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国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした  作者: 玖坂
第三章:翳りの庭に、ひかりの雨が降りそそぐ

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「ルーク様! 良かった、ご無事だったんですね!」

「はい、リネット様もご無事そうでなによりです! それに、ノアも来てくれたんですね!」

「はい。俺にも、お二人の力にならせてください」


 それぞれ必要な材料を揃えたら、ルーク様の部屋に集まることになっていた。

 彼のキッチンには薬を調合できる器材と広さ。そして以前はなかった清潔感が十分に保たれていたからだ。

 こうして安心できる環境を整えてくれたのもライアン様だった。


「それでは、さっそく始めましょうか」


 私たちは役割を分け、すぐに調合に取り掛かった。


「マリアアザミは葉と種を使います。用意したタイムなどの薬草を混ぜて……」


 薬草の知識に長けたルーク様が、主導して細やかに手を動かす。


「こちらを煮立てるんですね」


 手先の器用なノアが、火加減を見ながらその補助をした。


「はい、強火は厳禁です。小さな火で、ゆっくり……」


 私は机の上の資料を読み上げ、サポートに徹する。

 ふたりが作り上げた液体を慎重に濾すと、掌に収まるほどの少量が瓶に落ちていく。


「うん、いい色です! 次はここに蜂蜜を三滴、ゆっくりと落としてください」


 ノアが丁寧に小瓶を傾ける。その手つきは迷いがなく、淡い黄金色の液がぽたり、ぽたりと落ちていく。

 私は横で資料を追いながら、声に出して確認した。


「次は……蒸留ワインを加え、弱火で二十回かき混ぜる、と書かれています」

「分かりました」


 ルーク様が真剣な面持ちで杓文字を握り、一定の速度で回していく。

 そして液剤が透明になり、完成のはず――だった。


「……おかしい。濁っている……」


 瓶の中で、液体は透明になるどころか白く曇っていた。

 それは、失敗を意味していた。


「だ、大丈夫です! まだ時間も材料もあります。もう一度、最初からやってみましょう」


 再度、資料を隅から隅まで読み返す。

 抜けてる手順はないか、用量は、火の強さは、煮込む時間は――

 私はページをめくりながら、喉の奥が乾くのを感じながらも、成功の糸口を何度も何度も探す。


 しかし、結果は同じだった。

 二回目も、その次も、またその次も……何度作り直しても、薬剤は透明にならなかった。


「……これで、残りのマリアアザミは……」

「……あと、二回分です」


 一体何が悪いのか。

 焦る気持ちから、私の指がわずかに震え、資料を持つ手に力がこもった。

 残り二回……もしその二回とも失敗してしまったら、ライアン様を救うことができなかったら……そんな最悪な事態ばかり考えてしまう。

  沈黙の中、ノアがぽつりと呟いた。


「……いっそ、お姉様が作ってみるのはいかがでしょうか?」

「えっ……わ、私が? お二人も私の不器用さ、ご存知でしょう……私なんかがやったら……」

「いや、ノア様の言うとおりです。もしかしたら、僕たちにはない感覚が必要なのかもしれません!」


 ノアの言葉に、ルーク様も強くうなずいた。


「え……えぇ……」


 情けない声が出る。

 そんな戸惑う私にお構いなしに、二人は真剣な視線が見つめていた。


「……わかりました。やるだけ、やってみます」


 拳を握り、意を決する。ふたりが小さく拍手を送るのが見えた。

 半ば勢いに押された形だったが、私の手順を見ることで気づくことがあるかもしれない。

 淡い期待を込めて、私は調合を始めた。


「ええっと……先ずは、葉と種を刻んで……」

「リ、リネット様! 葉を抑える手は丸めたほうがいいですよ」

「それに、お姉様。包丁ですが下から持つのではなく上からの方が良いかと……」

「くっ……」


 昔、家庭科の授業でも同じような注意をされた記憶が思い返される。

 むしろ、なぜ二人ともそんなに簡単に刃物を扱えるのか。

 ノアは昔の生活で料理やナイフを扱うことはあるだろ。

 しかし、初めて扱うルーク様ですら使うのが上手なのか、コツがあるなら教えてほしいぐらいだ。


「リネット様、テーブルマナーは完璧なのに包丁は持ち方は、その……独特ですね」

「ですが、それもまた可愛らしいですよ、お姉様」

「うん、確かに!」

「何も嬉しくありませんわ!」


 茶化す二人をいなして、調合に戻る。

 慎重に、丁寧にを心掛けるが手の震えのせいか、抽出した液は飛び散り、蜂蜜も抽出液を入れた瓶の縁を辿るように流れていく。

 そんな私の姿を見て、二人の顔にも「これは駄目かも」という表情が浮かんでいた。


「だから言いましたのに……!!」

「い、いえ。でもまだワインを入れる工程が……」

「そうです、ここが肝心です!」


 そんな二人の優しさが逆に辛くて、ほんのりと涙がこぼれた。

 だけど、ここまで来たのなら完成まで見届けてやろうではないか……!

