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国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした  作者: 玖坂
第三章:翳りの庭に、ひかりの雨が降りそそぐ

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「それでそれで、ルークとは今どんな感じなの?」


 紅茶を手に、目を輝かせながらそう問いかけてきたのは――ルーク様の実の母君、王妃様だった。

 その穏やかな笑顔とは裏腹に、私は戸惑いを隠せなかった。


「え、ええっと……」


 なんとか笑みを返しながらも、頭の中では状況の整理に必死だった。


 ――事の発端は、ほんの三十分ほど前のこと。


***


 今日はルーク様とともに、歴史や政治についての勉強をしていた。最初は真剣な面持ちで本に向き合っていた彼だったが、ページをめくる手は徐々に緩やかになり、やがて視線は虚空を漂うようになった。

 その原因は、すぐに察しがついた――ライアン様のことだ。


 街を訪れて以降、彼はぱったりと姿を見せなくなった。

 心配したルーク様は直接部屋を訪ねたが、「ライアン様は忙しいので」と従者に門前払いされたそうだ。

 私も同じく様子を見に行ったが、結果は変わらず。冷たく追い返された。


 いつも三人で頑張ってきたからこそ、一人欠けた喪失感は思った以上に大きかった。胸のどこかにぽっかりと穴が開いたようで、言葉にしがたい寂しさが残った。


(……ルーク様の集中が続かないのも、無理はない)


 そんな彼の様子を見かねて、私は予定より早くレッスンを切り上げることにした。

 少しでも心を落ち着ける時間を、彼にも与えたくて。


 私はというと、空いた時間を使い、ライアン様について何かわかることがないかと、王宮内を散策することにした。

 残念ながら得られた情報はほとんどなかったが、一つだけ気になる噂を耳にした。


 ――それは“ライアン様に婚約者ができたらしい”という話だった。


(ライアン様が訪れないのは、それが原因なのかしら?)


 お相手に夢中で、私たちのことを忘れてしまったのだろうか。

 もしそうなら――ほんの少しだけ、寂しい。


 そう思ってから、慌てて首を振る。

 勝手に想像して傷つくなんて、ライアン様にも失礼だろう。


 これ以上の情報は得られないと見切りをつけ、帰ろうと歩き出したその時――、


「あら?」


 ふいに声をかけられて振り向くと、そこには王妃様が立っていた。

 慌てて頭を下げて、言葉を待つ。


「あなた、確かルークの婚約者よね?」

「はい、王妃様。テイラー家令嬢のリネットと申します」

「顔を上げてくださいな」


 そっと顔を上げると、そこには穏やかな微笑があった。

 優しい目元は、まるでルーク様の面影を映したようだった。


「王妃様のお庭に立ち入ってしまったようで、申し訳ございません」

「いいえ、今日はたまたまこちらに来ただけです。出入りは自由なので気にしな……あ、そうだわ!」


 ぴんと人差し指を立てて、王妃様はふふっと笑った。


「いいこと思いついたわ。ねえ、ルークのこと、もっと聞かせてくださらない? お茶でもしながら」

「……え?」


 あまりに突然な誘いに、私は驚きながらも、頷くことしかできなかった。


***


(まさか、本当にお茶をご一緒することになるなんて……)


