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明治「再」起動 ―暴君が塗り替える近代史―  作者: tky
第1章:未知なる黒船と蝦夷の平定

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第1話:終わる世界と、未知なる大地の産声

2026年12月31日、23時55分。


世界を席巻した完全没入型VRSNS『アビス・ジェネシス』のサービス終了まで、残り5分を切っていた。


それは単なる娯楽の枠を超えた、人類史上最も精密な仮想現実シミュレータだった。

最新の量子AIが現実の物理法則をベースに「理論上実現可能な究極の未来工学」を独自に演算・構築し続けるその世界で、プレイヤーたちは兵器を開発し、国家を運営し、果てなき覇権争いに明け暮れていた。


九条魁斗くじょう・かいとは、自らが莫大な資産と時間を投じて築き上げた超巨大要塞【アイアン・パレス】の司令室で、重厚な玉座に深く腰掛けていた。


現実世界では巨大コンツェルンの若き総帥であり、この仮想世界においては「慇懃無礼な暴君」として君臨した男。


常に丁寧な口調を崩さず、効率と合理的判断のみを絶対の正義として大陸の半分を支配した魁斗の視界には、拠点の稼働状況を示す無数のホログラムパネルが静かに明滅している。


(……ようやく、終わるのですね。この窮屈な、数字とプログラムに縛られた箱庭も)


「マスター。間もなく、接続が切断されます。最後までお供できて、光栄でした」


傍らに控えるのは、副官ユニットのシエル。


魁斗が全知能を注ぎ込んで設計した「究極の秘書官」であり、量子AIが導き出した極限の演算能力をシミュレートされた彼女は、銀糸のような髪を揺らし、完璧な角度で一礼した。


午前0時00分。


視界がホワイトアウトし、強制ログアウトが執行されるはずの瞬間――。


「……? システムが、停止していない?」


魁斗は、眉を微かに動かした。


強制切断を示すダイアログも、暗転も訪れない。


それどころか、視界の端で明滅していたネットワーク遅延ラグを示すインジケーターが、突きたとして「未定義の接続先」という警告を出しながら消失した。


「マスター……異常事態です。外部サーバーとの同期信号ハートビートが完全に途絶しました。いえ、ネットワークという概念そのものが、私のインデックスから抹消されています」


シエルが、自身のコンソールを叩きながら声を鋭くする。


彼女が注視しているのは、自身を定義していた「ゲームサーバー」という世界の根源が、跡形もなく消滅したという事実だ。


「ですが、私たちは存在しています。ただ……空間の情報密度が異常です。メインエンジンの出力波形に、演算モデルには存在しない『未定義の揺らぎ(ノイズ)』が混入し続けています。……計算が、追いつきません」


シエルの指先が、無意識に魁斗の腕を強く掴んだ。


魁斗に伝わってくるのは、ゲーム内で設定されていた一律の熱源データではない。不規則に脈打つ、生々しい「体温」だった。


そして、司令室を包むのは、これまでスピーカーから流れていた電子音ではない。


巨大な動力炉が空気を震わせる、鼓膜を圧迫するような重低音。


重厚な防爆ハッチが、警告音もなく乱暴にこじ開けられた。


「ボス! なんだこれ、一体どうなってやがる!?」


血相を変えて飛び込んできたのは、エレナ。


ゲーム内最強の兵器生産ギルドを束ね、AIが構築した未知の材料工学を完璧に使いこなす兵器開発の天才だ。


常に冷静沈着な工学者であるはずの彼女が、今は手元のデバイスを何度も叩き、苛立ちを露わにしている。


「外部センサーの環境定数がデタラメだ! 重力定数は不変だが、大気の分子密度がシミュレーションの想定値と違う。それに、さっき壁を叩いた時の反発係数パラメータがおかしい! どんな変数を食わせたら、こんな不均一な応答になるんだ!?」


