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シャブ捨て山

 ◯◯市の山に、地元民からシャブ捨て山と呼ばれる山がある。


 ツイタチ信仰が盛んなある集落の堺に位置する。

 山は頂上に廃病院があり、南に向けて独居老人が住まう住宅が数件点在するが、反対側の裏山はひたすら山林が広がっている。

 朝方移動スーパーが廃病院の駐車場に来て、昼にヘルパーが近辺に住む老人の介護にやってくる以外、この山に足を運ぶものは少ない。

 数年前に廃墟マニアが訪れて野犬に追い回され怪我をしたニュースが地方紙で小さく取り上げられて以来、話題にすらならない。

 本来、本当になにもない場所である。


 廃病院の裏山の奥に死にそうなシャブ中を置き去りにするようになったという。

 県内に蔓延る暴力団が夜な夜な裏山に訪れては、搾り取れるものがなくなった廃人や、足がつきそうな口が軽いもの、シャブ漬けになって使い物にならなくなった下っ端、気に入らない半グレを山に捨てに来るという噂が、平成の始め頃から◯◯市の若者を中心に都市伝説のように広まっていった。



 最低限の食料と水だけを与えて放置すると、シャブ中たちはなけなしの体力を振り絞り寂れた住宅地に降りてくる。


 住宅地に住まう老人はみな、熱心なツイタチ信仰の信者である。

 信者を目印に山から降りてくる御使いが、息も絶え絶えに放浪するシャブ中を見つけると跡形もなく食べてしまうのだそうだ。

 謝れば助かることなど知らないシャブ中は、逃げ切る体力もなく、なすすべもなく御使いに食われる。


 老人たちは助けようとしているそうだが、いかんせんみな耄碌としているのと、救急車を呼んでも住宅にたどり着くまで数十分はかかるそうで、その間にぺろりと食われてしまうらしい。

 ヤクザも人気を避けてやってくるので、日中老人たちを心配し見回りに来るヘルパーや親族に遭遇することもないのだという。

 シャブ中を運ぶ運搬役も巻き込まれた御使いに食われても良いような捨てても良い人材を採用しているらしく、最近では闇バイトで募集した身寄りのない若者を使うそうで、一切後腐れはないのだそうだ。


 令和に入り住んでいた老人が次々に死にゆくと、噂はますます広がっていった。


「シャブ捨て山に近づくな」


 子どもが親に注意するように、素行の悪い学生が後輩に噂を流布するようになった。

 ただでさえ野犬の群れが跋扈する山である。

 拉致った女が使い物にならなくなったら捨てていく。

 誘拐した子どもの手足を埋めにっている。

 半グレがうっかり殺してしまった遺体を埋めに来る。

 死にたくなったシャブ中が最期に自ら山に入るなど、治安の悪い噂が流れている。

 シャブ捨て山に近づくな、シャブ中にされるぞ。

 山中は常にシンナーと大麻と嘔吐物、そして風呂に入らぬもの特有のすえた匂いが混じり合って常に悪臭が漂い、シャブ中の呻き声が響き渡っている地獄絵図なのだという。



「あ、それ作り話だよ。」


 あっけらかんと彼氏は答えた。

「あの辺一帯獣害対策課の人ちゃんたちが毎日巡回しょうるのに、畜生はおろか反社なんて訪れるはずなかろう。あの辺はここより治安は良いよ。」

 あっさりと噂を否定され心底ホッとため息を付いた。

 もしその話が本当ならばツイタチ信仰の因習が、ならずものに完全に利用されている事になる。

 兄が知れば大喜びで飛びつくに違いない。

 私の知らない所で、もうすでに似たようなことをしているのかも知れないが。


「人って似たような話を作るのが好きじゃろ?お前が読んどる風土記も大半が作り話じゃ。ま、山に入ったら危ないけ、注意喚起に創作が必要なんかもしれんねえ。」


 神や災害から人を守るために作られる土着信仰は、こういう形で現代も作られ続けているのか。


「でも廃病院ってのはオカルト好きとしては惹かれるね。こんどみんなに声かけて肝試しに行こうよ。」

 セミが最期の力を振り絞って叫んでいる。

 こだまする愛の絶叫に、彼は煩わしそうに頭を振りながら顔をしかめて答える。


「やめとけ。あそこは出るから。」

「ヤクザやシャブ中はいないんでしょう?」

「幽霊が。」

「あ、そっち?」


 普段自身を神だとのたまい、物の怪の類や他の神々を大いに見下す男だが、幽霊はどうも苦手らしい。

 怖いと言うよりは、どう扱っていいものか悩んでいるようだった。


「俺等は不浄を嫌うけど、何ぁ故か人ちゃんの成れの果ては不浄な場所を好んで集まるからねえ……――――可哀想なあの子らを見ると、ついなんとかしてしまう。そうするとあまりよくないんだって。」

「晦くんは人間を助けたいのに、ままならないことが多いんだね。」

「そうなんよ。」

 彼は寂しげにと肩を落とす。


「シャブが禁止されてから、捨てに来るやつもいなくなったのに。」


 いつまでも縛り付けられて……


 後日、渋る彼を説得し村の仲が良い若者たち数人で例の廃病院に行き肝試しをした。


 当然シャブ中も幽霊も何も出なかったが、彼だけが、ごめん、ごめんと謝りながら、なにもない虚空を大きな手で優しく撫でていた。



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