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明治「再」起動 ―暴君が塗り替える近代史―  作者: tky
第3章:大陸と資源の収奪

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第46話:五千年の終焉と、ナノメートルの絶望

本日4話目

天津沖に停泊する、我がパレスの誇る巨大超弩級戦艦『鳳凰』。


その最上層に位置する謁見の間は、外界の喧騒を一切遮断した、完全な静寂と最適な温度によって満たされていた。


私は、豪奢なカウチソファに深く腰を掛け、シエルが淹れたダージリンの芳醇な香りを静かに楽しんでいた。


「……総督。ヴォルフの部隊が紫禁城の制圧を完了し、予定通り『賓客』を2名、お連れいたしました」


完璧な角度でお辞儀をしたシエルが、透き通るような声で告げる。


「ご苦労様です、シエル。通してあげてください」


私がカップをソーサーに置くと同時に、重厚な自動扉が音もなく左右に滑り開いた。


そこに立っていたのは、漆黒の装甲に身を包んだ陸戦部隊長・ヴォルフと、その後ろで青ざめた顔をして震える、二人の東洋人だった。


「……総督。命令通り、大清帝国の天子と、その重臣を連行いたしました」


ヴォルフは私の数歩手前で歩みを止め、感情の一切こもらない声で短く報告した。


「相変わらず、無駄のない見事な手際ですね」


「……御意。すべては、総督の仰せのままに」


ヴォルフは深く一礼すると、彫像のようにその場に直立不動の姿勢をとった。彼の無言の圧力に気圧され、連行されてきた二人は床にへたり込んでいる。


豪奢な絹の衣を纏った小柄な少年――同治帝と、その傍らで必死に主君を庇おうとしている初老の男。


彼の顔には見覚えがあった。パレスのデータベースに記録されている、清国の近代化政策『洋務運動』の推進者、李鴻章だ。


「ようこそ、大清帝国の皆様。私の船の居心地はいかがでしょうか?」


私は穏やかな笑みを浮かべ、彼らを見下ろした。


「貴様……! よくもこのような真似を! 我が大清の五千年の歴史と天命を、何と心得ておる!」


李鴻章が血走った目で私を睨みつけ、吠えた。


同治帝はただ怯えきっており、李鴻章の背中に隠れるようにして震えている。


「五千年の歴史、ですか。それはひどく非効率で、無駄の多い年月でしたね」


私は立ち上がり、彼らの前へとゆっくり歩み寄った。


「李鴻章殿。貴方は聡明な方だと伺っています。西洋の技術を学び、江南製造総局という兵器工場まで造り、この広大な帝国を近代化させようと奔走していた。……ええ、その努力自体は、涙ぐましいほどに評価して差し上げましょう」


私の言葉に、李鴻章は僅かに目を見開いた。


「しかし、貴方たちのやっていることは、所詮『手工業の延長』に過ぎないのですよ。職人の勘と経験に頼り、部品の一つ一つを削り出す。それでは、決して私たちには追いつけない」


「総督の仰る通りだ。連中の工場とやらを見たが、目も当てられない惨状だったよ」


部屋の隅から、油まみれの作業着を着た女性――工学・機関統括のノアが、呆れたように歩みみ出てきた。


公差こうさという概念すら存在しない。部品の寸法はバラバラで、隙間だらけ。あんなガラクタで蒸気を圧縮しようなど、熱力学への冒涜だね。排熱もダダ漏れで、エネルギーの九割を虚空に捨てているようなものだ」


「全くだ。俺のラインなら、あんな不良品は一秒でスクラップ行きだぜ」


ノアの隣には、筋骨隆々とした重工業・兵器統括のヴァルカンが、腕を組んで立っていた。


「我々パレスの兵器は、すべてナノメートル単位の極限の精度で削り出されている。摩擦によるエネルギーロスはゼロ。部品の互換性は絶対だ。職人の勘などという不確定要素ノイズは、我々のシステムには存在しない」


李鴻章の顔から、さーっと血の気が引いていくのがわかった。


彼自身が近代化を推し進め、技術の壁に直面してきたからこそ、ノアやヴァルカンの口にする「公差」や「熱効率の極致」という言葉の重みが、痛いほど理解できたのだろう。


「我々の力は、魔法でも神の奇跡でもありません」


私は李鴻章を見据え、はっきりと告げた。


「圧倒的な工作精度と、材質の差。そして完全なる熱サイクル。ただ純粋に、限界まで洗練された『物理の暴力』です。だからこそ、貴方たちには理解できるはずだ。五千年の歴史など、鋼の強度と計算式の前では何の盾にもならないということが」


李鴻章は唇を噛み締め、床を見つめたまま震えていた。


彼らが神や妖術だと思いたかったパレスの力は、彼ら自身が目指していた近代化の、はるか数世紀先にある「純粋な科学と物理」の到達点だったのだ。


神に負けるなら諦めもつくが、自分たちと同じ理屈の延長線上で、決して埋められない絶望的な格差を見せつけられたことは、彼の心を完全にへし折った。


「私は、この地球の悲しいリソースの浪費を見過ごすわけにはいかないのです」


私は同治帝の前に屈み込み、その怯えた顔を優しく覗き込んだ。


「さあ、若き皇帝陛下。難しい政治や、血なまぐさい反乱の鎮圧など、貴方のような子供が背負う必要はありません。すべて、私が肩代わりして差し上げます」


「わ、わたしは……どうなるのだ……?」


同治帝が涙目で私を見上げる。


「ご安心を。貴方は今日から、パレスが管理する新しいシステムの、最も安全で快適な『保護区』の住人です。飢えることも、暗殺に怯えることもない。ただ、私にすべてを委ねて、思考を止めてくださればいいのです」


それは、皇帝という存在の、完全なる解体宣言だった。


「……お断りだ、と言えば?」


李鴻章が最後の意地を見せるように、振り絞るような声を出した。


「ヴォルフ」


私が短く名を呼ぶと、漆黒の執行官が一瞬で李鴻章の背後に回り込み、特製の精密小型ガトリングの冷たい銃口を、初老の男の延髄に突きつけた。


「……総督の慈悲を拒む者は、直ちに排除する」


ヴォルフの低く無機質な声が、謁見の間に響く。


殺気すらなく、ただ障害物を取り除くという事務的な宣告だった。


「や、やめよ! 余が……余が承認する! 大清国は、貴殿らの管理を受け入れる!」


同治帝は悲鳴のように叫び、床に額を擦りつけた。


「賢明なご判断に感謝いたします、元・皇帝陛下」


私は満足げに微笑み、立ち上がった。


「シエル、彼らを保護区画へ。それから、アテナに引き継ぎを。彼らの脳にこびりついている古い権威のノイズを、綺麗に洗い流してあげるように」


「承知いたしました、総督。……さあ、こちらへ」


シエルが優雅に微笑みながら、絶望に打ちひしがれる二人を連れ出していく。


重厚な扉が閉まると、謁見の間には再び静寂が戻った。


これで、極東とアジアの広大なリソースは完全にパレスのシステムに統合された。


次に私が視線を向けるべきは、表面上は降伏しながらも、未だにいらぬプライドを抱えて蠢いている、西の野蛮な大陸であった。

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