第2話:圧倒的観測と、旧世界の残照
本日2話目
アイアン・パレスの司令室には、冷徹なシステム音声だけが響いていた。
『衛星軌道上への「天眼」定着を確認。光学および熱源センサー、稼働開始。……広域スキャンを実行します』
シエルの白魚のような指が、ホログラムキーボードを滑るように叩く。
仮想空間時代とは異なり、コンソールからの物理的な反発を指先に感じながらも、彼女は恐るべき適応力でシステムの再キャリブレーションを行っていた。
「マスター。半径100キロ圏内の地形データをマッピング完了。……ここは北の最果て、蝦夷地です」
「蝦夷……北海道ですか」
魁斗は玉座に座ったまま、メインスクリーンに映し出される映像を淡々と眺めていた。
そこには、見渡す限りの原始の森が広がっていた。
現代の記憶にある整備された大地ではなく、巨大な針葉樹が空を覆い、人跡未踏の荒野がどこまでも続く、未開発の原生林。
成層圏から偵察ドローン『八咫烏』が捉えた映像には、その深い緑の中を縫うように移動する、小さな熱源の群れがあった。
一方は、ボロボロの軍服を纏い、泥にまみれて敗走する集団。
もう一方は、それを執拗に追い詰め、旧式の小銃を放つ集団。
「ヴォルフ。軍事的な観点から見て、彼らの戦力はどう評価しますか?」
魁斗の問いに、ヴォルフはスクリーンを険しい目で見つめた。
彼にとって、あの「戦闘」はあまりにも滑稽で、非効率的なものに見えた。
「……評価にすら値しません、閣下。歩兵の展開は無秩序。連携も皆無。何より、あの火器です。シエル、彼らの発射体の弾道データを表示してくれ」
「了解しました」
スクリーンの端に、発射された弾丸の軌跡と運動エネルギーが数値化されて表示される。
「弾速、極めて低速。初速およそ秒速300メートル前後。弾道は不安定で、有効射程は長めに見積もっても300メートルに満たないでしょう。装甲貫徹力は……計算する意味がありません。我が軍の歩兵が装備する標準的な『軽量強化装甲』はおろか、野戦服の防弾繊維すら貫通不可能です」
シエルの無機質な報告を聞き、工学担当のエレナが鼻で笑った。
「黒色火薬なんて、データベースの骨董品でしか見たことねえよ。あんな代物で殺し合いをしてるのか? こっちの複合装甲に傷一つつけられねえぞ」
「ノイズだらけの環境とはいえ、彼らの兵装は原始的すぎます。……これが『現実』だというのなら、あまりに脆弱です」
ハナが、感情の読めない声で呟く。
彼らNPC――いや、今は物理的な肉体と脳髄を持った『新たな人類』にとって、眼下で繰り広げられているのは、命を懸けた戦争というより、劣悪な環境下で行われている未開の儀式のようにしか見えなかった。
「脆弱で、未開。……だからこそ、都合が良いのですよ」
魁斗は薄く笑った。
彼らアイアン・パレスが転移した場所は、開拓前の蝦夷。
そして、眼下で行われているのは、箱館戦争の前哨戦か、あるいはその残党による局地戦だろう。
歴史の知識がある魁斗には、この時代が「強者が弱者を食らい、新たな秩序を構築する」過渡期であることが分かっていた。
「シエル。我々の拠点の位置は、彼らの交戦区域からどの程度離れていますか?」
「直線距離で約15キロ。現在、敗走中の部隊の一部が、アイアン・パレスの展開防衛ラインへ向かって移動中です」
「なるほど。拠点周辺の安全確保は最優先事項です。それに……この世界の『物理的な手応え』を確認する、丁度良い機会でもありますね」
魁斗は立ち上がり、ヴォルフへ冷徹な視線を向けた。
「ヴォルフ。機甲歩兵1個小隊を抽出。セクター3へ接近する武装集団を『排除』しなさい」
「はっ。……閣下、兵器の使用制限は如何様に?」
「必要ありません。我々の標準的な戦術が、この世界でどの程度のオーバースペックになるか、実地データを取りなさい。ただし――」
魁斗の瞳に、冷酷な光が宿る。
「相手に『戦い』だと思わせる隙を与えないこと。我々がもたらすのは戦争ではありません。圧倒的な『現象』としての蹂躙です」
「御意。……第一機甲歩兵小隊、出撃!」
ヴォルフの号令とともに、要塞の地下格納庫から重低音が響き渡る。
それは、明治という時代に決して鳴るはずのない、未来の駆動音だった。
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