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国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした  作者: 玖坂
第三章:翳りの庭に、ひかりの雨が降りそそぐ

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「え、お母様が――?」


 翌日、私はルーク様に昨日の出来事を伝えた。

 王妃様が、彼の境遇を何も知らずにいたこと、

 それでもずっと、母として深く彼を想っていたこと、

 そして今も変わらず、心から会いたがっていたこと――


 話を聞いたルーク様はしばし言葉を失い、やがてゆっくりと微笑んだ。

 その笑顔には、戸惑いと、抑えきれない喜びが入り混じっていた。


「そっか……嫌われてるわけじゃ、ないんですね」


 ぽつりとこぼしたその声は、どこか頼りなく、けれどどこまでも優しく響いていた。

 彼の表情を見て、長く抱えてきた不安が、ほんの少しだけほどけたのが伝わってくる。


「ええ。むしろ――とても深い愛情を感じましたよ」


 ……国王陛下のことは、言えなかった。

 なぜ彼はあんなにもルーク様を嫌っているのか。

 王弟の印象操作だけで作られた感情ではなかった。


 だけど――まだ、今は話すべき時ではない。

 そう自分に言い聞かせながら、私は笑顔で応えた。


「えへへ……ありがとうございます、リネット様」


 私の言葉に、ルーク様は照れくさそうに笑う。

 以前なら、真っ先に謝罪の言葉が出てきたはずだ。けれど今では、“ありがとう”と素直に言えるようになっている。

 それがどれほど尊い変化か、私には痛いほど伝わってきた。


「いえいえ。私は、ありのままのルーク様をお伝えしただけですもの」


 彼の変化は、言葉だけではなかった。

 視線の向け方、姿勢の正しさ、表情の穏やかさ。

 彼の行動すべてに、自信が付いてきたことが分かる。

 まっすぐに見つめてくれるその目が、今はとても頼もしく思えた。


「それでは、今日のレッスンも切りがいいですし――花壇に行きましょうか」


 庭園の奥まった場所にある、小さな花壇。

 それは、ルーク様と親しい庭師のご厚意で譲り受けたものだった。

 そこでは、色とりどりの花々が、風にそよぎながら咲いている。


 手を汚しながら土に触れ、水を注ぐ。

 ただそれだけの時間。しかし、私たちにとって何よりも心を癒すひとときだった。


「このお花の名前、何ていうんですか?」


 私は花壇の端に咲いていた花を指差して尋ねる。


「これは、ジニアです。初心者でも育てやすくて、長く咲くんですよ」


 少し得意げに語るその声に、私はくすっと笑みをこぼす。

 彼が指先で丁寧に土をならす姿は、王子であることを忘れさせるほど自然で、穏やかだった。


「たくさんお色があって綺麗ですね」


 心地よい風が吹く中、花を見つめる彼の横顔を見つめていると、ふと隣の花壇が目を引いた。

 低木に咲く、鮮やかなピンク色の花。


「こちらも綺麗ですね」


 その美しさに、つい手を伸ばした――


「危ない!」


 その手を、ルーク様が自身の方へ引いた。

 ――気がついたときには、私は彼の胸に抱きとめられていた。


「っ……あ、あの……」


 驚きで言葉がつまる。

 それと同時に、ぴたりと寄せられた胸の感触に心臓が大きく高鳴った。


「綺麗ですが、強い毒を持っています。まさか庭の花壇に植えられているなんて……」


 その体制のまま、ルーク様は眉をひそめて、植物全体を観察し始めた。


「ここの手入れは庭師さんがしているはずなのに……」


 彼は小声でぶつぶつと考察を始めたが、私は動けずにいた。

 彼の胸板の固さや、肩越しに伝わるぬくもりに、胸がくすぐったくなるような、恥ずかしいけど離れがたい――そんな不思議な感覚が広がっていた。


