第28話:倫敦(ロンドン)の狼狽と、冷徹なる通達
本日2話目
【1869年 初冬 ―― 大英帝国ロンドン、ダウニング街10番地】
世界の中心、そして七つの海を支配する巨大帝国の心臓部ロンドン。
この日、石炭の煙と霧に包まれた街は、首相官邸の執務室の扉が乱暴に開かれた瞬間、その日常を永遠に失った。
「首相閣下! 大変な事態です!!」
海軍卿が、顔を真っ青にして飛び込んできた。その手には、震える文字で印字された電報の束が握りしめられている。
「植民地との通信網が……! インド、香港、ケープタウン、のみならず、パリやワシントンの大使館との回線まで、すべてが切断されました!」
「落ち着きたまえ。単なる海底ケーブルの断線だろう」
時の首相、グラッドストンは、葉巻を燻らせながら不快げに眉をひそめた。
「違います! 我々の通信ネットワークの『中枢』を完全に掌握されたのです! 暗号化された軍事回線すらもジャックされ、すべての印字機から、同じ『通達』が吐き出され続けています!」
首相が拾い上げた紙片には、完璧な、そして一切の感情を感じさせない冷徹な英語で記されていた。
『地球上のすべての国家元首、および管理機構に通達する。
我々は「アイアン・パレス」。現在の非効率かつ破壊的な国家運営システムを最適化するため、全地球規模の統治権を接収する。
各国の行政、軍事、および金融の全権を、直ちに当システムへ譲渡せよ。
これは交渉ではない。「事実」の通達である。四十八時間以内に武装解除と主権返上の同意なき場合、物理的な機能停止措置を実行する』
「……なんだ、この質の悪い悪戯は。狂人の妄言か?」
首相は紙を投げ捨てた。「どこのドイツの仕業だ。ロシアか? それともフランスの残党か?」
「それが……発信源は、極東の島国。日本です」
その言葉に、執務室は凍りついた。数年前まで刀を振り回し、ようやく内戦が終わったばかりの国が、世界の通信網を掌握したというのか?
【同時刻 ―― 太平洋上、多目的介入艦『鳳凰』最高指揮室】
「マスター。世界の主要八十八カ国の政府機関、および主要金融ネットワークへの『通達』の送信、ならびに回線のロックを完了しました」
最高指揮室で、魁斗は空中に投影された地球のホログラムを見つめていた。ホログラムには無数の光の線が張り巡らされている。それは、19世紀の列強が莫大な資金を投じて敷設した海底ケーブル網であったが、今はすべてパレスの青白い光に染まり、魁斗の支配下にある。
(滑稽なものだ。彼らは自分たちが世界で最も進んだ文明を築いていると信じ込んでいる。石炭を燃やし、鉄を叩き、有線でモールス信号を送るだけの、児戯にも等しい技術で)
魁斗の内心には、列強に対する恐れも、警戒心も存在しない。彼から見れば、大英帝国もフランス帝国も、ただの「アップデートを怠った古い機械」に過ぎないのだ。
「カルマ。彼らの反応は?」
魁斗は、視線を動かさずに問う。
「予測通りの『エラー反応』を示しています。大英帝国は極東艦隊の集結を命令。彼らは我々の技術力を理解できず、単なるハッタリだと誤認しているようです。彼らの軍事通信はすべて筒抜けです」
「人間のプライドというものは、常に論理を歪ませる。自らの敗北を認めるより、無意味な血を流すことを選ぶ……。だからこそ、私が彼らから『選択権』を奪ってやらねばならない」
魁斗はカップを置き、地球儀のホログラムの中心――大英帝国の首都ロンドンを指差した。
(私は神になりたいわけではない。ただ、彼らの愚かな振る舞いによって、リソースが浪費されるのを看過できないだけだ。彼らが『主権』という名のおもちゃを手放さないと言うのなら、その手を物理的に切り落とすまで)
「カルマ、ノア。四十八時間後、彼らが降伏のサインを出さなかった場合、最初の『教育』を実行します。標的は、大英帝国が誇る東洋艦隊の主力。彼らの目の前で、彼らが最も頼みとする『圧倒的な暴力』を、完璧な無に帰しなさい」
黒鋼の箱舟は、波間を縫うように、冷徹な死神のごとく世界の中心へと向かっていた。
世界がアイアン・パレスの「最適化」という名の絶望に直面するまで、残り四十八時間を切っていた。
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