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「よーし! そうと決まりましたら、まずは身だしなみとお掃除ですわ!」


 リボンをきゅっと結び直し、両手を腰に当て仁王立ち。


「再度お伺いしますが、私がルーク様の私物に触れるのは問題ございませんか?」

「は……はい……」

「ありがとうございます! それではまず初めに――」


 勢いよく重たいカーテンを開け放つと、たっぷりと眠っていた部屋に、朝の光が一気に流れ込む。

 空気が揺れ、ほこりが舞い上がり、光の粒となってキラキラ踊る。

 その光景は、まるでこの部屋も目を覚ましたようだった。


「ふふ、良いお天気ですね!」

「………っ……はいっ」


 久しぶりに浴びた太陽に目を細めながら、ルーク様が小さく笑った。

 太陽の光なんて忘れていたかのような表情。

 それが、ほんの少しだけでも彼の中に“変化”が芽生えた証に思えて、私の心はあたたかくなった。


 ――でも、それも束の間。


(……………嘘、でしょう?)


 光が教えた“部屋の全貌”を見たとき、私は思わず息を呑んだ。

 ほこりの塊、着古した服の山、黄ばんだシーツ、元の色が分からない家具、あちらこちらに散らばった本。


 そして――、部屋の片隅にうずたかく積まれたゴミの山。

 それは、数日のボイコットでできるレベルではなかった。

 明らかに、もっと長い年月の“放置”の結果だ。


「えっと、あの山は……?」

「……せめて、まとめようとは……思って、たんですけど……」


 部屋に入ったときからずっと感じていた臭いの正体。

 それは、申し訳ないと言わんばかりに隅にまとめられたゴミの山だった。


 ――カサカサッ


「ひぃっ!!」


 思わず後退りする。

 聞き覚えのある、その音に思わず叫びたくなったが、なんとか声をぐっと飲み込んだ。


「だ、大丈夫、ですよ……ただの、虫ですから……」


 いやいやいや、“ただの”じゃありませんから!!

 涙目で堪えながら、ゴミ山を睨む。

 前世でも苦手だった“あの黒いもの”とまた出会うはめになるとは……


「き、気を取り直して……まずはお部屋の全体を確認いたしますわ!」


 心を落ち着かせるために深呼吸し、私は改めて室内を見渡した。

 扉が二つ。その奥にも部屋があるようだ。


「ええっと……こちらの扉、開けても?」

「片方は……大丈夫……です」


 (……もう片方は?)


 気になる言い回しだが、まずは安全とされる扉を開ける。


「まぁ……!」


 大理石の床に、立派な浴槽。

 人が入った形跡が感じられないほど綺麗なバスルームがそこにはあった。

 更に奥にも扉があるが……おそらくトイレだろう。


「ここ、だけは……ずっと……掃除してもらってて……」


 ――感染症対策、でしょうか。

 さすがに王子様を完全放置するわけにはいきませんからね。


「毎日ですか?」

「えっと……最後は、四日、前……?」


 がくっと肩を落とす。

 確かにメイド達はここ数日ボイコットしてると言ってた。

 それでも、綺麗すぎるその場所は普段からルークが使っていないことが伺える。

 きっと、お風呂の入り方や洗い方もろくに教わっていないのだろう。

 他にも気になることはあるが、一先ず口を濁らせたもう一つの扉の正体を判明させることにした。


「こちら、開けても……?」

「えっと……たぶん……大丈夫……ですけど……」


(たぶん……?)


 やけに歯切れの悪い返答が気になりつつも、緊張しながらそっと扉を開ける――しかし、そこは綺麗に整えられたキッチンだった。

 床にすら一切のほこりもない。完璧に整えられている。

 正直、拍子抜けだ。なぜ、彼はここまで口ごもらせていたのだろうか?


