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いつも笑顔の高木さん

 ……――――緑茶で思い出したんだけどさ。

 お前俺と同じ学校だったよな。国語表現の高木って先生いたの覚えてる?

 俺等が2年の時に赴任してきた……ほら5組の担任だったやつ、そうそうあの眼鏡の。


 いっつもニコニコしててさ。

 朝早くから用務員さんと一緒に校舎掃除してて……んで夜遅くまで残ってまた掃除して帰ってた、あの高木だよ。


 あー、そう「御仏さん」。5組のやつらそう呼んでたな。


 ――――いやマジで全く怒らないんだって。


 いや今日び怒鳴ったりしたらすぐ炎上するじゃんか。動画撮ったり録音したりすぐSNSにあげて吊るし上げるじゃん、いや知らんけど。


 それにしてもやべぇことやったらさあ、強めに叱るもんだろ?

 あの人本当に叱らないんだよ。

 授業中寝てても起こさないし、宿題遅れても注意だけだし、タメ口きいても、誂われても全然怒らない。


 やる気がねえわけじゃなかったと思うぜ。

 俺さー、一回授業サボったことあるんだけどね。

 部活の後輩と揉めてさー、家でとーちゃんと喧嘩してさ、おまけに小テストで赤点とってもうなんかなんにも上手く行かねえ時期があったのよ。


 2限目だっけ、3限目だっけ……渡り廊下をぼんやりトボトボ歩いてたら……丁度授業なかったんだろうな、正面から高木がこっちむかって歩いてきて。

 何も言わずに生徒指導室までしょっぴって茶ぁ淹れてくれたんだよね。


 慌てる俺の言い訳にうんうんって頷きながら緑茶淹れてさ。

 困ったように眉をひそめて、でもニコニコした笑みは崩さないままじーっと話聞いてくれたわけよ。

 結局その時間だけ休んで次の授業には出たんだけど、帰り際に「またいらっしゃい」って言ってくれたんだよね。


 まあ、行かなかったんだけど。

 今思い出してもあれは嬉しかったなあ……まあ、そんな感じで寄り添ってくれる分には真面目な人だったと思うよ。


 で、話戻るけどよ。

 そんな感じで穏やかな人だからさー、うちの学校荒れてるってほどじゃなかったけど素行悪いやつもちらほら居たじゃん?

 悪いって程じゃねえな……――――うーん、”知り合いに素行が悪いやつがいる明るい陽キャ”?みたいな……そうそう、日吉とか中谷とかそんなの!


 うちに来る前に居た、島の高校はうちの比じゃないくらい荒れてたみたいだぜ。未だに族がいるとかなんとかでさ、……――――そこに秋辺ってやつがいたんだよ。

 体育の授業で野次とばしたり茶々入れたりした典型的な”それ”だった先輩。

 そいつは兄貴の先輩に半グレになったやつがいるとか言ってイキってた。


 あいつ等のグループが高木に目ぇ付けたんだよ。


 動機とか大それたもんなかったと思うぜ。

 暇つぶしとかそんなんだよ。

 その高校、田舎のど真ん中だった。

 周囲山と八朔畑しか無いような……島だったから娯楽施設も全部本土。

 遊びに行くなんてそれこそ車持った身内が居ないとほぼほぼ詰むような場所だ。


 それこそあいつらのグループも島の山ん中バイクで走り回るしか暇を潰す方法なかったんだと思うぜ。

 そのバイクも生徒指導にバレて禁止されて鬱憤溜まってたんだ。

 でも生徒指導の吉見は筋肉隆々の強面だったらしい……――――知ってんの?へーそんな身近に。実際に怖ぇよな、身内に警察もいたらしいじゃん。まあ、憂さを晴らす相手にするには分が悪かった。


