第49話:美しき庇護者と、国家の終焉
本日3話目
パレスの精密な爆撃によって軍事の中枢を物理的に粉砕され、同時にマモンの経済・兵站工作によって血液を完全に抜かれたフランスとプロイセン。
抵抗する術を全て失った二つの大国の首都、パリとベルリンの空に、アイアン・パレスの巨大な飛行船群が悠然と姿を現した。
一切の排気音を立てず、太陽の光を遮るその威容は、旧世界の住人たちに抗うことすら無意味であると悟らせるに十分だった。
街路には、漆黒の装甲に身を包んだパレスの治安維持部隊(イージスの管轄するNPCたち)が等間隔で展開している。
飢えに苦しみ暴徒化していた兵士たちも、圧倒的な威圧感と、寸分の狂いもなく統率された彼らの動きを前に、ただ武器を捨てて道を開けるしかなかった。
「……掃討、完了。両国の残存勢力の武装解除を終了しました」
『鳳凰』の戦略会議室に、陸戦部隊長ヴォルフからの短く感情のない報告が響いた。
「ご苦労様でした、ヴォルフ。予定通りの見事な制圧です」
私はホログラムのヨーロッパマップ上で、フランスとプロイセンの領域がパレスの管理色である青に染まったのを確認し、優雅にダージリンを口に運んだ。
「総督。ナポレオン三世、およびビスマルク首相の身柄を確保いたしました。現在、彼らを各国の王宮前の広場に引き摺り出し、民衆の前に立たせております」
情報戦統括のロキが、薄笑いを浮かべながらメインモニターの映像を切り替えた。
そこには、すっかり生気を失い、みすぼらしい姿となったかつての権力者たちの姿が映し出されていた。
彼らの周囲には、何が起きるのかと怯えながら見守る何万もの群衆が詰めかけている。
「さて、シエル。彼女たちの準備はできていますか?」
私が傍らに控えるメイド長に視線を向けると、シエルは完璧な微笑みで頷いた。
「はい、総督。イザベラ様も、ルイーゼ様も、ご自身の『役割』を完璧に理解されております。彼女たちの美しさと慈愛は、今こそ最も効率的な兵器として機能するでしょう」
「では、始めなさい。旧世界の愚か者たちに、真の『調和』の姿を見せてあげましょう」
私の合図と共に、パリとベルリンの王宮前広場の上空で静止していた巨大な飛行船から、流線型の豪奢なゴンドラがゆっくりと降下してきた。
ゴンドラには、広報・心理音響統括ミューズの技術を応用した、パレス特製の高性能な音響増幅器が備え付けられている。
『ああ、愛する私の同胞たち。これ以上、傷つく必要はありません』
パリの広場に降り立ったゴンドラから響き渡ったのは、かつてフランス社交界の華と謳われた、イザベラ令嬢の美しくも悲しげな声だった。
アフロディテの最先端の美容科学で磨き上げられた彼女の姿は、以前とは比較にならないほど神々しい威光を放っていた。
「い、イザベラ様……! ああ、生きておられたのか……!」
群衆の中から、彼女の無事な姿を見て安堵の声が漏れる。ナポレオン三世もまた、縋るような目で彼女を見上げた。
イザベラは、群衆に向かって慈愛に満ちた笑みを向け、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
『私は九条魁斗様の御前に伏し、皆様の命を乞いました。どうか武器を置き、彼の慈悲深き秩序を受け入れてください。彼の手を取れば、私たちはもう飢えることも、戦争の恐怖に怯えることもないのです』
それは、一見すると祖国を想う悲痛な降伏勧告だった。
だが、ナポレオン三世は気づいていた。彼女の瞳の奥に、かつての誇りやフランスへの愛国心など微塵も残っていないことに。
彼女はただ、パレスという絶対的なシステムに完全に心酔し、思考を放棄することの心地よさを民衆に強要しているだけなのだ。
ベルリンの空でも同様に、プロイセンのルイーゼ令嬢が拡声器を通して民衆に語りかけていた。
『プロイセンの誇り高き民よ。私は魁斗様の傍で、真の「鉄の規律」とは何かを学びました。これ以上の抵抗は、皆様の命という尊いリソースを無駄に消費するだけです。どうか私と共に、パレスの偉大なる歯車の一部となってください』
「ルイーゼ……! 貴様、祖国の誇りを……!」
ビスマルクが血を吐くような声で叫ぶが、その声は巨大な飛行船の威容と、ルイーゼの澄んだ声にかき消された。
群衆は、飢えと死の恐怖に限界を迎えていた。
そこに現れた、かつての自国の象徴である美しき令嬢たち。
彼女たちが保証する「飢えのない世界」という甘い毒は、極限状態の民衆にとって、すがりつくべき唯一の蜘蛛の糸だった。
彼らは次々とその場に膝をつき、祈るように武器を捨て始めた。
「素晴らしい演説ですね。シエルの教育の賜物です」
私はモニター越しに、抵抗する気力を完全に失った旧世界の人々を見下ろして微笑んだ。
「もったいないお言葉です、総督。彼女たちは、魁斗様という絶対的な美しき真理に触れたからこそ、あの境地に達したのですわ」
シエルが恭しく頭を下げる。
「これで、ヨーロッパの心臓部は完全に停止しました。カルマ、アテナに引き継いで、彼らを徹底的に再教育しなさい。工場で働く、従順な量産型のリソースとして」
「御意。感情というノイズを完全に削ぎ落とし、最適な労働力へと再構築いたします」
カルマが無機質に答えた。
「さて……」
私はホログラムマップの、まだ赤く点灯している広大な領域――東に広がる凍てつく大地に目を向けた。
「残るは、冬将軍などという不確定な自然現象に頼る、あの広大な雪国ですね。オーディン、ロシア帝国の状況は?」
「ハッ。アレクサンドル2世は、迫り来る我が軍に対し、焦土作戦と冬の寒さを利用した長期戦を企図している模様です」
オーディンの報告に、私は思わず声を上げて笑った。
「冬の寒さ、ですか。カグツチが構築した『熱効率100パーセント』のシステムを持つ我々に対して、気温で戦おうというのですか」
それは、あまりにも滑稽で、哀れな抵抗だった。
「準備を進めなさい。彼らの誇る白い大地ごと、我々の論理で溶かし尽くしてあげましょう」
ヨーロッパ完全解体の総仕上げが、今まさに始まろうとしていた。
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