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明治「再」起動 ―暴君が塗り替える近代史―  作者: tky
第1章:未知なる黒船と蝦夷の平定

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第11話:ブリュネの密書と見えざる蜘蛛の糸

箱館港は、重苦しい空気に包まれていた。

本来であれば、外国船や商人たちが頻繁に出入りし、活気づいているはずの港町だが、今は不自然な静寂が支配している。


港の出入り口には、アイアン・パレスから派遣された、顔のない黒い機甲歩兵シュヴァルツェが数体、彫像のように直立して監視の目を光らせていた。

彼らは一言も発さないが、その圧倒的な存在感だけで、港の住人たちを震え上がらせるには十分だった。


そんな港の片隅にある薄暗い酒場の奥で、フランス軍事顧問団のジュール・ブリュネ大尉は、息を潜めるようにして一人の男と対座していた。


「……頼んだぞ。この手紙を、必ず横浜のフランス公使館に届けてくれ。ロッシュ公使に手渡すのだ」


ブリュネは、コートの裏地に隠し持っていた、蝋で封をされた分厚い羊皮紙の束を、目の前の東洋人の男に押し付けた。


「へえ、任せてくだせえ。金さえ弾んでくれりゃあ、イギリスの船にでも潜り込んで、あっという間に横浜へ届けてみせますよ」


密輸商人を名乗るその男は、ブリュネが差し出した金貨の袋を素早く懐にしまい込み、ニヤリと笑った。


ブリュネは、周囲を警戒するように酒場の窓の外へ視線を向けた。

(……あの『アイアン・パレス』と名乗る者たちの技術は、極東の島国に留めておいて良いものではない。彼らがもし、その圧倒的な大砲や鋼鉄の化け物を欧州に向けたら、我が祖国フランスも、大英帝国でさえも、一月と持たずに灰にされるだろう)


彼が記した密書には、山を消し飛ばした不可視の砲撃、継ぎ目のない巨大な城、そして一晩で森を切り開く謎の重機に関する詳細なスケッチと報告が綴られている。

これを列強諸国が知れば、ただちに大艦隊を派遣し、あの城を破壊するか、あるいはその技術を奪い取るための行動に出るはずだ。


「急げ。誰にも見られるなよ」


ブリュネは念を押して、商人を裏口から送り出した。

一つ、大きな任務を終えた安堵感が、彼の胸にわずかに広がった。


だが、彼には知る由もなかった。

自分が手繰り寄せたつもりだった「希望の糸」が、すでに巨大な蜘蛛の巣の、ほんの一本に過ぎなかったということを。


同時刻。

アイアン・パレスの深部にある、冷たい青色の光に満たされた情報統制室。


第4席・情報諜報統括のカルマは、燕尾服の袖口を優雅に整えながら、空中に浮かび上がる無数の光のパネル(ホログラム)を眺めていた。


「……やはり、フランスの軍事顧問は祖国への忠誠心が高いですね。健気なことです」


カルマは、完璧な発音のフランス語で、誰にともなく独りごちた。

彼の目の前にあるパネルの一つには、先ほどブリュネが密輸商人に手紙を渡した酒場の様子が、上空から透視したかのように鮮明な映像と音声で再生されていた。

上空の監視衛星『天眼』と、港に放たれた極小の昆虫型偵察ドローンが、彼らの一挙手一投足をすべて記録していたのだ。


「マスター。現地人ブリュネによる外部への情報漏洩コンタクトを確認しました。密使は現在、港の小型船に乗り込もうとしています」


カルマは、玉座に座る九条魁斗へ通信を開いた。


『回収するか? カルマ』


魁斗の冷淡な声が響く。


「いえ。泳がせましょう。彼が記した『報告書』の内容は、すでに透視スキャンで読み取り、バックアップ済みです。当時の人間の語彙力では、我々の技術の恐ろしさを正確には伝えきれていませんが……列強の貪欲な犬どもを刺激する餌としては、十分な出来です」


カルマは、薄い唇を歪めて優雅に笑った。

彼の頭脳には、当時の世界の政治状況、列強の軍事力、主要人物の性格プロファイルまで、あらゆるデータが入力されている。


「列強諸国は、この情報を見れば『東洋の野蛮人が見つけた、何らかの未知の資源や砦』と勘違いし、必ず奪いに来ます。……彼らが大船団を率いてこの蝦夷に集結した時が一網打尽にする、最も効率的な『狩り』のタイミングかと存じますが」


『……妥当な判断だ。密書はそのまま本州へ届けさせろ。ただし、密使の現在位置は常にトラッキングしておけ』


「御意に」


カルマは通信を切ると、空中のパネルを指先で弾いた。

「さて。世界の中心を気取っている西欧の紳士たちが、この事実を知った時、どのような間抜けな顔をするのか。……今から楽しみですね」


一方、その「餌」が向かっている先である本州、江戸(東京)。

新政府の中枢が置かれた城内は、かつてないほどの混乱と恐怖に包まれていた。


「……以上が、青森に流れ着いた敗残兵たちからの報告でごわす。誇張もあるじゃろうが、我が軍の艦隊が、蝦夷の海で『何か』に一瞬で消し飛ばされたのは、紛れもない事実のようじゃ」


西郷隆盛は、巨躯を揺らしながら、重々しい口調で報告を終えた。

円卓を囲む新政府の首脳陣――大久保利通や木戸孝允らの顔は、一様に青ざめている。


「馬鹿な……。数千の兵と、最新鋭の甲鉄艦だぞ。それが、たった一日で海の藻屑になったと? 旧幕府軍に、そんな力があるはずがない!」


木戸が扇子を叩きつけて叫んだ。


「旧幕府軍の仕業ではない、と兵たちは証言しておる。『山を消し飛ばす黒い城』と『刀を折る鉄の巨人』が現れた、と」


西郷の言葉に、大久保利通が眉間を深く揉んだ。

「……集団の恐慌状態が見せた幻覚だ、と言いたいところだが。艦隊が消滅した現実がある以上、何らかの未知の巨大兵器が存在すると考えるべきか。メリケンか、あるいは露西亜ロシアの介入か……」


「どこの毛唐の差し金かは知らんが、帝の御膝元を脅かすというなら、捨ててはおけん!」

血気盛んな若手将校たちが立ち上がり、拳を振り上げた。

「すぐに第二陣の討伐軍を編成すべきです! 今度は全軍を挙げて、その黒い城とやらを木端微塵に……!」


「待て。軽挙妄動は慎め」


大久保が鋭い声で制した。

「相手の正体も、兵力も分からんままに兵を動かせば、新政府そのものが瓦解する。まずは密偵を放ち、その『鉄の城』とやらの真の姿を見極めるのが先決だ。……諸外国の公使たちにも、探りを入れてみねばなるまい」


新時代を切り開いたと自負していた彼らの足元が、音を立てて崩れ始めていた。

彼らはまだ知らない。

蝦夷の北の大地に顕現したものが、西欧列強の最新兵器などというチャチなものではなく、人類の歴史そのものを終焉させる「未来からの絶対的管理者」であることを。


見えざる蜘蛛の糸は、すでに日本全土、そして世界へと張り巡らされていた。

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