第18話:最適化される盤上とアイヌの民
本日4話目
【数週間後 ―― 蝦夷地・箱館周辺】
新政府が完全に白旗を揚げ、列強の艦隊が沈黙してから数週間。
蝦夷の地は、凄まじい速度でその姿を変えつつあった。
黒い城「アイアン・パレス」を中心にして、放射状に太い道が敷き詰められていく。無数の労働者たちが砕石を敷き詰め、その後を追うように巨大な「蒸気牽引車」が、地面を寸分違わぬ平坦さに踏み固めていく。
道の脇には、工学統括「ノア」が設計した「規格化された鋼鉄の骨組み」と「赤煉瓦」を、巨大な蒸気起重機が驚異的な精度で組み上げていた。現場には怒声も無駄な休憩もない。完璧に計算された工程表に従い、労働者たちは機械の歯車のように正確に動いている。
土方歳三は、建設現場の隅でその光景を複雑な思いで見つめていた。
「……お前さん、その鉄の馬の操作、随分と板についてきたな」
土方が声をかけたのは、操縦席から降りてきた若い男だった。顔に独特の刺青を施したアイヌの青年である。かつて松前藩や和人から不当な交易を強いられ、見下されてきた彼らが、今や巨大機械を操り、現場の中核を担っている。
「アイアン・パレスの『適性検査』で、俺は空間把握の数値が高いとやらでな。ノア様から直接、扱いを任されたんだ」
青年は、疲れを見せながらも充実した顔で笑った。
アイアン・パレスの統治において、最も特筆すべきは「徹底した出自の無視」だった。九条魁斗が持ち込んだシステムは、武士も、平民も、アイヌの民も、一切の過去を問わない。全員に平等にテストを受けさせ、能力の数値のみでタスクを割り振る。
結果として、視力や聴力、手先の器用さに優れた多くのアイヌの人々が、精密機械の操作といった重要なポストに配置されていた。
「ほう。これは素晴らしい。手作業による不揃いな曲線ですが……機能美と芸術性が高い次元で融合していますね」
不意に、背後から上品だがどこか冷たい声が響いた。振り返ると、黒いコートを羽織った魁斗が視察に訪れていた。その視線は、アイヌの青年が腰に下げていた見事な木彫りの小刀の鞘に向けられている。
「あ、ありがとうごぜぇます、総督様……」
青年が緊張して頭を下げる。
「無理に頭を下げる必要はありませんよ。私は貴方の生み出した労働価値に対して、適正な報酬を支払っているだけですからね。……それにしても、見事な細工です。貴方たちの文化は、実に興味深い」
魁斗は青年に向かって、柔らかな、しかし感情の底が見えない微笑を向けた。
そして、魁斗は土方の方へ視線を移すと、その微笑に微かな嘲笑を混ぜた。
「過去の記録を拝見しましたが……あなた方『和人』は、長きにわたり彼らのような優秀な人材を不当に冷遇し、搾取していたようですね」
「……それが、当時の世の習いってやつだ」
土方が低く唸る。
「世の習い、ですか。それはひどい言い訳ですね」
魁斗は鼻で笑った。
「血筋や外見といったくだらない理由で、自ら優秀な労働力をドブに捨てていたとは……旧幕府という組織は、よほど人材の無駄遣いがお好きだったようだ。私には到底理解できない愚行ですよ。実に滑稽だ」
「……あんたに言わせりゃ、俺たちの歴史は全部、無駄の塊ってことか」
「ええ、その通りです。無意味な派閥争い、非合理的な身分制度、そしてそれらが引き起こす飢餓と貧困。……実に嘆かわしい。ですから、私がこの国を正して差し上げているのですよ」
魁斗は完成しつつある巨大な工業都市を見渡した。
「この島国を、完全に統制された豊かで合理的な生産拠点へと再構築する。……私の庇護下に入った以上、もう誰も飢えることはありません。全員に等しく、その能力に応じた幸福を与えましょう。……私に感謝することはあっても、恨む理由などどこにもないはずですよ?」
それは、血と泥にまみれた幕末という時代が完全に終了し、優秀すぎる管理者による「圧倒的な恩恵と支配」が始まる宣言だった。土方は、奥歯を噛み締めることしかできなかった。
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