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明治「再」起動 ―暴君が塗り替える近代史―  作者: tky
第2章:帝都の落日と美しき賓客

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第27話:黒鋼の箱舟、出航の刻

【1869年 晩秋 ―― 横須賀・アイアン・パレス造船ドック】


かつて、ペリー率いるアメリカ艦隊が太平の眠りを破った横須賀の海。そこには今、19世紀の技術概念を極限まで研ぎ澄ませた異形の巨艦、「鳳凰ほうおう」がその漆黒の鉄体を横たえていた。


ドックを見下ろす高台に立つ九条魁斗の瞳には、鈍く光るリベット打ちの装甲が鮮明に映っていた。彼は手すりに手をかけ、石炭を精錬した精製燃料が放つ微かな揮発臭と、巨大なボイラーから漏れ出す過熱蒸気の熱気を静かに吸い込んだ。


(ペリーの黒船は、確かにこの国の扉を叩きました。ですが、あれは所詮、ガタのきたボイラーで水を沸かし、不純物だらけの石炭を燃やしてエネルギーの大部分を煙突から捨てるだけの、極めて野蛮な仕組みに過ぎません。私がこの世界に示すのは、暴力ではなく……完璧なまでの『整合性』です。彼らが誇る蒸気文明が、私の管理下でどこまで美しく最適化されるか。その端緒を、この鳳凰の航跡で刻んで差し上げましょう)


「マスター。主機関、圧力安定。精製燃料による多段燃焼サイクルの同調率、九五パーセント。各部ピストンの気密性は完璧です。いつでも火を入れられます」


背後から、低く落ち着いた声がした。守護者の一人、工学統括のノアである。金髪をまとめ、油の染みた作業着を凛々しく着こなした彼女は、19世紀の職人が見れば失神するほど精密な公差で組み上げられた機関部を、冷徹なまでの正確さで御していた。


「鳳凰」の腹の内には、ノアと**龍炎リュウエン**が設計した高圧の内燃機関と、その排熱を回収する再熱サイクルが組み込まれている。既存の石炭船が熱量の八割を無駄に捨てているのに対し、この艦は徹底した循環によって、同量の燃料から数倍の航続距離と出力を引き出す。それは、この時代の延長線上にある『論理の結晶』であった。


「ありがとうございます、ノア。彼らにとって理解不能な超技術は、時として恐怖ではなく『魔法』という名の信仰に逃げる口実を与えてしまいます。この程度の、目に見える歯車と蒸気の組み合わせこそが、彼らの無力さを分からせるのに丁度良いのですよ」


「仰る通りです、マスター。彼らが無駄に捨てていた熱エネルギーを、ただ正しく導いただけのことですから」


魁斗はタラップを降り、鳳凰の甲板へと歩みを進めた。そこでは、この艦の警備と実戦を任された者たちが整列していた。


「九条様! 我ら一同、この鋼の城と共に世界の果てまで付き従う所存です!」


元幕府海軍の仁平が、感極まった面持ちで膝をついた。その周囲には、パレスの管理下で再編された元武士たちが、かつての刀を置き、精密なボルトアクション銃を背負って立っている。仁平の言葉には、西洋列強への復讐心と、自分たちが手に入れた圧倒的な力への陶酔が混じっていた。


しかし、魁斗はそれを見透かしたように、口元に微かな、しかし酷く冷ややかな微笑を浮かべた。


「仁平さん。その熱意は評価しますが……少々、情緒的すぎますね」


魁斗の声は丁寧だが、向けられた相手の魂を凍らせるような絶対的な零度を持っていた。


「よろしいですか。私は、あなた方のつまらない『国家の意地』や『人種の復讐』のためにこの艦を作ったわけではありません。大英帝国も、フランスも、あなた方と同じなのです。管理されるべき『哀れなリソース』の一つに過ぎない。私の目的に、そのような個人的な怨念という名の『ノイズ』を混ぜないでいただきたい。機械の精度が狂いますから」


仁平が、息を呑んで硬直する。尊敬していた主から、自分たちの誇りを「ノイズ」と断じられた衝撃。だが、魁斗はそれを気にする素振りすら見せず、傍らに控える和装の守護者、**桜華オウカ**へと視線を移した。


「桜華、不測の事態があれば、躊躇わずに処理を。この艦の論理を理解できない野蛮人は、一人残らず整理して構いません」


「承知いたしました、九条様。不浄な魂がこの鳳凰を汚すこと、万に一つもございません」


桜華は静かに頭を垂れた。彼女にとっての正義は、魁斗の言葉そのものだった。


魁斗は艦橋の最上段に立ち、水平線の彼方を見つめた。


(土方さん。あなたはかつて、日本の行く末を憂い、命を懸けて戦った。しかし、私は『日本』という概念そのものを消去します。国境、人種、宗教……。それらはすべて、文明という名の歯車に噛み込まれた『不必要な摩擦』です。私はこの鳳凰の航跡で、その摩擦を世界中から取り除いて差し上げましょう)


「さて、始めましょうか。世界を、正しい姿へ書き換えるための航海を」


魁斗の静かな号令と共に、鳳凰の深部で機関が目覚めた。黒煙ではなく、完全に燃焼しきった無色の排気がわずかに揺らめく。一切の異音を立てず、巨大な鉄の塊が、滑るように横須賀の港を離れていく。


「ロキ、ヘルメス。既存の電信網への介入を開始しなさい。……まずは、この海の情報の流れを支配することから始めます」


魁斗の指示に、脳内で繋がった守護者たちが一斉に応答する。19世紀の海へ、最適化された鋼鉄と論理を携えて。九条魁斗による、世界への再定義が、今まさに放たれた。

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