「閣下、ご無事ですか!」


続いて入室したのは、ヴォルフ。


アイアン・パレスの全軍事指揮を預かる彼は、未来の戦術教本を脳に刻まれた文字通りの軍事のプロだ。


屈強な肉体を誇る彼でさえ、自身の装備や四肢を動かす際の「違和感」に顔を顰めている。


「兵士たちの間で混乱が起きております。自重バランスや、関節駆動のフィードバック値にエラーが多発していると。まるで……周囲の空間そのものに、計算外の抵抗(粘度)が生じているかのようです。」


さらに魁斗の背後で空間がわずかに歪み、光学迷彩アクティブ・カモフラージュを解除しながら一人の少女が姿を現した。


名を、ハナ。


隠密と暗殺に特化した諜報ユニットのリーダーであり、かつて魁斗に敵対した勢力の首領をことごとく闇に葬ってきた影の功労者だ。


彼女は、換気システムから司令室に流れ込んでくる大気を、鋭く警戒していた。


「主様……光の屈折率が、事前の環境データと一致しません。光学迷彩の演算にラグが生じています。それに……外から、データベースに存在しない『未定義の化学物質(匂い)』が流れ込んできています」


彼らは誰も、現状を正確には理解していなかった。


自分たちが知る「完璧なシミュレーション空間」に、突如として無数のノイズと不均一なデータが溢れ出したことに、AIとしてただ戸惑っていた。


(……サーバーの消滅。不均一な物理応答。環境データの未定義ノイズ。……なるほど、これはバグなどではない)


現実世界リアルのノイズを知っている魁斗だけが、その正体に気づいていた。

我々は、この要塞ごと見知らぬ『現実』へ放り出されたのだと。


魁斗は内心の戦慄を強引に冷やし、冷徹な思考回路を再起動させた。


彼はゆっくりと立ち上がり、玉座の肘掛けに残る、高純度合金の冷たさを確かめる。


「皆さん。取り乱すのはそこまでになさい。非効率ですよ」


魁斗が静かに、しかし鋭く言い放つと、司令室に一瞬の静寂が戻った。


絶対的な主の言葉。それは、彼らの魂に刻まれた唯一の道標だった。


「エレナ、状況を分析しなさい。未知の変数があるなら、それを新たな『仕様』として再定義するだけです。ヴォルフ、全兵士に防衛プロトコルを通達。装備のフィードバックに誤差があるなら、実地で感覚を補正させなさい。……シエル」


「はい、マスター……」


「成層圏監視衛星『天眼』を射出。同時に、偵察ドローン『八咫烏』を全方位へ展開。……私たちが今、どこで、何をしているのか。まずは、それを確かめます。不確定要素に怯えるのは非効率です。現状を『観測』し、論理的に分析するのですよ」


数分後。


メインスクリーンに、ドローンと衛星から送られてきた映像が表示された。


そこにあったのは、見渡す限りの原生林だった。


そして要塞が鎮座する海岸線の先――


そこには、黒煙を上げて進む旧式の蒸気船と、粗末な木造家屋。


実写として投影される、髷をゆい、腰に刀を差した男たちの姿。


「……光がない。東京すら、この程度ですか」


(地形データ、文明レベル、および人々の装束……。どうやら過去の日本、明治初期あたりへ転移したようですね)


(観測データを見る限り、物理法則を逸脱した現象は確認できない。……ここは完全な現実リアルだ)


ならば、自分たちが持つ「理論上の究極技術オーバーテクノロジー」は、この時代において文字通りの「神」に等しい暴力となる。


「シエル。ROE(交戦規定)を策定します。……我々の存在を知る者は、それが誰であれ、まずは『観察』。私たちの計画の障害になると判断した場合は、一切の慈悲なく『排除』しなさい」


魁斗は、三日月の如き笑みを浮かべた。


「野蛮な時代の皆さん。……これから、丁寧な再教育を始めて差し上げます」

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