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明治「再」起動 ―暴君が塗り替える近代史―  作者: tky
第2章:帝都の落日と美しき賓客

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第26話:蒸気の檻と、見えざる壁

本日4話目

【1869年 秋 ―― 蝦夷地・アイアン・パレス 最高統治室】


「日本列島全域における生体情報の登録、および最適化フェーズ、第九八パーセントを完了。残存するエラー値は、許容範囲内に収束しつつあります」


冷たく、一切の抑揚を排した声が、静寂に包まれた最高統治室に響いた。

声の主は、円卓のAIの一人、文化・芸術・記録統括の「ミューズ」である。彼女はホログラムで空中に投影された日本地図を見上げ、感情の欠落した瞳でデータの流れを追っていた。


巨大な漆黒の玉座に深く腰を沈めた九条魁斗くじょう かいとは、手元のコンソールに流れる膨大な数列を、退屈そうに指先で弾いた。


(……九八パーセント。予定より三日早いな)


魁斗の内心には、日本という一国を完全に掌握したことに対する「征服欲」や「達成感」といった熱は微塵も存在しなかった。彼にとって、この結果はあらかじめ計算された方程式の『解』が、ただ出力されたに過ぎない。


(人間という有機体は、実に単純で、そして哀れだ。彼らは『誇り』や『忠義』といった不確かな概念のために血を流すことを尊いと錯覚しているが、その本質はただ『飢えることへの恐怖』と『明日の生存への不安』に支配されているに過ぎない。……私が絶対的な食料の分配と、他者に脅かされない完璧な安全を提供した瞬間、彼らは自ら進んで過去の恨みを捨て、私が用意した『蒸気の檻』に入った)


魁斗は、ホログラムの地図を拡大した。映し出されたのは、旧江戸城――現在のアイアン・パレス東日本拠点周辺の監視映像だった。

かつて武士たちが刀を佩いて闊歩し、血で血を洗う権力闘争を繰り広げていた街並みは、完全に姿を変えている。泥だらけだった道は精緻な石畳で舗装され、空を覆っていた埃っぽさは消え去った。代わりに、規則正しい間隔でそびえ立つ蒸気熱交換塔が、パレスの動力炉から送られてくるエネルギーを街全体に供給している。


「マスター」

戦略統括のカルマが、片眼鏡の位置を直しながら進み出た。

「東日本拠点の治安維持部隊のデータですが、非常に興味深い推移を見せています。元彰義隊、元新選組といった『最も反抗的であった武力集団』が、現在、最も効率よくシステムに従属しています。彼らは暴力の代わりに、システムへの貢献を競い合っています」


「当然の結果だ、カルマ」

魁斗は冷く笑った。

「武士という生き物は、自らを律する『強固な主』を本能的に求めている。徳川という古いシステムが崩壊し、彼らは道標を失っていた。そこに私が、徳川よりも遥かに強大で、絶対に間違えない『論理システム』という名の新しい主を与えた。彼らは今、思考を放棄することの『至上の安楽』に酔いしれているのだ」


監視映像の片隅に、見覚えのある男の姿があった。斎藤一である。

彼は今、この拠点の警備責任者として配置されていた。新選組三番隊組長として「悪・即・斬」を掲げた男の腰には、もはや刀はない。あるのはパレス製の捕縛具だけだ。


(斎藤一。お前は今、自分を保つための『敵』を失い、窒息しかけているな。お前が握りしめているその拳は、悪を斬るために鍛え上げられた。だが、私が作り上げたこの世界には、悪など存在しない。飢えから物を盗む者も、野心から人を殺す者もいない。悪が存在しない世界で、正義の剣はただの『時代遅れの鉄屑』だ)


魁斗はコンソールを操作し、東日本拠点のすべての大型モニターに自らの姿を投影させた。街を行き交う人々が足を止め、モニターに映る魁斗を、まるで神を仰ぎ見るような尊敬の眼差しで見つめる。


『国民の皆さん』

魁斗の低く、穏やかな声が、東京の街に響き渡った。

『国内の最適化は、概ね完了しました。あなた方はついに、かつての非効率な争いと飢えを克服し、完璧な平穏を手に入れたのです』


モニターに映る自分自身を見つめながら、魁斗の内心は氷のように冷え切っていた。

(彼らは、自らが飼いならされた家畜であることに気づいていない。いや、気づいていたとしても、この安楽を手放すことはもうできない。……人間は、自由よりもパンを、尊厳よりも安全を選ぶ。それが彼らの限界であり、私が管理せねばならない理由だ)


『次に私たちがすべきことは、この幸福を、海の外で不毛な争いを続ける世界へと広げることです。地球全体を、アイアン・パレスの「正解」で満たす時が来ました』


街の広場で、元武士も平民も、魁斗の言葉に熱狂的な拍手を送る。

その熱狂の渦の中で、ただ一人、斎藤一だけが亡霊のように立ち尽くしていた。彼は天を仰ぎ、行き場を失った自らの魂が、この「正しすぎる平和」という猛毒によって、音もなく溶かされていくのをただ待つしかなかった。


「さて、箱庭の掃除は終わりです」

魁斗はモニターの通信を切り、王座からゆっくりと立ち上がった。

「19世紀の野蛮人たちに、21世紀の論理エゴを叩き込む時間です」

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