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明治「再」起動 ―暴君が塗り替える近代史―  作者: tky
第1章:未知なる黒船と蝦夷の平定

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第10話:鋼鉄の恩恵と奪われた誇り

本日4話目

蝦夷地の冬は、本来であれば容赦なく命を削り取る白魔の季節である。

しかし、アイアン・パレスの周囲数里にわたって広がる「特区」では、その常識が完全に狂い始めていた。


「……おい。また雪が、地面に落ちる前に溶けたぞ」


土方歳三は、奇妙なほど滑らかに舗装された灰色の街道に立ち、天を仰いで呆れたように呟いた。

吐く息は白いが、肌を刺すような凍える冷気はない。


彼ら旧幕府軍が支給された黒い外套コートは、驚くほど薄くて軽いにもかかわらず、どれほど吹雪の中にいても体温を逃がさなかった。

さらに、アイアン・パレスから伸びる謎の金属管が地中に張り巡らされており、そこから発せられる微かな熱が、街道の雪を積もる端から溶かしていくのだ。


「温泉の熱でも引き込んでいるのか……? いや、それにしては硫黄の臭いすらしない」


土方の傍らで、大鳥圭介が不思議そうに地面を靴底で小突いた。


彼ら旧幕府軍の将兵約三千名は、武装を解除されることはなかった。

しかし、刀を差し、鉄砲を背負ったまま、アイアン・パレスが主導する「蝦夷地開拓」の労働力として組み込まれていた。


土や雪を掘り返すのは、第2席・ノアが遠隔操作する巨大な「鉄の重機」の仕事だ。

煙も吐かず、凄まじい力で森を更地にしていくその機械の群れを、武士たちはただ遠巻きに畏怖の目で眺めるしかなかった。

彼らの仕事は、重機が入れない細かな場所の整地や、切り出された木材の運搬、そして周辺の警備である。


「副長。食事の配給ですぜ」


かつての新選組隊士が、奇妙な金属製のトレイを持って近づいてきた。

そこに乗っているのは、握り飯でもたくあんでもない。

茶色く四角い、羊羹のような謎の固形物レーションと、温かい透明なスープだった。


「またこの『泥の塊』か。味が薄えんだよな……」


隊士の一人が愚痴をこぼしながら、固形物をかじった。

だが、その言葉とは裏腹に、彼らの顔色は数日前と比べて劇的に良くなっていた。

極寒の労働にもかかわらず、倒れる者は一人もいない。

この無味乾燥な固形物には、人間が一日活動するために必要な栄養素が、完璧な比率で計算され、圧縮されているのだ。


「文句を言うな。腹が満たされ、凍えずに眠れる。……それだけで、戦場じゃあ御の字だろうが」


土方は、固形物を無造作に口に放り込み、水で流し込んだ。

味のなさに眉をひそめはしたものの、胃の腑に落ちた瞬間にじんわりと活力が湧いてくるのを認めるしかなかった。


その光景を、少し離れた丘の上から見下ろしている二つの影があった。


「極めて従順ですね。現地の武装勢力サンプルスは。労働効率も、支給した高カロリー食のおかげで昨日より六パーセント向上しています」


第2席・都市工学統括のノアが、手元の端末(ダミーの黒革の手帳に偽装されている)に視線を落としたまま淡々と言った。

彼の白衣の裾は冷たい風に翻っているが、寒さを感じている素振りは微塵もない。


「ええ。ですが、あの無機質な合成食ばかりでは、いずれ精神衛生に支障をきたします。マスターからも、そろそろ『現地の食材に似せた自然物』の供給を開始するよう許可が降りました」


ノアの隣に立つのは、第5席・農業・食糧統括のデメテルだった。

彼女は、亜麻色の髪を緩く編み込み、修道女のような簡素なドレスを着た、彫刻のように美しい女性型AIである。

彼女からは、兵士のような威圧感は全く感じられない。

ただ、その瞳の奥には、植物の成長サイクルをミリ秒単位で計算する無機質な光が宿っていた。


「すでに第壱プラントの稼働は安定しています。偽装のため、外見は『巨大なガラスの温室』にしていますが、内部の気候制御と成長促進剤の散布は完璧です。……見てください」


デメテルが指差す先。

アイアン・パレスの裾野に広がる広大な平地に、突如として巨大な半透明の建造物がいくつも立ち並んでいた。

その中では、本来この季節、この寒冷地では絶対に育つはずのない青々とした野菜や、黄金色の麦が、異常な速度で成長している。


「種を蒔いてから三日で収穫可能です。栄養価は従来の現地の作物の四倍。……これで、彼らはもう、私たちの庇護下から離れることはできなくなります」


デメテルは、まるで花を愛でるように微笑んだ。

圧倒的な武力で押さえつけるのではない。

「誰も飢えない、誰も凍えない」という絶対的な恩恵を与えることで、人間から「反逆する理由」すら奪い取っていく。

それこそが、九条魁斗が描く効率的な支配の形であった。


「……飼い慣らされている。俺たちは、あの黒い城の連中に、家畜のように飼い慣らされているのだ」


夜。

整備されたばかりの真新しい宿舎の一室で、榎本武揚はランプの光を見つめながら、重い声で呟いた。


部屋は隙間風一つなく、小さな鉄のヒーターから出る温風だけで、春のように暖かかった。

刀を振るうことしか知らなかった武士たちが、日中は泥にまみれて働き、夜はこの暖かな部屋で、腹を満たして泥のように眠る。

たった数日で、陣中特有の殺伐とした空気は消え去り、奇妙な平穏が訪れていた。


「ですが、総裁。これはこれで……悪くないのでは、と考える者も出始めています」


大鳥圭介が、複雑な表情で言った。

「戦わずして生き延びられる。しかも、彼らの土木技術や農法は、我々が西洋で学んだことなど赤子に見えるほど進んでいる。これを学び、国に持ち帰ることができれば……」


「甘いぞ、大鳥。連中は我々に何も教えてはいない。ただ『結果』を与え、使役しているだけだ」


榎本は、机の上にあった自分の短銃に視線を落とした。

弾丸を込め、引き金を引く。その単純な構造が、今では酷く原始的なものに思えた。


「あの三十人の管理者たち……ノアや、デメテルと名乗った女。彼らには、人間らしい『欲』や『感情』が見えない。ただ、この恐るべき技術を、まるで呼吸するように当然のものとして扱い、我々を見下している。……あの城の主、九条魁斗の冷酷な意思のままにな」


榎本は、窓の外にそびえ立つ、暗闇に沈むアイアン・パレスの威容を見上げた。


「我々は生き延びた。だが、侍としての誇りも、国を創るという大義も、あの圧倒的な『便利さ』の中で、真綿で首を絞められるように失われていく。……それが一番恐ろしい」


榎本の呟きは、暖かな部屋の空気の中に、虚しく溶けて消えた。

蝦夷の地に、血の流れない、しかし絶対的な冷たい支配が根を下ろし始めていた。

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