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「また、ってなんだよ。暇だったから立ち寄っただけだっつの。……ん? 誰だ、お前?」


 黄金色の瞳が鋭く光り、まるで害虫でも見たかのような目つきで、彼――ライアンという少年がこちらを睨んだ。


(この顔……見覚えがある)


 胸の奥がざわりと騒ぐ。


「はじめまして。公爵家の令嬢リネット・テイラーと申します。この度、ルーク様と婚約関係を結ばせていただきました」

「ああ、お前が例の……王家の親族、ライアン・ホワイトだ」


 やっぱり。間違いない。


 ――ライアン・ホワイト。『オリビア・ストーリア』に登場する攻略対象のひとりだ。


 その名の通り、ルーク様と同じ“ホワイト”姓を持つ彼は、現国王の弟の息子――つまり、ルーク様の従兄だ。

 口は悪いが根は優しく、誰よりも努力家な彼は、幼い頃より厳しい王族たる教育を受け、素晴らしい青年へと成長する。そして彼は、どのルートでも新たな国王となり、国を豊かに導いていく存在だった。


 中でもプレイヤーの心を強く打ったのは――ルーク様を処刑する、あの断罪スチル。

 涙を浮かべながら、それでも国を背負う者として決断を下すその姿に、多くのプレイヤーの心を打った。


 ……でも、ひとつだけ疑問がある。

 ゲーム本編では、ライアン様とルーク様の接点がまったく描かれていなかった。回想ですら、一度も。

 だから今、こうして彼がルーク様の部屋に現れたことに、私は驚いていた。


「あー、頭上げていいぞ。お前堅苦しいな」


 ゲーム通り、口の悪さは幼い頃から健在らしい。

 ちょっとカチンときたけど、相手は子ども。ここは大人な私が大人な対応をしないと――


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


 ぎこちない笑みを浮かべながら頭を上げると、ライアン様はゴミの山を躊躇なくかき分け、すいすいと奥へ進んでくる。

 このゴミ山に躓くことなく、奥までたどり着けるところを見ると、かなりの頻度でここに来ているのかもしれない。


「ライアンが来たから……話し、長くなるかも……リネット様、座ってください……」

「あら。ありがとうございます、ルーク様。それでは――」

「おい、リネット。どけ」


 ……は?


 急な呼び捨てに、あまりにも無礼な態度。

 思わず生意気な口を引っ張るところだった。


(危ない、危ない)


 腐っても相手は王族だ。例え目の前で座ろうとしているレディがいても、王族の彼にとっては関係ないのだ。


「はい、分かりました」


 そう返して席を立とうとした――そのとき。


「ライアン……! ぼくの席に座、って!」


 ルーク様が自ら席を譲ろうとした。


「リ、リネット……様は、座って……ください」

「おい、ルーク。お前は王子なんだぞ? 譲らなくていいだろ!」

「でも、リネット様は……女の子、だよ……?」

「男とか女とか関係ねぇよ! ほら、ルークは座れ!」

「……やだ。リネット様は、座ってほしい……」


 こんなにはっきりと自己主張するルーク様を見るのは初めてだ。

 しかもその理由が“私のため”だなんて。

 彼の優しさに触れるたび思う、なぜ他の人達は彼の優しさに気が付かないのだろう。


(……あれ?)


 ――ふと感じた違和感。


「じゃあ……ライアン、一緒に座ろうよ」

「……っち、仕方ねぇな」


 結局ふたりは、ひとつの椅子に無理やり並んで座ることになった。

 しかし互いに、体の半分がはみ出している。その光景は端から見るとなかなかに面白い。


「ルーク……お前臭うぞ。最後に湯浴みしたのはいつだ?」

「えっと……たぶ、ん……一週間、十日ぐらい前、かな……」

「はぁ!? いくら水嫌いでもサボりすぎだろ!」

「あ……えっ、と……」


(……やっぱり、そうだ)


 感じていた違和感の正体。

 それは――ライアン様が、ルーク様を毛嫌いしていないということ。

 むしろ、普通に接している。少なくとも、城の誰よりも。


 ――もしかして、彼はルーク様の優しさに気づいてるのかもしれない。


「ルーク様は今からお湯浴み予定だったんですよ」

「ああ、そうだったのか」

「ですが、困ったことがありまして……」

「困ったこと?」

「ルーク様を洗ってくださる方が、いないのです」

「……は? そんなの、そこらの侍女に――」


 そこでライアン様は、はたと口をつぐむ。

 そう。本来なら侍女の役目だが、誰ひとりとしてルーク様に近づこうとしない。

 それを察したのだろう。ライアン様は視線をそらし、気まずそうに唇を噛んだ。


「……じゃあどうするんだよ。ルーク、お前ひとりで洗えるのか?」

「……………………たぶん」

「無理。顔がもう“ムリ”って言ってる」

「そ、そんなこと……」

「ええ、お顔が“助けて”って叫んでいますもの」

「リ、リネット様まで……!」

「誰か使い慣れた方が一緒に入ってくださればいいのですが――あっ」


(あらあら、まぁまぁ。いらっしゃるじゃないですか、ここに最適な方が)


 頬がにやけそうになるのを押さえていると、それを見たライアン様の額に、一筋の汗が伝う。


「あら、ライアン様。暑いのですか? せっかくですし、ご一緒に湯浴みなどいかがです?」

「……お前、まさか」

「ライアン様なら、一番使い勝手をご存知でしょう?」


 両手を合わせ、「なんて名案!」と白々しくにっこり。

 棒読みすぎる演技に気がついていないのか、嬉しくて気にする余裕もないのか、ルーク様も嬉しそうに体をそわそわとさせていた。


「ラ、ライアンと一緒に入れるの……!?」

「は!? いや、俺は……くっ……し、仕方ねぇな……」


 ルーク様の無邪気な喜びに、ライアン様はついに観念したようだった。

 その様子を見て、私はご満悦で微笑む。


「とんだ策士だな、この女狐」

「あらあら、なんのことでしょう?」


 くるりとスカートを翻し、鼻歌を歌いながら、私は湯浴みの支度のために浴室へ向かった。

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