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国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした  作者: 玖坂
第三章:翳りの庭に、ひかりの雨が降りそそぐ

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 街から戻った俺は、ルークを部屋まで送り届け、そのまま自室へ向かっていた。


「ったく、なんなんだよ……あの腹黒狐……」


 歩きながら、口を突いて出たのは苛立ち交じりの独り言だった。


『自信を持って紹介できます』なんて言ってたくせに、ノアの視線はどう見ても“姉”に向けるものじゃなかった。

 リネットは弟のつもりかもしれないけど――どう見たって、あれは“男”の顔だ。


「……ルークもルークだ。婚約者が他の男と仲良くしてるのに、なんでのほほんとしてんだよ……」


 髪を乱暴にかきあげて、その場で足を止める。

 自分でも抑えられない苛立ちが胸の中をかき回していた。


「っ……て、なんで俺がイラついてんだよ!」


 何に怒ってるのか、自分でもわからない。

 でも、胸がモヤモヤして仕方なかった。


(なんで、そんなこと気にしてんだ。別に、俺には関係ないはず……だろ)


 自分に言い聞かせるように吐き出したため息は、妙に重たく空気に沈んだ。


「ライアン様」


 そんなとき、不意に背後から冷たい声が落ちてきた。

 この声。この間合い。この圧。

 振り向くまでもなく、誰なのかはわかる。


「……レイモンド」


 嫌な予感しかしない。

 こいつが現れるときに、良い知らせだった試しがないからだ。


「殿下がお呼びです」


 予想通りのその言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。

 父が俺を呼ぶ理由など、一つしかない。


「……わかったよ」


 返事をしたものの、枷がつけられたように、足取りが重くなる。


 ――逃げられない。

 わかってる。ずっとわかってた。

 こんな日が来ることを。


 ルークやリネットたちと過ごす、平和で穏やかな時間。

 それが“永遠じゃない”ってことを――


***


 重厚な扉を開けると、空気が一変する。

 煌びやかな室内。きらめく装飾と、冷たい静けさの中――父、いや……“王弟”は、優雅にワインを揺らしていた。


「……おかえり、ライアン」


 その声は穏やかで、そしてどこまでも胡散臭かった。


「街の孤児たちと仲良くしているようだな」

「……随分と、報告が早いんだな」


 嫌味を込めたつもりだったが、王弟は鼻で笑っただけだった。


「まあ、自由にやればいい。だが――」


 彼はグラスを机に置き、まっすぐこちらを見た。


「“ルークとリネットの支援”をこれ以上続けるなら……お前の立場、すべて剥奪する」


 その言葉は、思ったよりも淡々としていた。

 ……それなのに、背筋に冷たいものが走る。


「お前は、王族の中で唯一“自由に動ける立場”にある。情報も、人脈も、金もな。

 だが――それは“利用価値”があるからだ」


 王弟は片目を細める。

 その奥には、冷酷な光がちらついていた。


「お前がルークに加担するというのなら……次に失うのは、“王族としての暮らし”だ。……理解できるな?」


 その言葉を聞いた瞬間、ふと――あの教会の子どもたちの顔が脳裏をよぎった。

 ボロボロの服。屋根も抜けた寝床。明日の食べ物すら保証されない生活。


(……あれが、俺の“未来”になるってことか?)


 その瞬間、自分が彼らの暮らしを“哀れだ”と、どこかで見下していたことに気がついた。


 ――ああ、俺はいつまでも傲慢だ。


 言葉が詰まり、声が出ない。

 その沈黙を、王弟は勝手に“了承”と受け取ったのか、薄く笑った。


「それと……お前に、婚約者を用意した」

「……は?」


 意味がわからなかった。

 だが、それを理解する暇もなく、扉の向こうから一人の少女が通された。

 その姿を見て、俺の体から血の気が一気に引いていく。


「お久しぶりです、ライアン様」


 耳に馴染みのある、どこまでも柔らかな声。

 整えられた淡黄緑の髪。底の見えない桃色の瞳。


「……オリビア・フルリエ」


 その名前を口にするだけで、胃がきしんだ。


「なんだ、知り合いだったか」


 好都合だ。と言わんばかりに王弟は笑う。


「ふざけるな。こんな女と婚約なんて、絶対に嫌だ」

「口を慎め、ライアン。好き嫌いで決められる立場ではないぞ。それに、彼女は国を導ける、まさに“聖女”そのものだ」


 ――聖女が、あんな態度取るかよ。

 今でも忌々しく脳裏に残る。ルークに対する彼女の態度。

 

 無言でその場に留まっていると、オリビアは静かに歩み寄ってきた。

 そして、王弟に聞こえない小さな声で、俺の耳元で囁く。


「私と婚約を結ばなかったとしても……リネット様の婚約者にはなれませんよ」


 思わず耳を手で覆い、反射的に睨みつける。

 それでも怯むことな笑み続ける彼女に背筋がぞわりとした。

 まるで深い水の底から見上げてくるような、静かで恐ろしい微笑。


「なに、意味わかんねぇこと言ってんだよ……」


 何がおかしいのか――オリビアは口元に薄く笑みを浮かべたまま、静かにこちらを見つめていた。

 その目には、すべてを見透かすような余裕が宿っていた。


「だって、彼女は“ルーク様の婚約者”ですから」


 わかってる。

 そんなもん、ずっと前から。


「んなもん、わかってるよ! 何だ今さら!!」

「わかってる……本当ですか?」


 気がついている、だから――


「だって、ライアン様……」

「やめろ……」


 やめろ。

 これ以上、口を開くな――


「――リネット様に、好意を抱いてますよね?」

「やめろっ!!」


 叫んだ。この声で、彼女の言葉を――自分の感情をかき消すように。


 ちがう、ちがう、ちがう。


 だって、あいつはルークの婚約者だ。

 大切な、友人の……


 否定したい。拒否したい。けど――

 この胸のざわつきが、全部を語っている。


「もし“違う”というのなら、私との婚約に何の問題もないはずですよ?」

「…………」


 何も、言えなかった。

 こんな奴が、婚約者だなんて絶対に嫌だ。

 だけど、否定すると――認めないといけなくなる。


 オリビアは微笑みを崩さぬまま、さらに一歩踏み出す。


「だぁいじょうぶ。私が、あなたを“もう一度”国王にしてみせます」


 何を考えているのか。

 何を企んでいるのか。

 それすらどうでもよくなるほどに、俺の心はぐちゃぐちゃだった。


「くくく、頼もしいな。オリビアよ。だが一つ訂正させてもらうぞ、そいつが王になるのは私の次だ」

「もちろん、心得ていますわ」


 ――結局、俺は変われない。

 逃げられない。こいつらから。


「ライアン、次にあの二人にあったら……その時は分かっているな?」

「……ああ」


 心に残るのは、教会に響く子どもたちの笑い声。

 ルークのまっすぐな言葉。

 ノアの減らず口。


 そして――リネットの、優しい笑顔。


 あの場所にいるだけで、息がしやすくて――

 この時間が、いつまでも続けばいいと思った。

 でも、夢の終わりは、いつだって突然だ。


***


「ライアン、今日も来ないね……」

「ええ……どうされたのでしょう」


 彼の姿を最後に見てから、もう五日が経っていた。


 窓の外では嵐が吹き荒れ、嫌な胸騒ぎだけが、静かに心をざわつかせていた。


「……何も、なければいいのですが」


 だが、その願いが届くことはなかった。


 夏が過ぎ、木々の葉が色づき始めても――ライアン様が姿を見せることはなかった。

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