 ってんで、狙われたのが高木だった。

 高木は当時秋辺の担任で庇いもしなかったけど責めもしなかった。

 バイクの免許取ること自体は校則違反でもなかったし、音がでかいってだけで事故起こしたわけでもなかった。


 高木はいつもみたいにニコニコ微笑んでまあまあって仲裁に入った。

 ――――その態度が気に食わなかったのかも知れねえな。



「高木が怒る所みたことねえよな、――――じゃあ怒らせてみようぜ」



 その日から高木に対して”嫌がらせ”が始まった。

 最初は授業中に野次飛ばしたり、急いでる所にわざと意味もなく声かけて足止めたり、シャーペン借りて返さなかったりとか些細なもんだった。

 でも高木も怒らないしどんなに誂われてもニコニコしてるからどんどん過激になっていった。


 階段で足掛けたり、こっそり蹴り飛ばしたり、コラ画像や本土で売春してるとか家では暴君で幼児の娘殴ったりとか噂流したり、SNSや街BBSであること無いこと書き込んだり、その兄貴の先輩の知り合いとやらの半グレに住所電話番号……奥さんのまで晒したりさ。

 ロッカーに侵入して金盗んだり、姪が中学生だったってんでわざわざ本土まで行って絡んだり、家に押しかけて長居したり、奥さんに手ぇ出そうとしたり……――――いやこれも秋辺が自慢げに話してたってだけで本当は何処までやったか俺も知らねえんだけどさ。


 過剰ないじめを繰り返すようになった。


 でも、高木全然怒らねえんだよ。


 誂われる度にニコニコ笑って「しょうがないなあ」で済ますんだ。

 あんまりにも酷いから他の教師が怒って2,3日の停学処分になった事もあった。

 それでも高木の態度は全く変わらなかったんだとよ。


 冬頃だったな。

 高木は鞄の中に酒と女子生徒の肌の画像仕込まれて懲戒処分食らっちまった。

 それでも高木は一切怒らなかった。責めもしなかった。

 秋辺の日頃の行いは目に余るもんがあったから、処分受けてすぐに高木の疑いは晴れた。――――で、戻るわけにも行かず翌年から本土に飛ばされてうちの高校に来たってわけ。




 それである日、公園で秋辺と仲間たちが夜中に酒盛りやってたらしい。

 仲良しの先輩の半グレも呼んでどんちゃん騒ぎ。山の麓の公園だから人っ子一人寄りつかねえ、”たまり場”ってやつ。




 ――――そこにさ、ぶらっと高木が現れたんだと。


 高木は「こんばんは、なるべく早く家に帰るんだぞ」って現役の時と何一つ変わらないまま話しかけてきた。


 ――――ちょっと……というか流石に異様に思えたんだろうな。


 秋辺が胸倉掴んで脅したんだってよ。


 殴って蹴り入れて。

 でも高木はヘラヘラしたまま「よし、よし元気そうでよかった」って笑うんだとよ。

 流石に秋辺も怖くなってきた。

 手を緩めると、話を聞かされていた半グレの先輩が加勢に入った。



 顔見られちまってるからにはタダで帰すわけにも行かなかった。

 徹底的に脅して黙らせる必要があった。


 深夜の公園でボカスカやってる最中に車が一台やってきた。


 中から出てきた奴に一同度肝抜かれたそうだぜ。


 運転席から背の高い真っ白な髪をして、全身にもんもん入れた顔がいいあんちゃんが降りてきた。


 雰囲気が違った。

 本職の筋モンに見えた。


 シマで騒いで馬鹿やってるのを見かねたのか、たまたま通りがかっただけなのか。


 半グレの先輩が大慌てで頭を下げて「お疲れ様です!」って挨拶して、他の連中もソレに習って頭を下げた。

 ――――これは後から聞いた話なんだけど、その白髪の兄ちゃんはヤクザでもなんでもなかった、ただ怖い見た目しただけのカタギだったらしい……――――まあ、でも当時の秋辺達はそんな見分けなんかつくわけ無いし、その兄ちゃん2m近くあったってんで怯えちまったんだろな。