「あら、仲が良いですね」


 しかし、この温かい空気は、聞き覚えのある柔らかな声により現実に戻された。


「――オリビア様」


 思わず息を呑む。なぜ彼女がここに? そう疑問を抱く間もなく、さらなる衝撃が目に飛び込んできた。


「ライアン?」


 彼女の隣には、無表情のまま立ち尽くすライアン様の姿があった。

 その姿はいつも活発な彼と異なり、目に光がない。

 ルーク様の問いかけにも、答える様子がなかった。


「久しぶりだね、最近姿見ないから心配して――」

「ルーク様、気軽にライアン様に話しかけないでください」


 オリビア様の鋭い声が、その言葉を遮った。


「そもそも、本来あなた方が気軽に話せるような存在ではないのですよ」

「……それでは、オリビア様は問題ないとでも?」


 彼女の言葉に、胸に言葉にならないもやもやが広がっていった。

 だが、彼女は“私の言葉を待っていた”と言わんばかりに、口角を上げる。

 そして、王弟の紋章が刻まれた細い指輪をわざと光にかざした。


「ええ。私は“ライアン様の婚約者”ですから」


 信じられなかった。噂になっていた婚約者が、まさか彼女だったなんて――

 一体、何が起きているの? 私の知る“物語”とは、まるで違う。

 もはや、私が知っている知識など、通用しなくなるほど。


「ふふふ、ライアン様からも一言いってあげてくださいな」


 変わらず無表情のままのライアン様は、促されるように口を開いた。


「……お前たちとは、もう会えない」


 低く、抑揚のない声。

 その言葉はまるで、誰かに命じられた台詞を読み上げているかのようだった。

 言い終えると同時に、ライアン様は彼女の手を払い、くるりと背を向けた。

 その後ろ姿には、かつての快活さも、情熱も――何一つ残っていない。


 私とルーク様が言葉を失って立ち尽くしている中で、オリビア様はくすりと笑い、こちらを見た。


「ライアン様は、王族としての自覚をお持ちになったのです。あなたたちのように、泥だらけになって土いじりをしている暇などありませんの」


 それだけ言い残して、彼女もまた彼の後を追って去っていった。

 去り際の彼女の背中からは、奇妙な高揚感がにじみ出ており、その姿は不気味さをいっそう際立たせていた。


***


「……変でしたよね、やっぱり」


 静かになった花壇の前で、私はつぶやいた。

 先ほどまでの温かい空気は、もうどこにもなかった。


「はい……ライアンが、あんな顔をするなんて」


 ルーク様の声には、戸惑いと怒り、そして――ほんの少しの寂しさが滲んでいた。


「“もう会えない”だなんて……そんな言い方、ライアンらしくない」


 ルーク様の言うとおりだ。

 彼なら――たとえどれだけ冷たくても、“自分の言葉”で断ち切る人だった。

 誰かに言わされているような、あんな棒読みのような言い方で話すことなど、決してなかった。


「“構えない”とか、“もう関わらないでくれ”とか、言いそうなのに。今日のライアン様は……まるで、抜け殻みたいでした」

「それに、“会えない”って言ったとき……ライアン、唇を噛んで少しだけ辛そうな顔をしていたんだ。“助けてほしい”って――」


 ルーク様がぎゅっと拳を握る。


「リネット様。……ぼく、確かめたいです」

「はい」


 返事は決まっていた。迷いはない。

 私たちは目を見合わせ、静かにうなずき合った。


「ライアン様の部屋に行って、真実を聞いてみましょう」


 ――けれど、それは容易なことではない。

 王族の私室、とくに王弟筋であるライアン様の部屋は、厳重に守られている。

 見張りの兵が配置され、誰でも近づけるわけではなかった。


「ライアン様の部屋に行く道は、一本しかありません」

「けれど……その通路には、常に見張りが立っていますよね」

「ええ。しかも、オリビア様の姿がある時間帯ならなおさら。あの方は明らかに私たちを――警戒しています」


