第15話:冷徹なる論破と磁力の檻
【アイアン・パレス内部 ―― 円卓の間】
カルマの慇懃無礼な態度に、大英帝国公使ハリー・パークスの顔は怒りで赤黒く染まっていた。
彼は世界の海を支配する帝国の代表であり、東洋の島国において、常に他者を平伏させる側の人間だったからだ。
「無礼な口を叩くのもそこまでにしておけ。東洋の奇術師どもめ」
パークスは、従者の海兵隊員から受け取った分厚い羊皮紙の束を、円卓の上に乱暴に叩きつけた。
「我々、多国籍連合艦隊の要求はただ一つ。この施設の一切の武装解除、ならびに保有する全技術の開示、そして大英帝国を主座とする列強の共同管理下に入ることだ」
パークスは胸を張り、玉座で頬杖をつく魁斗を睥睨した。
「従わねば、湾に展開した二十隻の艦隊が、ただちにこの城を鉄屑に変える。……我々白人の寛大な措置に感謝して、サインしたまえ」
その傲慢な宣言が広間に響き渡る。
しかし、魁斗の表情は微塵も動かなかった。まるで、耳障りな羽虫の音を聞いているかのように退屈そうな目である。
カルマが静かに歩み寄り、円卓に置かれた羊皮紙を手に取った。
彼は数秒間だけ、無造作にページをめくった。パークスたちには、ただ馬鹿にして流し読みをしているようにしか見えなかったが、カルマはその一瞬の視覚情報で条文の矛盾点を完全に洗い出していた。
「……滲みやすい粗悪なインクに、なめしの甘い羊皮紙。こんなものは十年もすれば虫食いだらけになりますね」
カルマは呆れたように首を振って、羊皮紙を放り投げた。
「おまけにこの条文。論理的な矛盾が三十四箇所、我が方への無意味な要求が十二箇所。資源と時間の無駄遣いです。……このような児戯にも等しい紙切れで、我々を縛れると?」
「なんだとッ!」
フランス公使が激昂して立ち上がった。
「貴様ら、自分たちが置かれている状況が分かっていないのか! 我々の背後には、最新鋭のアームストロング砲と、数千の精鋭部隊が……!」
「『最新鋭』、ですか」
カルマの薄い唇が、三日月のように歪んだ。
「石炭を燃やして湯を沸かし、その圧力で鉄の塊を動かす。黒色火薬の爆発力で、鉛の玉を飛ばす。……それは我々の基準からすれば、大昔の投石器と何ら変わりません」
「貴様ッ!」
パークスが怒号を上げ、背後の海兵隊員たちが一斉にライフルを構えた。
カチャリ、と数十の銃口が魁斗とカルマに向けられる。
「未開個体の敵対行動を確認。制圧しますか?」
虚空を見つめていた第3席のアイギスが、鈴を転がすような平坦な声で言った。
「いや、殺すな。清掃の手間が増える。……物理的に拘束しろ」
魁斗が短く命じる。
「了解」
アイギスが、卓上の盤面に指先を触れた。
その瞬間。
「な、なんだッ!?」
「ぐわぁぁッ!!」
銃を構えていた海兵隊員たちが、次々と悲鳴を上げて床に倒れ込んだ。
彼らの手からライフルが床に張り付いただけでなく、腰の銃剣、弾薬帯の金具、ベルトの分厚い鉄製バックル、果ては軍靴の底に打たれた鉄鋲に至るまでが、凄まじい力で真下の床へと引き寄せられたのだ。
「あ、がっ……! はら、腹が……!」
屈強な海兵たちが、床に縫い付けられたように身動き一つできず、もがいている。鉄のバックルが自重の何倍もの力で腹部に食い込み、肋骨が軋む嫌な音が広間に響いた。彼らは自らの装備品によって、床に磔にされていた。
「な……何をした!?」
パークスが血の気を失った顔で後退る。金時計と真鍮のボタンしか身につけていなかった彼は、辛うじてその力から逃れていた。
「床下に敷設した電磁盤の出力を上げました」
カルマが冷淡な声で告げた。
「あなた方の装備に含まれる粗悪な鉄の塊が、自らを縛る鎖に変わっただけです。……少々、磁力が強すぎたようですが」
それは、列強が誇る科学の延長線上にありながら、彼らの常識では到底実現不可能な、圧倒的な技術力の差の証明だった。
「さて、あなた方の脳髄は、まだ大砲の数で世界を支配できると信じ込んでいるようだ。ならば、世界の広さを教えて差し上げましょう」
カルマは、自らの手元にある奇妙な金属の箱を引き寄せた。
それには、電信機(モールス信号機)の電鍵のようなものが付いている。
「あなた方も、電線を繋いで遠くへ信号を送る『電信』はご存知ですね? 我々はすでに、世界中の海底に独自の通信網を張り巡らせています。そして……倫敦のバッキンガム宮殿の地下下水道には、我々の手で数百樽の『特殊な爆薬』が仕掛けられている」
「なっ……!?」
パークスの顔から、完全に血の気が引いた。
「私がこの手元の電鍵を叩けば、地球の裏側であっても即座に電気信号が届き、雷管が起爆する」
カルマは、カチャリと電鍵に指を置いた。
「大英帝国の象徴が、瓦礫の山に変わるのに五分もかかりません。……ただの物理と化学です」
冷徹な事実の突きつけ。
それは、大英帝国が七つの海を支配しているという彼らの常識を、根本から粉砕する一撃だった。
自分たちが艦隊の大砲を構えている間に、相手は自分たちの王の寝首を、電信という「見えない糸」でいつでも刎ねられる状態にあるのだ。
「ば、馬鹿な……そんな作り話で、騙されると思うか!」
パークスは震える声で叫んだ。
もはやそれは、外交官としての威厳ではなく、崩壊しそうな自分の精神を守るための哀れな自己防衛だった。
その見苦しい姿を、玉座の魁斗が氷のような目で見下ろした。
「……私は、非効率を憎む」
魁斗が初めて、彼らに直接言葉を投げかけた。
その声には怒りすらない。ただ、出来の悪い機械を処分する時のような、無機質な響きだった。
「自らの理解を超えたものを嘘と決めつける、劣等な知能との対話は時間の無駄だ」
「な、なんだと……!」
「帰れ」
魁斗は手でシッシッと追い払うような仕草をした。
「そして、箱館湾に浮かべているその玩具で、我々を撃ってみろ。お前たちには、痛みを伴う実体験による教育が必要らしい」
パークスは顔を真っ赤にし、床に吸い付いて呻く海兵隊員たちを置いて、逃げるように円卓の間を後にした。
その無様な背中を見送りながら、魁斗が立ち上がる。
「一時間後、奴らが発砲を開始したら、装甲を展開しろ。その事実を脳裏に刻み込ませた後……」
魁斗の瞳に、絶対的な支配者の冷酷な光が宿る。
「第1席の部隊を出せ。……すべての艦の武装と動力を物理的に破壊する。世界が変わったということを、連中の骨の髄まで分からせてやれ」
列強の艦隊殲滅戦。
新たな世界秩序の幕開けとなる一方的な蹂躙が、すぐそこまで迫っていた。
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