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国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした  作者: 玖坂
第三章:翳りの庭に、ひかりの雨が降りそそぐ

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閑話

「……ふう」


 ルークたちと別れ、廊下の角をひとつ曲がったところで、俺は壁に背を預けた。冷えた石が背に沁みる。

 肺の奥の熱を吐き出すみたいに、長く息をつく。


(……夢じゃ、なかったのか――!)


 脳裏に、毒から覚めた直後の光景が鮮やかに戻る。

 腕の中でリネットが息をのんだときの、微かな震え。

 普段は背筋をぴんと伸ばし、言葉も所作も鎧みたいに隙のないくせに――抱きしめてみれば驚くほど細くて、やわらかくて。

 ああ、ちゃんと“女の子”なんだ――そう思った瞬間、情けないくらい胸がいっぱいになった。


 毒にやられていたはずの頭が、そこだけやけに冴えて――


「お、俺……ほ、頬に……キ……」


 キスを、してしまった。


 毒にうなされている間、ずっと後悔していた。彼女のそばを離れたことを――


 もう二度と会えないのではないか。

 俺の前から消えていなくなってしまうのではないか。

 そう考えたら、不安で苦しくて――気づけば、目の前のリネットを抱きしめていた。


 距離を置いたあとだったぶん、余計に恋しかった。

 夢なのに、腕の中はあまりに温かくて。

 花のような香りが愛おしくて。

 感情が、抑えられなかった。


 だけど、だからって――


「混濁していたからとはいえ、キスはどうかと思います」

「うおっ!? ノ、ノア。お前、いつからそこに!?」


 視線を上げると、曲がり角の陰からノアがすっと現れた。

 相変わらず俺にはぶっきらぼうに話すその姿は、リネットの前との落差に、苦笑いが出る。


「“耳まで真っ赤な”病み上がりを、一人で部屋に返すのは心配ですからね。……まあ、お姉様もルーク殿下も、そのことには気がついていないようなので、安心してください」


 心臓がひとつ跳ね、次いで大きく息を吐く。

 隠したつもりでも、こいつにはとうにバレてるのだろう。俺の気持ちに――


「……あいつらには、言うなよ」

「言いませんよ。わざわざお姉様の気を貴方に向ける必要はありませんから」

「……お前も、好きなんだよな」


 その問いに、ノアは当然と言うように鼻で笑う。

 弟という肩書で隣に立ちながら、こいつは明らかにリネットに好意を抱いている。

 そしてそれを隠す気なんか、最初からない。


「……婚約者がいるのに、よくやるな」

「甘いですね、ライアン様。まだ、ただの婚約者です」

「……は?」

「お気づきではないですか。二人の“恋愛に鈍い”ところに。距離は近いのに、心の形をまだ言葉にできていない。信頼と敬意と“家族”に似た温度の中で、立ち止まっていることに」


 確かに、奴らは恋人と呼ぶには遠い。

 けれど友達なんて軽さでもない。

 互いに背を預け合える――そんな関係だ。


「お姉様の気持ちを、こちらに傾けるよう努力すれば、いつでも挽回はできます」

「……お前、弟じゃねぇのかよ」

「俺は養子です。それに、法的な手続きはまだ終えていません。婿養子として公爵家に入る道も、理屈の上ではありますよ――俺は、絶対に諦めない」


 その瞳の奥には、決意の炎が宿っていた。

 けれど、諦めたくないのは……俺も同じだ。


「……んじゃあ、俺も頑張らねぇとな」

「ふふ、敵に塩を送ってしまいましたね。負けませんよ、ライアン様」

「上等だ」


 言葉にしてみると、腹の底が静かに熱くなる。

 ノアが肩をすくめ、少しだけ口端を上げた。


「それと、もう一人。気をつけるべきはルーク殿下です。お姉様の魅力に彼が“気づいた”瞬間――彼は多分、俺以上に危ない」

「自分がやべぇ奴ってのは自覚してんだな。……まあ、そこは100%同意だ」


 互いに短く笑い、壁から背を離す。


 今はまだ、友人の一人で構わない。

 ――いつか、あの笑顔を俺だけに向けさせてみせる。

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