 理由は分からないが、オリビア様は私たちを敵視している。

 そのため彼女がいる時間は避けたい。


「……そうなると、夕食後が良いですね。兵が交代する時間ですし、少しだけ見張りが手薄になります」

「ですが扉は閉じられていますから……ライアン様が戻った、その一瞬を狙うしかありませんね……」


 そんなこと、果たしてうまくやれるのだろうか。

 他に抜け道はないかと二人で頭を悩ませても、王宮の仕組みに疎い私たちには、どうにも糸口が見つからなかった。


「……ぼく、ライアンに甘えてばかりでした」

「いいえ、私も……そうです」


 こういう時、いつも頼りにしていたのはライアン様だった。

 その支えがどれほど大きかったのか、今さらのように思い知らされ、胸がじんわりと痛んだ。


「……やっぱり、ここにいたのね」


 そのときだった。

 背後から、柔らかくもどこか張り詰めた声がかかる。


「お母様……」

「昨日リネットちゃんに、ちゃんとお礼が言えなくて……ここに来たら会えるんじゃないかと思ったの。まさか本当に会えるなんて……」


 振り向いたルーク様の視線の先には、王妃様が立っていた。

 その姿を見て、私は思わず背筋を伸ばす。

 王妃様の瞳には、かすかに涙がにじんでいた。

 けれどその微笑みは、母として息子を見守る、深い優しさに満ちていた。


「ずいぶん、見ないうちに……立派になったのね……」


 彼はこの半年の間に、見違えるほど変わっていた。

 姿勢が良くなり、体付きも少しスッキリした。

 久しぶりに会ったならなおさら、その成長に気がつくだろう。


「は、はい」

「久しぶりだと、何から話せばいいか分からないわね……元気にしてた? 悩みごとは、ない?」

「あ、えっと……その……」


 質問にうまく答えられず、困惑しているルーク様をみて、王妃様は何かを察したのか、続けて話をした。


「悩んでいるのは、ライアン君のこと?」

「なんでそれを……!」

「ごめんなさい、話しかける前の二人の会話。少し聞いてしまったの……

 彼の本音が聞きたいのよね……どうしてそこまでするの?」


 王妃様からみたら、ルーク様とライアン様はただの親戚。

 私から仲良いことは聞いているはずだが、聞きたかったのだろう――彼の、その口から。その理由を。


「彼は、挫けそうなぼくにやる気を灯してくれました。友達が辛い顔をしているのを、放っておけません」


 真っ直ぐと、彼は答えた。


「そう……大切な友達なのね」


 ルーク様の言葉に、王妃様は目を細めて頷いた。

 少しだけ黙り込み、それからふっと息を吐いて、優しく微笑んだ。


「なら、私が一つ手を貸してあげましょう」

「え……?」

「明日の十九時。東棟裏口の通路。兵の入れ替わる隙に、ほんの一瞬だけ見張りを外しておくわ」


 思わぬ申し出に、私もルーク様も目を見開いた。


「それ以上のことは聞かない。でも、大切な人のために動こうとしているあなたの背中を、母として――止めたくないの」


 その声には、確かな決意と、母親としての祈りが込められていた。


「お母様……」


 ルーク様の目が、ほんの少し潤んだように見えた。


「ありがとう、ございます」

「いいえ……ルーク、友達を救ってあげてね」

「はい、必ず」


 その返事は、強く、迷いのない声だった。

 王妃様は満足そうに微笑み、そっと私たちの肩に手を添えて言った。


「また、近いうちに――ちゃんと話しましょうね」


 その言葉を残して、王妃様は静かにその場を後にした。

 夜風がそよぎ、残された私たちの心に、小さな勇気の火がそっとともった気がした。


「……絶対に、真実を確かめましょう」

「うん……あの、ふざけた顔――絶対に目を覚まさせてあげます」

「ふふふ、そうですね!」


 怒りを交えつつも、笑う彼の顔は、今までで一番生き生きとしていた。

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