 悲惨な出来だとわかっていても手は抜かない。

 ゆっくり、ゆっくりと蒸留させたワインと先程作った液体をあわせる。


「弱火でことこと、二十回、と……完成ですわね」


 作り上げた液体を小瓶に移す。

 少し溢れた縁を拭いて、数回回すと……


「と、透明だ……」


 ルーク様が言葉をこぼす。

 しかし、その発言通り私の調合した液体は透き通り、光を集めてキラキラと反射していた。


「香りも……本に書いてあるとおり、ほんのりナッツのような香りです、完璧ですよリネット様!」

「う、そ……?」

「さすが、お姉様です!」


 嬉しさと、戸惑いが交互に脳を支配する。

 作業工程は全く同じ、むしろ私が作ったものの方が雑だっただろう。

 それなのに、なぜ完成できたのか。

 だけど、これで――


「ライアン様のところへ急ぎましょう!」


 ライアン様を救うことができる――!


***


 小瓶を落とさぬように、急ぎつつ細心の注意をはらって私たちはライアン様の部屋に向かった。

 廊下は静まり返り、窓の外の闇がまるで時間さえ止めてしまったように感じられる。


 扉を押し開けると、中には医者もメイドもおらず、ライアン様ただ一人がベッドに横たわっていた。

 血色を失い、唇は乾いてひび割れ、目の下には深い影。脱水症状が進んでいるのが一目で分かる。


「どうして、こんな……」


  用が済めば存在すらなかったことにする――王弟の冷酷さが胸に刺さる。

 怒りを押し殺し、私たちは頷き合った。


 ルーク様が小瓶の蓋を外し、そっとライアン様の唇に解毒剤を流し入れる。

 喉がわずかに動き、ごくりと飲み込む音が聞こえた。

 そのわずかな反応に、胸の奥が少しだけほどける。


「あとは、定期的に水分を与えれば、明日の朝には毒が抜けるはずです」

「……ライアン様、どうか元気なお姿を見せてください」


 そこからは、交代制で彼に少しずつ水を与えることにした。

 寝ている彼が咽返らないよう、匙で少しずつ……


(どうか、毒が抜けますように――)


 匙で水を運びながら、私たちは言葉少なに見守り続けた。

 部屋を灯すロウソクが短くなるに連れ、窓の外が徐々に青色に染まっていく。

 疲れからか、うつらうつらと船を漕いでいると――


「……ぅ……」


 かすかなうめきが聞こえた。

 私は寝ぼけていた頭を起こし、同じく目を閉じていたルーク様とノアに声をかける。


「ライアン様……?」


 私の声に答えるかのように、ライアン様のまぶたがわずかに震え――閉じていた瞳がゆっくりと開く。

 まだ焦点は合わず、夢と現実の境目をさまようように、その視線が宙をさまよった。


「……リ、ネット……?」


 乾いた唇から、かすれた声が零れる。

 私は思わずベッドの脇に身を乗り出した。


「はい、そうです。リネットです」


 たった一日。

 しかし、私たちにはこの一日が何日もあったかのようだった。

 彼を救いたい、その力が周りを巻き込み、絶望的だった結果を変えることができた。

 その事実も嬉しいが、彼がこうやって目を開け、声を出してくれたことが何よりも嬉しかった。


「……っ、あぁ……よかった……ずっと……消えないで……っ」


 その瞬間、彼はまるで夢を掴むかのように、震える腕を伸ばして――私を抱きしめた。

 声が震え、彼の肩が小刻みに揺れている。

 どうやらまだ夢と現実が入り混じっているらしい。


「ちょ、ちょっとライアン様!? お姉様に触らないでください!」

「そうだよ、まずは横になって休まないと!」


 ルーク様とノアの声が重なり、二人とも眉を吊り上げてベッドに近づく。

 私はそんな二人を見て、苦笑をこぼした。


「ふふ……いいんです。今は、抱きしめていても」


 ライアン様の腕に、そっと自分の手を添える。

 生きている――そのぬくもりが、胸の奥をじんわりと満たす。

 私とルーク様の瞳には涙が溜まり、気に食わなそうにもノアも優しく微笑んでくれた。


「……ああ、夢みたいだ」


 その言葉の後、私の頬に温かいものが触れる。


「!?」

「!!」


 驚きで目を見開きながらライアン様を見ると、優しく、満足そうに微笑んでいた。

 そして彼は――そのまま目を閉じた。


「ラ、ライアン様!」


 慌てて身を乗り出すと、彼は再び静かな寝息を立てていた。

 頬にはほんのりと赤みが差し、さっきまで失われていた血色が少しずつ戻っている。

 その安らかな表情に胸をなでおろすはずが――逆に胸の奥が忙しなく脈打ち、耳の奥で自分の鼓動がやけに大きく響いた。


 ノアの鋭い声も、ルーク様の呆れた窘めも、まるで水の中から聞いているように遠く感じる。

 視界の中心にあるのは、私のすぐそばで眠る彼の姿だけだった。


「……全く、起きたら説教ですね」

「そのとおりです!」

「はい、たくさん怒りましょう」


 心臓はまだ落ち着かず、胸の内側から熱がこみ上げる。

 けれど、穏やかな寝顔を見ているうちに、その熱はやがて安堵と幸福感に溶けていった。

 私はそっと息を吐き、幸せそうに眠る彼を見つめながら、小さく微笑んだ。

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