 でも、いつかちゃんと話したいと思っていた方だった。

 その機会が、自然な形で訪れたのは、むしろ幸運と言えるのかもしれない。


「ルーク、元気にしてる? 何が好き? どんな会話をしているの?」


 王妃様は、嬉しそうに身を乗り出しながら質問を重ねてくる。

 笑顔の勢いに押され、私は一つ一つ答えた。


「はい、とてもお元気です。最近は植物に興味を持たれていて、東の庭園で育てたり、図鑑を読んだりされてます。

 ただ……ライアン様がいらっしゃらなくなってからは、少し寂しそうにされています」

「まぁ……植物が好きなんて、初めて知ったわ。ライアン君と仲が良かったことも!」


 王妃様は、驚いたように目を丸くしてから、ふわりと笑みを浮かべた。


「ルークって口数が少ないから、お友達ができるか心配だったの。でもあなたとライアン君がいてくれるなら、もう安心ね」


 その笑顔は、心からのものだった。

 誰かに取り繕った表情ではない。

 確かにそこには、母としての愛があった。


 ――けれど、

 私は言葉の奥に、どこか矛盾を感じていた。


 王妃様は、ルーク様を心から愛している。

 それはこのたった数分話しただけで、よく分かった。

 しかし、それならばなぜ。今まで彼のことを助けてあげなかったのか。

 王弟の力が働いていたとはいえ、ルーク様を取り巻く噂を知らないわけではないだろうに。

 その噛み合わない言動に、私は言葉に表せないもやもやを抱いていた。


「他にも最近は、所作やマナー。勉学に勤しんでいます」

「マナー……?」


 飲んでいた紅茶のカップを置き、考えるかのように一点を見つめる。

 そして一拍おいて、首を傾げて不思議そうに質問を投げてきた。


「それは、専属家庭教師が教えることじゃなくて?」


 ――やはり、王妃様は知らないのだろう。

 実の息子が、どんな待遇を受け、どんな思いで過ごしていたのか。


 私は息を呑み、ずっと心に引っかかっていたその疑問を、彼女へ問いかけた。


「失礼を承知で申し上げます。王妃様は……ルーク様がこれまで、どのような環境でお過ごしになっていたか、ご存知ですか?」

「……え? それはどういう意味で――」


 ――それから、私はすべてを包み隠さず伝えた。

 長年、彼がどれほどの孤独と不当な扱いを受けてきたか。

 まともな教育もなく、侍女も与えられず、誰にも頼れず、ただひとりで日々を過ごしていたこと。


「そんな……私、そんな話……聞いたこと……」


 話を聞き終えた彼女の顔には、絶望が浮かんでいた。

 手の中の紅茶が揺れ、カップの中で波を打つ。


「私は、体が弱いから……ルークと会えるのは年に一度か二度しかないの……

 それに、会っても、あの子。いつも無口で……

 あの人は“年頃だから距離があるのは当然”だって。だから、てっきりそういうものだと……」


 その言葉には、戸惑いと深い後悔が滲んでいた。


「母親失格ね……今さら、どう顔を合わせればいいのか……」


 肩を落とす王妃様の姿に、私の胸が締めつけられる。


 ――仕方のないことだったのかもしれない。

 信じていた人から、“問題ない”と告げられ続け、体調も優れず、会う機会も限られていたのなら――誤解も、距離も、知らぬ間に生まれてしまう。


「でも、まだ間に合います」


 私はまっすぐに言葉を返した。


「ルーク様は、ご両親を深く敬っておられます。ご多忙で会う機会が少なくても、威厳ある父と、優しい母のもとに生まれたことを、心から誇りに思っていらっしゃいます」


 そう、彼はいつだって“両親の子”であることを自慢にしていた。

 今からでも、決して遅くない。


「どうか、“母親”として、会いに行ってあげてください」


 王妃様は唇を噛み、そして涙を堪えるように頷いた。


「……ありがとう、リネットちゃん」

「お礼を言われるようなことでは……」

「ふふふ。こんなに聡明で美しい婚約者がいたなんて。ルークは幸せ者ね」


 何度も、誰かから言われたことがある言葉なのに。

 王妃様から貰ったその言葉が嬉しくて、くすぐったくて、私は思わず頬を染めてしまった。


「それと……東の庭園で、ルーク様と一緒にお花を育てているんです。もしよろしければ、今度見に来ていただけませんか?」


 その提案に、王妃様の顔がぱっと華やいだ。


「まあ、ぜひ!」


 目を輝かせてそう答える王妃様は、まるで少女のようだった。

 そんな無垢な笑顔に、私もつられて笑みをこぼす。


(よかった……)


