第13話:列強の傲慢と見下ろす蜘蛛
本日3話目
横浜の外国人居留地。
瀟洒な洋館が立ち並ぶ中、イギリス公使館の応接室は、最高級の葉巻の煙と、鼻につくような上等な紅茶の香りに満たされていた。
ふかふかの革張りのソファに深く腰掛けているのは、大英帝国公使のハリー・パークスである。
彼は不機嫌そうに葉巻を咥え直し、対座しているフランス公使の顔を睨みつけた。
「……それで、ムッシュ。貴国の軍事顧問であるブリュネ大尉から、そのような『おとぎ話』のような報告書が届いたというわけですな」
パークスは、手元にあるフランス語の密書を指の関節でコンコンと叩いた。
密書の主であるブリュネは、蝦夷で見た「アイアン・パレス」の脅威を事細かに記していた。
火を吹かずに超音速で飛来する大砲、継ぎ目のない黒い鉄の城、そして感情を持たない人間のような操縦者たち。
だが、世界一の工業力と、七つの海を支配する世界最強の海軍を誇る大英帝国の代表にとって、それは「臆病風に吹かれた敗残兵の妄想」にしか聞こえなかった。
「パークス卿、笑い事ではありません。ブリュネ大尉は極めて優秀な軍人です。彼が幻覚を見たとは考えられない。……もし、ロシアかアメリカが、極秘裏に未知の蒸気要塞を蝦夷に築いていたのだとしたら、我々の極東における権益は根底から覆されますぞ」
フランス公使が、青ざめた顔で身を乗り出す。
「馬鹿げている」
パークスは冷たく吐き捨てた。
「山を吹き飛ばす大砲? 見えない壁? そんな魔法がこの世に存在すると本気で思っているのかね? ……恐らく、こうだ」
パークスは、大英帝国特有の絶対的な「合理主義的傲慢さ」で、その不可解な事象を自分たちの理解できる枠組みへと矮小化し始めた。
「新政府軍の艦隊が消滅したというのは、事前に海峡に大量の機雷を敷設していたか、あるいは山腹にトンネルを掘り、そこから巨大なアームストロング砲を奇襲的に撃ち込んだのだろう。それに、あの榎本率いる旧幕府の連中が、ロシアあたりから巨大な旧式の鉄製浮き砲台でも買い取って、城に偽装しているのに違いない」
「しかし、報告書には一晩で森を切り開く重機が……」
「蒸気機関の応用か、単に大量の苦力を強制労働させているだけだ! 奴らは東洋の野蛮人なのだぞ。我々『白人』の数百年先を行く技術など、持っているはずがない!」
パークスのその言葉には、世界を支配する者としての確固たる信仰があった。
自分たちの文明が最高であり、それ以外はすべて劣等であるという、帝国主義の根源的な思い上がりだ。
「……とはいえ、未知の武装勢力が我が物顔で振る舞うのは、大英帝国の名において看過できん。新政府への支援と、不平等条約の再確認を兼ねて、蝦夷のその『鉄の城』とやらを視察してやろうではないか」
パークスは、口角を歪めて残酷に笑った。
「万が一、連中が我々に盾突くようなら、ロイヤル・ネイビーの艦砲射撃で、そのブリキの城ごと海に沈めてやる。……公使殿、貴国も極東艦隊を出しなさい。アメリカとロシアの公使にも声をかけ、多国籍の『連合艦隊』を編成するのだ」
世界最強の白人国家たちが、東洋の果ての小島に現れた「異物」を粉砕するために、手を組んだ瞬間であった。
一方、その頃。
アイアン・パレスの冷たい青色に満たされた情報統制室では、第4席・情報諜報統括のカルマが、虚空に浮かぶホログラムパネルを前に、優雅に紅茶のカップを傾けていた。
パネルに映し出されているのは、横浜のイギリス公使館。
そしてスピーカーから流れているのは、パークス公使がたった今放った『我々白人の数百年先を行く技術など持っているはずがない』という傲慢な発言である。
「……見事なまでの『正常性バイアス(Cognitive bias)』ですね。人間というのは、自らの理解を超えた事象に直面すると、自らの小さな常識の枠内に無理やり当てはめようとする。実に非効率な脳の構造です」
カルマは、薄い唇を歪めてクスクスと笑った。
その燕尾服に包まれた姿は、どこからどう見ても完璧な西欧の紳士だが、その瞳には一切の「感情の温度」がない。
彼の背後にある巨大なサーバー群は、衛星軌道上の『天眼』と、地球上のあらゆる場所にばら撒かれたナノマシン・ネットワークを通じて、列強諸国の軍隊の配置、通信ケーブルの暗号、さらには公使たちの個人的な借金の額に至るまで、すべてをリアルタイムで解析し続けていた。
「マスターへの報告は後で良いでしょう。……この程度の『原始人の寄り合い』に、あの御方を煩わせるまでもありません」
カルマは、パネル上で指を滑らせ、多国籍連合艦隊が結成される確率、および彼らが蝦夷に到達するまでの日数を、コンマ一秒の速度でシミュレーションした。
「ブリュネ大尉の報告書(餌)をわざと見逃して差し上げたのです。しっかりと食いついていただき、自慢の『蒸気船と黒色火薬のおもちゃ』を持参していただかないと、教育のしがいがありませんからね」
カルマは、カップの残りを飲み干し、パネルを一つ弾いた。
「……第1席のヴォルフに伝達。近々、極めて大掛かりな『粗大ゴミの解体作業』が発生します。清掃の準備を」
世界の中心であると信じて疑わない列強の「傲慢」。
そして、未来から来た絶対的システム管理者としての「冷徹」。
二つの常識が激突するその時、世界の勢力図は、音を立てて崩壊することになる。
見下ろす蜘蛛は、愚かな羽虫たちが自ら巨大な巣へと飛び込んでくるのを、ただ静かに待っていた。
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