第12話:帝都激震と天からの宣告
本日2話目
江戸城――いや、名を改めたばかりの東京城は、重苦しい春の冷雨に包まれていた。
瓦屋根を叩く雨音だけが響く薄暗い評定所で、新政府の首脳陣は重苦しい沈黙の中に沈んでいた。
部屋の空気は、数日前に青森から届いた「蝦夷地での艦隊消滅」の報告以来、凍りついたままである。
大久保利通は、深く眉間を揉み込みながら、目の前に広げられた報告書の束を睨みつけていた。
(……正気の沙汰ではない)
それが、近代国家の樹立という途方もない重圧を背負う、稀代の合理主義者たる彼の偽らざる本音であった。
三百年の長きにわたった徳川の世を終わらせ、ようやく日本という国を一つの形にまとめ上げた矢先のことだ。
あとは北の端に逃げ込んだ旧幕府軍の残党を掃討するだけで、この国に真の統一がもたらされるはずだった。
だが、そこに現れたのは「鉄の城」と「山を消し飛ばす大筒」だという。
「……大久保どん。皆、黙りこくっていても始まらんど。どう考える」
西郷隆盛が、巨躯を揺らして静かに口を開いた。
その太く落ち着いた声だけが、辛うじてこの部屋の狂気を繋ぎ止めている。
「どう考えるも何もない。報告が事実であれば、我々は未知の外国勢力、それも我々の理解が及ばぬ兵器を持つ者たちと戦争状態にあるということだ」
大久保の言葉に、若手の将校が顔を真っ赤にして立ち上がった。
「ならば、直ちに第二陣の討伐軍を編成すべきです! 長州と薩摩の精鋭をすべて集め、陸と海から同時に攻め立てれば、いかなるからくり城であろうと……!」
「馬鹿を言え!」
大久保は、氷のような一瞥で将校を黙らせた。
「我が軍が誇っていた最新鋭の装甲艦『甲鉄』が、敵の姿を捉えることすらできずに海ごと消滅したのだぞ。お前は、兵たちに不可視の大筒の前に立って死ねと言うのか」
「しかし! このままでは帝の威光が……」
「黙らんか」
西郷が低く唸ると、将校はビクッと肩を震わせて座り込んだ。
西郷は歴戦の武人としての鋭い勘を働かせ、本能的な『死の臭い』を感じ取っていた。
敵は、気合いや大義でどうにかなる相手ではない。戦えば、文字通り「消される」のだと。
「……木戸はどう見る。諸外国の動きは」
大久保が、部屋の隅で扇子を弄っている木戸孝允に視線を向けた。
「横浜の公使館周辺に密偵を放っておるが、英仏ともに妙な動きはない。連中も、蝦夷で何が起きているのか把握していないようだな」
木戸は扇子をパチンと閉じた。
「もし連中が、すでに裏で蝦夷の連中と手を結び、あの超兵器を手に入れておるなら、とっくに我が政府に牙を剥いておるはずだ」
つまり、あの鉄の城は、新政府の敵である旧幕府軍の味方でもなければ、欧州列強の味方でもない。
世界とは隔絶された、恐るべき「独立した怪物」なのだ。
「大久保どん。腹を括るしかなかろうて。……密使を、あの蝦夷の城へ送るでごわす」
西郷の重い決断に、部屋にいる誰もが息を呑んだ。
戦わずして、正体不明の勢力に頭を下げる。
それは、ようやく築き上げた明治新政府の、事実上の「屈服」と同義であった。
だが、彼らの葛藤は、直後に訪れた絶対的な「異常事態」によって吹き飛ばされることになる。
「……失礼いたします! だ、大久保様! 西郷様!」
突然、障子が荒々しく引き開けられ、全身ずぶ濡れの警護の士族が転がり込んできた。
その顔は、幽霊でも見たかのように青ざめ、手には「一枚の紙」と「真っ白な封筒」が握られていた。
「なんだその騒ぎは。ここは評定の場であるぞ」
大久保が鋭く叱責する。
「も、申し訳ございませぬ! ですが……この文が! 今、本丸の庭の中央に……突然、天から降ってまいりまして!」
「天から降ってきただと?」
士族はガタガタと震えながら、その真っ白な封筒を差し出した。
大久保が封筒を受け取ると、それは驚くほど滑らかで、水を完全に弾いており、雨の庭に落ちていたとは思えないほど乾いていた。
当時の和紙とも、西洋の紙とも違う、未知の素材(合成繊維紙)であることは、大久保の冷徹な頭脳に瞬時に「異常」を告げた。
だが、彼らを本当の恐怖のどん底に叩き落としたのは、封筒の中身だった。
「これは……!」
大久保の顔から一瞬で血の気が引いた。
彼の隣から覗き込んだ西郷も、木戸も、絶句して言葉を失った。
封筒の中に入っていたのは、一枚の「写真」だった。
しかし、彼らが知っている粗い白黒の写真ではない。
驚くほど鮮明で、色彩があり……そして何よりも、**「雲のはるか上空から、彼らが今いる東京城の全景を、真上から見下ろすように撮影した」**ものだったのだ。
さらに、その写真の裏には、完璧な日本語の活字(当時の人間には見たこともないほど整った文字)で、短い文面が記されていた。
『蝦夷全土は、当アイアン・パレスの管理下に入った。
これ以上の非効率な武力行使による干渉を禁ずる。
我々は空から、貴政府のすべての動きを観測している。
近々、日本全土の段階的な統合を開始する。
無意味な抵抗は、自らの血で大地を汚すだけだと理解せよ。
――九条魁斗』
「……我々は、天から……監視されているというのか……」
大久保の口から、魂が抜けたような言葉がこぼれ落ちた。
新政府軍の首脳陣は、あの山を消し飛ばしたという大筒の射程が「蝦夷だけ」ではなく、いついかなる時でも、自分たちの頭上から「見えざる雷」を落とせる状態にあることを理解させられた。
彼らの知る兵法も、数万の軍隊も、この神の如き視座の前には、ただの「盤上の蟻」でしかないのだと。
雨の音が、不気味なほど大きく部屋に響き渡っていた。
この日、誕生したばかりの明治新政府は、音を立てて絶望の淵へと崩れ落ちた。
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