第30話:帝都の落日と新たな賓客
本日4話目
【1869年 晩冬 ―― ヨーロッパ某国、王宮】
『大英帝国東洋艦隊、極東にて原因不明の全滅。正体不明の漆黒の巨艦がヨーロッパへ接近中』
その報せは、海底ケーブルを通じて列強の首脳陣を恐怖のどん底に陥れた。
接近してくる『鳳凰』から放たれた通達は、静かだが拒絶を許さぬ重みを持っていた。
『旧世界の管理者たちへ。あなた方の国家運営は、もはや時代の要求する効率を満たしていません。当方、アイアン・パレス総督・九条魁斗は、混乱を収束させ、新たな秩序を構築するために参りました。各国の誠意の証として、当方との対話の窓口となる【親善大使】の提出を求めます』
【鳳凰・迎賓の間】
ロンドンの沖合に停泊した鳳凰の内部。
シャンデリアの代わりに、精緻なフィラメントを封入した初期の電気照明が、柔らかな光で室内を照らしていた。
魁斗は上質なソファに深く腰掛け、静かに扉が開くのを待っていた。
彼の周囲には、メイド長のシエル、武芸の桜華、そして広報のミューズが、それぞれの役割に合わせた気品ある装いで控えている。
「マスター。各国からの『大使』……いえ、実質的には平和の礎として選ばれた令嬢たちが到着いたしました。各国の王室も、これ以上の摩擦は避けるべきだと判断したようです」
諜報統括のリリスが、優雅な仕草で各令嬢のプロフィールを魁斗に手渡した。
「ええ。野蛮な衝突を避けるための合理的な判断です。彼女たちは、旧世界と私のパレスを繋ぐ、重要な『絆』となってくれるでしょう」
扉が開き、緊張した面持ちで数名の女性たちが現れた。
彼女たちは、かつて世界を統べる王室に咲いた、誇り高き大英帝国の王女や、プロイセンの貴族令嬢たちだ。
恐怖に震えながらも、王室の教育を受けた彼女たちは、精一杯の品位を保とうとしていた。
「よ、よくぞお出でくださいました、魁斗様。私はヴィクトリア女王の名を受け、平和の使者として参りました、アリスです……」
代表格である王女が、震える声ながらも美しいカーテシーを披露した。
魁斗はゆっくりと立ち上がり、彼女の前へと歩み寄った。
「歓迎いたします、アリス王女。そして皆様。……どうか顔を上げてください。あなた方は、捨てられたのではありません。むしろ、この不完全な旧世界から、もっとも洗練された場所へと招待されたのです」
魁斗の言葉は丁寧で、その眼差しには彼女たちへの確かな敬意が含まれていた。
しかし、その奥底には、彼女たちを「自分の手で完璧に管理したい」という、抗いがたい支配欲も潜んでいた。
「あなた方の国では、美しき女性が政治の道具とされることもあると聞きます。ですが、私のパレスでは違います。あなた方はこれから、新時代の象徴として、そして私の最も身近な理解者として、相応しい教育と役割を与えられます」
「それは……私たちが、ここで役割を全うすれば、国は救われるということでしょうか?」
アリスが縋るような瞳で問いかける。魁斗は優しく彼女の手に自分の手を重ねた。
「ええ、もちろんです。あなた方がパレスの論理を学び、私に従ってくれる限り、故郷に不必要な火の粉が降りかかることはありません。……かつての窮屈なドレスを脱ぎ捨て、心身ともに、私と共に歩むための『新しい調和』を受け入れてください」
魁斗はシエルを呼び寄せた。
「シエル。彼女たちのために、パレスが用意した最高の居室と、彼女たちの美しさをさらに引き立てる衣装を準備してください。……これからは、家族のように温かく迎え入れるのですよ」
「かしこまりました、マスター。皆様がこのパレスでの生活を誇りに思えるよう、心を込めてお世話いたします」
シエルが微笑むと、王女たちは少しだけ安堵したように表情を緩めた。
彼女たちはまだ知らない。シエルの提供する献身的な「教育」と、魁斗が与える圧倒的な「恩寵」が、彼女たちの心をどれほど深く、甘美に変質させていくのかを。
王女としてのプライドが、魁斗への純粋な忠誠心と依存心に塗り替えられていく未来は、もうすぐそこまで来ていた。
魁斗は再び窓の外を眺め、テムズ川の河口を見下ろした。
「……美しいですね。古い秩序が、新しい理に馴染んでいく姿は。彼女たちがパレスの一部となった時、この世界はさらに効率的で、美しいものになるでしょう」
魁斗の穏やかな声は、優しさと冷徹さを併せ持ちながら、静かに艦内に響いていた。
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