 これを機に、ルーク様と王妃様のわだかまりが、少しでも溶けてくれたら。と、安堵の笑みを返し、ふたりで再び紅茶を手に取る。

 そのまま会話に花を咲かせていた、そのときだった――


「王妃!!」


 鋭い声が庭園に響いた。

 声の主は、息を切らしてこちらへ向かってくる――国王陛下だった。

 私は反射的に席を立ち、スカートの裾をつまんで頭を下げる。


「こんな暑い日に……外で茶会だなんて!」


 低く怒気を孕んだ声音に、思わず背筋が伸びる。

 だが、王妃様は動じることなく、柔らかな声で返した。


「大丈夫ですわ。もうすっかり秋の日差しですもの。それにルークの婚約者ととても有意義なお話ができました」

「……お前が引き留めていたのか」


 その一言に、その場の空気が冷たくなるのを感じた。


「もう、“お前”だなんて言わないで!」


 王妃様が思わず声を荒げる。

 だが国王陛下は、その声を無視するように、言葉を続けた。


「名を名乗れ」


 その声は低く、空気を震わせるようだった。

 私の胸がきゅっと縮まる。緊張していることを悟られないように、全身に力を入れて応じる。

 

「リネット・テイラーと申します」

「顔を上げよ」


 促されるままに、そっと顔を上げた。

 その瞬間、目が合った。

 黒髪と氷のように鋭い眼差し――威厳を湛えた顔立ち。


(ルーク様そっくりだ……)


 成長をすれば、彼もこんな美しくなるのだろうか。

 その淡麗な顔立ちに、思わず見惚れてしまった。


「君の父親には感謝している。先日の外交は、彼の手腕あっての成功だった。よく伝えておいてくれ」

「ありがたきお言葉です」


 けれど――続いた言葉に、私の思考が凍りついた。


「だが……あまり、我が妻をたぶらかさないでもらいたい」

「……え?」


 意味を考えようとしていると、「もう! リネットちゃんに変なこと言わないでよ!」と声を荒げながら、臣下たちに連れられていく王妃様の姿が見えた。


「リネットちゃん、また会いましょうね!」


 遠ざかっていくその背中に声を返すこともできず、私はただ呆然と立ち尽くしていた。


(気まずい……)


 陛下と二人きりになった庭園。

 なんともいえない気まずさが、華やかな空気を重くする。

 少しして、陛下の視線に鋭さを増したのがわかった。


「……妻の前で、“悪魔の子”の話はするな」


 一瞬、意味が飲み込めなかった。

 けれど、確かにそう言ったのだ。悪魔の、子――と。


「彼女は見た目以上に身体が弱い。あいつのことを耳にすれば、心労で倒れてしまうかもしれん」

「あ、あの……一つご質問良いでしょうか……?」

「……許可する」


 緊張で声が震えるのが自分でも分かる。

 けれど、どうしても聞かずにはいられなかった。


「“悪魔の子”とは……誰のことを、指していらっしゃるのですか?」


 国王陛下はゆっくりと深く息をつき、そして低く、抑えた声で答えた。


「そんなもの、決まっている。ルークのことだ」


 より低い声で陛下は答えた。

 それは、軽い冗談でも、単なる不和でもない。


「――あいつは、あの日、私の大切なものを傷つけた。許せるはずがない」


 その瞳には、たしかに“本物の憎しみ”が宿っていた。


(……ただの誤解じゃ、ない)


 何があったのか。

 どんな誤解が積み重なったのか。

 その詳細はわからない。

 けれど、陛下は“本気”で、ルーク様を――我が子を憎んでいるのだ。


(どうしたら、この壁を壊せるのだろうか)


 私は一歩も動けないまま、その問いだけをずっと頭の中で繰り返した。


 国王陛下はそれ以上言葉を発することなく、背を向け、臣下を従えて去っていった。

 残された私は、ただただ、その場に立ちすくむことしか出来なかった。

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