「全然綺麗ですわよ?」

「いえ……その……冷蔵庫が……」


 ルーク様の視線の先。そこには巨大な業務用冷蔵庫が佇んでいた。

 冷蔵庫に何か問題があるのだろうか? 隠し持ったお菓子がある、とか?

 ……いや、きっとそんな可愛いものじゃないのだろう。


(……嫌な予感がする)


 意を決して扉を開けた、その瞬間――


「うっっ……!!」


 鼻腔をつんざく異臭と、形容し難い色彩が私を襲う。

 反射的に扉を閉め、その場にうずくまった。


「これは……一刻も早く処分しなければいけませんね……」

「ご、ごめんなさい……っ」

「ああ、謝らないでください! 侍女が職務放棄した結果ですもの!」

「でも……あれ、元は……シェフが作ってくれた、ご飯で……ぼく、苦手で……食べられなくて……」


 ポツリとこぼれたその言葉に、私は一瞬、返す言葉を失った。


「………っ」


 ――この子は、ただ放っておかれたんじゃない。「助けて」すら言えないまま、見捨てられたんだ。


 拳を力強く握り、怒りを鎮める。


「まぁ、好き嫌いは良くはありませんわね……徐々に食べれる食材を増やしていきましょう!」

「は、い……」


 それにしても――これは、想像以上だった。

 ここまで荒れ果てた部屋を、子供ふたりで掃除するなんて正直無謀だ。

 それでも、誰かに頼れるわけじゃない。

 だったら、まずはやるべきことからやるだけだ。


「ルーク様、まずは……綺麗になりましょう!」

「えっ、……い、今ですかっ?」

「ええ! 心も身体もすっきりしましょう。私が洗って差し上げますわ!」

「え……は、はい……っ!?」


 手を取って浴室へ向かおうとしたとき、ルーク様が固まった。

 見ると、顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。


「どうかなさいました?」

「……湯浴みって……服、脱ぎます、よね……?」


 そう言うと、もじもじと足元を見つめながら、小さくつぶやいた。


「身体を洗いますので、そうですね」

「リネット様は……?」

「ああ、ご安心を! 私は服を着て補助いたしますわ!」

「でも、ぼく……は……あ、の…………恥ずか、しい……です……」


 ――あっ


(そうだ……私たち、同い年だった)


 彼の表情を見て、はっとした。

 私は無意識に“弟”を扱うように接していた。

 でも、ルーク様は十ニ歳の“男の子”。

 羞恥心だってある。当たり前の感情だ。


 そもそも異性に向かって「洗ってあげます」だなんて……!

 今更ながら、自分の浅はかさな行動が恥ずかしい。


「す、すみません! 私……配慮が足りませんでした!」

「い、いえ! ぼくこそ、ごめんなさい!」


 二人して顔を赤らめながら、しどろもどろになる。


「おひとりで、入れそうですか?」

「………………たぶん……」


 その沈黙がすべてを物語っていた。

 しかし、放置されて体は汚れきっているし、次入れるのはいつになることか……

 肌着を着て入ってもらう? いやいや、それはそれで問題だ。誰かに見られでもしたら、変態婚約者の誕生である。


(どうしよう……どうする……?)


 ――万策尽きた。

 いくら考えても名案が浮かばない。

 意を決し、禁断の肌着案を口に出そうとした――その時。


「ルーク様、あの――」


 バタンッ!


 大きな音が、私の声をかき消す。

 驚いて振り向くと、閉まっていたはずの扉が開いており、そこには――


「おい、ルークいるか?」


 青みがかった白髪に黒いメッシュ、鋭く上がった黄金の瞳。

 整った顔立ちに、気品ある服装。容姿も態度も一目で“只者ではない”と分かる少年。

 急に現れた彼は顔をしかめ、鼻をひくつかせながら言った。


「……っ! 相変わらず臭うな、この部屋……」


 その姿を見て、眉を顰めたルーク様が小さくつぶやく。


「また来たの……? ライアン……」

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