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明治「再」起動 ―暴君が塗り替える近代史―  作者: tky
第3章:大陸と資源の収奪

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第45話:天子の絶望と黒い靴音

本日3話目

空気を引き裂くような、甲高く、そして恐ろしく重い音が鳴り響いた。


直後、紫禁城の最も奥深くにある太和殿すらも、激しい地震に遭ったかのように大きく揺さぶられた。瑠璃色の美しい瓦が数枚、音を立てて広場へと滑り落ちる。


「ひっ……!」


私は思わず、黄金の玉座の上で身をすくませた。


齢十三。大清帝国の天子たる同治帝。その名と権威は広大な大陸に轟いているはずだが、今の私は、雷に怯えるただの哀れな子供に過ぎなかった。


(何が起きた……? 今の音は、大砲の響きなどではなかった。まるで、天そのものが裂けたような……)


太和殿の外からは、怒号と悲鳴が入り混じった狂乱の声が波のように押し寄せてくる。


「何事か! 夷狄どもが砲撃を仕掛けてきたというのか!」


玉座の背後、真珠の御簾の奥から、母である西太后のヒステリックな金切り声が響き渡った。


「近衛は何をしておる! 神聖なる紫禁城に傷をつけるなど、万死に値するぞ!」


母后の怒声に、数人の宦官が震え上がりながら外へ飛び出していったが、彼らが戻ってくることはなかった。


代わりに太和殿へ転がり込んできたのは、つい二日前にあの恐ろしい電文を読み上げた、叔父の恭親王であった。


彼の身なりは乱れ、立派な官服には土埃がこびりついている。その顔は、死を宣告された罪人よりも蒼白だった。


「母后様……陛下っ……! 大清門が……我らが誇る外門が、たった一撃で、跡形もなく吹き飛びました……!」


恭親王は床に頭を擦りつけながら、喘ぐように叫んだ。


「一撃だと……? 馬鹿なことを申すな! あれほどの分厚い石壁と鉄の扉が、一瞬で破られるはずがなかろう!」


「事実でございます……! 炎も、煙も見えませんでした。ただ凄まじい風切り音が鳴ったかと思えば、門が内側へ弾け飛んだのです。そして、砂埃の中から……黒い、鋼の鎧を着た兵士たちが……」


(黒い鋼の兵士……)


私の脳裏に、恭親王が読み上げた電文の言葉が鮮明にフラッシュバックした。


『――我が軍がその時代遅れの城壁を物理的に解体し、君たちの負担を軽減して差し上げるまで、残り四十八時間です』


あの「魁斗」と名乗る男は、嘘を吐いていなかったのだ。


彼にとっては、五千年の歴史を誇る我が国の城壁など、ただの「時代遅れの障害物」であり、それを破壊することすら「負担の軽減」という残酷な善意でしかなかったのだ。


(四十八時間……本当に、たったの二日で、この北京の奥深くまで踏み込んでくるとは……)


私は震える手で、玉座の肘掛けを握りしめた。


「恐れながら母后様! 敵は弓矢も火縄銃も全く通じませぬ! まるで妖術で守られているかのように、我が軍の弾を弾き返し、悠然とこちらへ向かっております! このままでは、太和殿が血の海に……!」


「黙れ、黙れ! 下劣な夷狄どもめが!」


御簾の奥で、母后が床を激しく叩く音がした。


「ここは天子の住まう世界の中心ぞ! 天命は我らにある! 弓が駄目なら槍で突け! 槍が駄目なら肉弾で止めよ! 何万の兵を死なせても構わん、あの黒い虫けらどもをこの神聖なる殿上に上げるな!」


母后の言葉は、もはや統治者としての威厳を失い、ただ自身の権力と命にしがみつく狂人のそれであった。


私は目を閉じた。


(天命……。そんなものは、あの男の論理の前では何の役にも立たない)


あの電文の、丁寧で、それでいて我々を人間とも思っていない冷徹な言葉の羅列。


『それはあまりに非効率で、悲しいことだと思いませんか?』


彼は我々を憎んでさえいなかった。ただ、古くなった道具を片付けるように、この帝国を「処理」しようとしているのだ。


その事実が、大砲の直撃よりも重く、私の心をへし折っていた。


ドスン、ドスン、ドスン。


太和殿の広場に、これまでの紫禁城では決して聞くことのなかった、重く規則的な足音が響き始めた。


金属と金属が擦れ合うような、冷たく無機質な音。


「ひぃっ……!」


恭親王が顔を覆い、震え上がった。殿内に残っていた数名の近衛兵が、必死の形相で入り口へ向けて火縄銃を構える。


しかし、その銃口の先、開け放たれた太和殿の巨大な扉の向こうに姿を現した存在を見て、彼らは完全に凍りついた。


それは、人間の形をした「無」そのものだった。


全身を艶消しの漆黒の装甲で覆い、顔の半分は奇怪な仮面のようなもので隠されている。大柄な男のようだが、その立ち姿には一分の隙もなく、微かな呼吸音すら聞こえない。


その後ろには、同じような黒い装甲兵が一糸乱れぬ隊列を組んで控えていた。


「う、撃てぇぇっ!!」


近衛隊長が絶叫し、数発の銃声が殿内に轟いた。


鉛の弾が、先頭に立つ男の胸元に直撃する。


しかし――。


カチン、という乾いた音を立てて、弾丸は無残にも床へ転がり落ちた。男の漆黒の装甲には、傷一つ、焦げ跡一つ付いていない。


男は、鬱陶しい虫を払うような素振りすら見せず、ただ冷酷な赤い光を放つ義眼で、玉座に座る私を真っ直ぐに見据えた。


隊長が震える手で剣を抜き、斬りかかろうとした瞬間。


男の腕が、視認できない速度で動いた。


「……邪魔だ」


ただ一言。低く、地這うような声。


男の手にした銃のような兵器が、隊長の胴体を薙ぐように振るわれた。


閃光も爆音もなく、ただ空気が震えたかと思うと、隊長の持っていた鉄の剣が飴細工のようにへし折れ、その体は十数メートル後方の柱まで吹き飛ばされた。


殺したのではない。ただ、そこに存在する障害物を排除した――そんな無機質な動作だった。


「ひいぃぃっ!」


宦官たちが悲鳴を上げて床に這いつくばる。


黒い男――ヴォルフは、ゆっくりと太和殿の中へ足を踏み入れた。


彼からは、勝利の歓喜も、敵への憎悪も感じられない。ただ、与えられた任務を淡々と遂行する精密機械のような圧迫感だけがあった。


ヴォルフは玉座の数歩手前で足を止め、私を見上げた。


「……総督の命だ」


その短い言葉に、これまでのどんな威嚇よりも重い強制力が宿っていた。


「……降伏せよ」


それだけを告げると、彼はそれ以上何も語らず、石像のように立ち尽くした。


「……無礼者ォォ! 誰に向かって口を利いておる!」


西太后が狂乱して叫び続ける。しかし、ヴォルフはその叫び声さえも、ただの背景音として聞き流しているようだった。


私は、静かに立ち上がった。


「陛下……!」


恭親王が悲痛な声を上げる。


私は、震える足を必死に押さえつけながら、黄金の玉座から一歩、階段を降りた。


(もはや、どうにもならない……)


五千年の歴史も、天子の権威も、あの「魁斗」という男が操る圧倒的な暴力と、目の前の男が体現する冷徹な秩序の前では、ただの砂の城に過ぎなかった。


私は、黒い死神に向かって、ゆっくりと歩みを進めた。


それは、大清帝国という古いシステムが、完全に停止した瞬間であった。

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