第16話:無慈悲な装甲と溶解の沈黙
本日2話目
【同日 午後 ―― 箱館湾】
旗艦の甲板に戻ったハリー・パークスは、屈辱と、得体の知れない恐怖で全身を震わせていた。
(あれはただの脅しだ! 床下に強力な磁石を隠しただけのコケ脅しに決まっている! ロンドンの地下に爆薬など、そんな大掛かりなことができるはずがない!)
彼は、自らの内に芽生えた「絶対的な敗北の予感」を振り払うように、声を荒らげて司令官に命じた。
「全艦、砲門を開け! あの忌々しい黒い城を、今すぐ木端微塵に吹き飛ばせ!」
司令官の号令とともに、イギリス、フランス、アメリカの装甲艦二十隻が、一斉にアイアン・パレスへとその巨大な砲門を向けた。
当時の東洋において、これほどの火力が一点に集中されたことは歴史上例がない。
「撃てェッ!!」
轟音。
箱館の海が激しく揺れ、数百発の炸裂弾や鉄球が、黒煙を引きながら一直線にアイアン・パレスへと放たれた。
少し離れた五稜郭の城壁からその光景を見ていた榎本武揚と土方歳三は、思わず息を呑んだ。
どれほど巨大な城であろうと、あれほどの砲弾をまともに浴びれば、石垣は崩れ、建物は原型を留めないはずだ。
ドドドドドォォォンッ!!
凄まじい爆炎と黒煙が城を包み込んだ。
「やったぞ! これで終わりだ!」
連合艦隊の甲板で水兵たちが歓声を上げる。
しかし。
重い海風が黒煙を吹き払った後、そこに姿を現したアイアン・パレスの威容を見て、全員の声が喉の奥で凍りついた。
「ば、馬鹿な……!? 傷一つ、凹み一つないだと!?」
連合艦隊の司令官が、単眼鏡を落として叫んだ。
アイアン・パレスの黒い外壁には、砲弾が直撃したはずの痕跡すら見当たらなかった。
彼らには理解できなかった。
アイアン・パレスの城壁は、ただの鉄の塊ではない。砲撃の瞬間、外壁から瞬時に「幾重にも重なった特殊な複合装甲板」が微細にせり出し、砲弾の着弾角度を計算して物理的に「滑らせて」いたのだ。
さらに、内蔵された巨大な緩衝装置が爆発の衝撃を完全に吸収・分散させている。
当時の火薬と鉄球による大砲など、この城にとっては、分厚い鉄板に泥団子を投げつけているのと同じだった。
「……防壁の衝撃吸収率、完璧です。表面温度の上昇も許容範囲内」
アイアン・パレスの内部で、第3席・アイギスが淡々と報告する。
「ご苦労。……さあ、次は俺の番だ。粗大ゴミの掃除といこうか」
第1席・陸戦統括のヴォルフが、獰猛な笑みを浮かべて首の骨を鳴らした。
砲撃が全く通じないという事実に連合艦隊が恐慌状態に陥っている最中、箱館の海面が異様な泡立ちを見せ始めた。
「て、提督! 城の麓から、奇妙な船が向かってきます!」
見張り台の水兵が、悲鳴のような声を上げた。
アイアン・パレスの地下ドックから出撃してきたのは、帆も煙突も持たない、低く平たい流線型の小型船だった。
それは、強力な蒸気タービン(に酷似した動力)で水を噴射し、当時の蒸気船とは比較にならない異常な速度で艦隊に肉薄してくる。
「撃ち落とせ! 船を近づけるな!」
各艦の甲板から、無数の小銃が火を噴いた。
しかし、小型船から装甲艦の側面にフックをかけ、素早い動きで甲板に乗り込んできた者たちの姿を見て、水兵たちは後ずさった。
それは、鈍い光沢を放つ分厚い防刃服と、ガスマスクのような奇妙な仮面を被った兵士たち(NPCの配下である制圧部隊)だった。
鉛の銃弾を浴びても、彼らの分厚い装甲服は貫通しない。
彼らは剣も銃も持っていなかった。代わりに、背中に背負ったタンクから伸びる「奇妙な金属の筒」を手にしていた。
「大砲を狙え。溶接開始」
仮面の奥から、無機質な声が響く。
兵士たちがその筒の先を、連合艦隊が誇る巨大な大砲の砲身に押し当てた瞬間だった。
シュゴォォォォッ!!
太陽のように眩い青白い閃光と、凄まじい熱風が甲板を舐めた。
兵士たちが放ったのは、金属を瞬時に融解させる特殊な超高温の炎(テルミット反応とガスバーナーを応用したようなもの)だった。
「な、なんだあの光は……熱いッ!?」
分厚い鋼鉄でできた大砲の砲身が、まるで飴細工のように赤熱してドロドロに溶け出し、自重に耐えきれずにへし折れて甲板に崩れ落ちた。
「大砲が……溶かされた……!?」
パークスは甲板にへたり込み、その悪夢のような光景に震え上がった。
兵士たちの目的は「殺戮」ではなかった。九条魁斗の命令通り「物理的な武装と動力の切断」のみを、機械のように正確に実行しているのだ。
彼らはパニックに陥る水兵たちには目もくれず、艦の内部へと侵入していく。
頑丈な鉄の扉の蝶番を炎で焼き切り、機関室に鎮座する巨大な蒸気ボイラーの圧力弁に特殊な酸を浴びせて破壊した。
ドォォン……!
プシューッ……!!
艦隊のあちこちで蒸気が激しく吹き出し、動力を失った巨大な装甲艦が、次々とただの「鉄の浮き箱」へと成り果てていく。
戦闘開始から、わずか二十分。
世界最強を誇った多国籍連合艦隊は、ただの一人の死者も出すことなく、すべての武装を溶かされ、機動力を完全に奪われて箱館湾に沈黙した。
蒸気と煙に包まれた旗艦の甲板で、パークスは完全に膝をついていた。
見上げれば、鉛色の空の下、無傷のまま屹立する巨大な黒い城が、自分たちの愚かさを嘲笑うかのようにそびえている。
「我々は……人間ではない化け物に、喧嘩を売ってしまったというのか……」
パークスの口からこぼれた乾いた絶望の言葉は、誰の耳にも届くことなく、冷たい海風の中に消えていった。
この日、西洋列強が数百年かけて築き上げた「科学技術への絶対の自信」は、極東の地で完全に焼き尽くされたのである。
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