待っております。彼女たちは、貴方様が作り上げたこの新しい世界の、最も美しい部品パーツですわ」


魁斗様が立ち上がり、私が差し出した最高級シルクのローブを羽織ります。


その一切の無駄がない、洗練された背中を見つめながら、私は確信しました。


このパレスの外に広がる世界がどれほど無残に壊れようとも。


国家という幻想がどれほど無価値に瓦解しようとも。


ここで刻まれる時間は常に正しく、美しく、そして残酷なまでに完璧であり続けるのだと。


「さあ、行きましょう、魁斗様。世界が、貴方様の次なる『修正』を待ちわびております」


私は魁斗様の一歩後ろを歩き、完璧に磨き上げられた廊下へと踏み出しました。


アイアン・パレスの朝は、今日も静かに、そして力強く始まります。

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