 半グレって言っても田舎のヤンキー上がり、小心者のカスしかいねえ。

 秋辺も度を超えちまったってだけでギリギリならず者にもなってなかったしな。


 当の兄ちゃんはカタギだからきょとんとして首傾げちまったそうだ。

 その様子を見た高木の顔……殴られてパンパンに腫れ上がってそれでもニコニコ笑ったままの高木の表情から一切の笑みが消えた。



「なに見てんだ、見せもんじゃないぞ。」



 一瞬、誰の声かわからなかったんだってよ。白髪の兄ちゃんの声かと思ったんだって。

 低くドスの聞いた声色で、高木がその兄ちゃんを睨みつけながら言うんだ。


「こんな夜中に何ほっつき歩いてる?」


 白髪の兄ちゃんは普段誰も居ないはずの公園から声がするから不審に思って立ち寄ったらしい。

 その旨を伝えると、高木はまっすぐ立ち上がって兄ちゃんを見据えるんだ。


 見たこと無いような冷たい視線と、心の底から見にくいものを見るかのような軽蔑を浮かべてたらしい。



 そこからもう、白髪の兄ちゃんに説教の嵐よ。



 受験生の自覚が足りないから始まって、不審な声を気にかけた事は良しとして、ソレに伴う危険性と警察に連絡しない胆略さ、話は脱線を重ねて最終的によくわからない環境破壊や動物愛護にわたって延々と怒鳴り続けた。


 兄ちゃんは軽く流しながら時折相槌をうって平然としてた。


 驚いたのは秋辺一味だよ。


 どれだけ自分たちが酷いことをしても、絶対に怒らなかった高木が強面のヤクザ相手にド説教かますんだぜ?

 しかも自分たちが痛めつけた後にだよ?立てないほどじゃあなかったにせよ、そこそこ酷い怪我だったって噂じゃ聞いたし。



 ――――秋辺はなんだか怖くなった。



 目の前にいるのが、本当にあの高木なのか。

 何をしても怒らなかった、御仏の高木なのか。

 つり上がった目で見下して延々筋モンを怒鳴りつける高木の姿。


 一通り怒鳴り終えると、高木はふーっと息を吐いてくるりと秋辺たちに向き直った。



 そして、いつものようにニッコリと笑って



「親が心配するから、早く帰りなさい」



 って言うんだ。



 高木はそのまま怪我などしてないかのように軽々と白髪の男の車に乗り込んで、一緒に帰ってしまった。


 しばらく、一同唖然としてたよ。


 呆気にとられて動けなかった。



 その後、秋辺はなんやかんや問題起こして退学になったよ。

 この間バイトで一緒になって、俺の高校の話……――――高木の名前聞いてこの話を語ったんだ。



 俺が在学中は変わらずニコニコ笑ってた話すと、秋辺は暗い顔してさ。


 言うんだよ。




 ――――高木は、本当はあの怒鳴り散らした方が本性なんじゃないかって。



 秋辺のヤツ神妙な顔して言うからさ、どうしても忘れられなくて……







 ――――俺さこの間な、高木に会ったんだよ。百貨店のレストランでバイトしてたら偶然家族で食べきて出くわしてさ。


 卒業以来だな、元気かって?にっこにこしながら話しかけてきて。

 それで、気になって噂で聞いたんですけど~って探り入れて。

 奥さんが嫌そーな顔してたけど、今しかないって思って聞いてみたんだ。

 

 


「先生っていつもニコニコしてるけど、本当はずっと怒ってましたか?」


 

 ――――って。


 なんで、あの白髪の兄ちゃんだけあんなに説教食らわしたのか、俺も意味わかんなくて怖くなってさ。



 仏の顔も三度までって言うけど、……――――でも三度も四度も怒らせたわけじゃん。先生の内弁慶にしてはやりすぎな気がして……――――秋辺達に対して今の今まで一回も訴えたりしてないって。それ聞いたらさらに怖くなって。


 俺は一度サボった所を拾って話しただけだけど、あの時と全く様子が違わないとしたら……もしかして俺にも結構おかんむりだったとか。そう考えだしたら止まらなくなった……――――



 そしたらさ、先生。

 貼り付けたお面みたいにさ。

 ニッコニコ笑って、まったく表情変えずに答えんのよ。





「まさか、人のやる事に目くじら立てたりしないよ。」






 ――――あの日の生徒指導室で茶を淹れてくれた時と全く同じ笑顔で。



 



 だから俺、緑茶を飲むとちょっと怖くなるんだよな。

 今もニコニコ笑ってんだろうなあ。あの人。



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