第22話:最適化された刃と、無音の敗北
本日4話目
【1869年 初夏 ―― 房総半島、再配置指定区画】
アイアン・パレスの治安維持部隊(特務二課)に制圧された斎藤一は、殺されることも、過酷な拷問を受けることもなかった。
彼が目を覚ましたのは、清潔な白いシーツが敷かれたベッドの上だった。傷は最新の医療技術によって塞がれ、痛みすらない。
「おはようございます、斎藤さん。脈拍、血圧ともに正常値ですね」
ベッドの傍らには、医療衛生統括のフローラが立っていた。彼女の表情には、憎むべき反乱分子に対する怒りも、見下すような優越感もない。ただ、患者のデータを確認する無機質な眼差しがあるだけだ。
「……ここは、どこだ。なぜ俺を生かした」
斎藤は警戒しながら身を起こす。
「ここは第四医療センターです。あなたを生かしたのは、あなたがまだ『有用な労働リソース』として再配置可能だと判断されたからです。……マスターは、無駄な殺生を最も嫌悪しますから」
フローラが端末を操作すると、壁面が透き通り、外の景色が映し出された。
そこは、かつて荒れ果てていた房総の農村地帯だった。しかし今は、巨大なドーム状の農業プラントが立ち並び、人々が規則正しく、そして穏やかな顔で農作業に従事している。
その中には、先日、斎藤と共に列車を襲撃し、捕縛されたかつての仲間たちの姿もあった。
「あいつら……!」
「彼らは現在、第一級農業プラントの管理要員として再配置されました。かつての高い身体能力と規律性を活かし、最新の農機のオペレーターとして非常に優秀な成績を収めています。……三食の栄養価の高い食事と、安全な住居が保証され、彼らのストレス値は過去最低を記録しています」
フローラの説明は、斎藤の理解を超えていた。
仲間たちは洗脳されたわけではない。薬物でおかしくなっているわけでもない。彼らは、アイアン・パレスが提供する「圧倒的な豊かさ」と「明確な役割」を与えられ、それに論理的に納得して、自らの意志で剣を鍬(農機のレバー)に持ち替えたのだ。
「……武士の魂を、泥に沈めたか」
「魂、ですか。それはカロリーを生み出しますか? 飢えた子供を救えますか?」
フローラは、心底理解できないというように首を傾げた。
「あなた方が固執していた『魂』や『誇り』は、結果として何をもたらしましたか? 終わりのない内戦と、民草の疲弊です。……彼らは理解したのですよ。無意味な意地を張って飢え死にするより、マスターのシステムの一部となって、数万人の食料を生産する方が、よほど『世のため』になるという客観的事実を」
正論であった。圧倒的で、逃げ場のない正論。
斎藤は、自分の信じていたものが、まるで子供の我儘のように矮小化されていくのを感じた。
「あなたにも、選択権があります」
フローラは淡々と告げる。
「このまま、あのシステムの外で『誇り高い餓死』を選ぶか。それとも、彼らのように自らの適性を活かし、治安維持や生産活動という『真の社会貢献』に従事するか。……マスターは、あなたが論理的な選択をすると期待していますよ」
斎藤は、窓の外で笑い合うかつての仲間たちを見つめたまま、言葉を失っていた。
彼が直面したのは、武力による敗北ではない。「自分の存在意義そのもの」が、魁斗の作り上げた完璧な平和の前に、完全に論破された瞬間だった。
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