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明治「再」起動 ―暴君が塗り替える近代史―  作者: tky
第3章:大陸と資源の収奪

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第42話:紫禁城の落日と見えざる刃

本日4話目

北京、紫禁城。太和殿。


天の意志を代行する者「天子」として、広大な中華大陸を統べるはずの皇帝、同治帝は、黄金の玉座で自身の無力さに苛立っていた。


齢十三。実態は、玉座の背後に掛けられた御簾の奥に座る実母、西太后の操り人形に過ぎない。


「陛下。お姿勢が崩れております。天子たるもの、いかなる時も泰然自若としておられませ。」


御簾の奥から響く、冷ややかで威圧的な西太后の声。


「……分かっておる。母后の申す通りだ。」


同治帝は渋々背筋を伸ばした。五千年の歴史と伝統という名の鳥籠の中で、彼は決められた儀式をこなすだけの非効率な日々を過ごしていた。


(泰然自若、か。西の夷狄どもが我が国の利権を貪り食っているというのに、ここで座っているだけで何が変わるというのだ……)


その時、太和殿の重厚な扉が慌ただしく開かれ、一人の男が転がるようにして平伏した。


皇帝の叔父であり、近代化政策を牽引する恭親王である。その顔は蒼白に染まり、全身が小刻みに震えていた。


「母后様、陛下……! 一大事でございます! 我が国の誇る北洋艦隊が……天津の沖合にて、壊滅いたしました!」


太和殿は、水を打ったような静寂に包まれた。


「壊滅だと……? 英国の艦隊でも攻めてきたというのか!」


西太后が怒声を上げるが、恭親王は震える声で報告を続けた。


「……分かりませぬ。生き残った見張りの報告によれば、水平線の彼方に、黒い巨大な影が見えた直後、突如として我が軍の装甲艦が次々と爆発したと……。火薬の煙も、敵艦の砲声すら聞こえぬ距離からの、見えざる攻撃だったようでございます」


同治帝は呆然とした。敵の姿すらまともに拝めぬまま、最新鋭の鉄の船が沈められたというのか。


「妖術か……? いや、そんな馬鹿なことが」


「分かりませぬ。ただ、生き残った兵は、あの黒い影には蒸気船特有の煙突もなく、帆もなかったと……。ただ静かに、あり得ない速度で海を滑っていたと申しております」


煙も出さず、音もなく、視認できない距離から正確に狙い撃ってくる鋼鉄の山。彼が学んできた兵法書のどこにも記されていない、全く次元の違う存在だった。


「敵は何者だ! 目的は何なのだ!」


西太后が金切り声を上げたその時、恭親王が震える手で一枚の電文を取り出した。天津の電信局から届いたモールス信号を、通信手が必死に翻訳したものである。


「……敵の首領を名乗る者から、直接、電信が届きました。読み上げます」


恭親王の震える声が、静まり返った殿内に響き渡った。


『――大清帝国の統治者、並びにその実権者諸君。初めまして。私はパレスの総督、魁斗と申します。』


「魁斗……。聞いたこともない名だ。夷狄の王か?」


西太后が鼻で笑うが、続く一文に恭親王の喉が鳴った。


『君たちが「天命」という曖昧な根拠に縋り、五千年にわたって積み上げてきた不合理な統治システムを、私が責任を持って解体して差し上げましょう。その伝統や面子といったものは、地球の最適化を阻む、少々質の悪い「バグ」に過ぎませんから。』


「バグ……不具合だと言うのか! 五千年の歴史を、朕の治世を!」


同治帝は拳を握りしめた。これほどまでに丁寧な、しかしこれほどまでに相手を「価値のないもの」と断じる言葉を彼は知らない。


『天津は既に掌握いたしました。我が軍がその時代遅れの城壁を物理的に解体し、君たちの負担を軽減して差し上げるまで、残り四十八時間です。』


「四十八時間だと? 天津から北京まで、そんな短時間で大軍が移動できるはずがなかろう!」


西太后が叫ぶが、恭親王の手は紙を破りそうなほどに震えている。


『選択肢は一つしかありません。紫禁城を開城し、全土の統治権をパレスのシステムへ譲渡してください。そうすれば、無駄な血を流さずに済みます。』


「開城せよだと? この北京を……天下の王宮を、戦わずして差し出せと申すか!」


西太后の怒声も、玉座に座る同治帝の耳にはどこか遠く響いていた。彼の脳裏には、先ほど恭親王が口にした「煙も音もない死」が焼き付いて離れない。


『賢明な判断を期待していますよ。さもなくば、君たちの愛する宮殿ごと、歴史の記録から綺麗に削除しなければならなくなります。それはあまりに非効率で、悲しいことだと思いませんか?』


恭親王が読み終えると、太和殿は墓場のような沈黙に包まれた。


(削除……。この男、慈悲を装いながら、朕たちをゴミのように掃除すると笑っているのか……)


同治帝は、自身の玉座の肘掛けを強く握りしめた。


(この男……丁寧な言葉の端々に、朕たちを人間とも思わぬ冷徹さが透けて見える。交渉ではない。これは、神が蟻の巣を掃除するかのような、残酷なまでの「宣告」だ……!)


「陛下、いかがなさいますか……」


恭親王の問いに、同治帝は答えることができなかった。五百年の技術格差、そして「善意」を装った底知れぬ悪意の前に、彼の守るべき世界はあまりにも脆く、旧態依然としていた。

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