表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした  作者: 玖坂
第三章:翳りの庭に、ひかりの雨が降りそそぐ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/33

21

「ねぇ……お兄ちゃん、お姉ちゃん……」


 腕の中で小さく甘えていたカミラが、不思議そうに顔を上げた。


「お兄ちゃん、こんなに笑顔が素敵なのに。どうしてお顔、隠してるの?」


 その率直な問いに、ルーク様はわずかに目を見開く。


「ああ、えっと……」


 けれど、すぐに表情を和らげると、言葉を選びながら、彼はまっすぐにカミラの瞳を見つめて答えた。


「……怖いんだ」

「こわい?」

「うん。人の目を見て、話すのが……まだ、ちょっとね」


 私も、ライアン様も、ルーク様自身も、何度か髪を切ろうとしたことがある。

 けれど、切ろうとするたびに、手が震えて、呼吸が乱れて――何も言えなくなってしまった。


 あの前髪は、彼自身を守るための“最後の砦”だった。


 無理に変えさせようとしても、意味がない。

 だから私たちは、隣で待つことにした。

 彼自身が、“もう隠れなくてもいい”と思えるその日が来るまで。


「そっかぁ……お目々、すごく綺麗なのに。もったいないね」


 カミラの声は、どこまでも無垢でまっすぐだった。

 その言葉に、ルーク様は微笑み、そっとカミラの頭を撫でる。


「ありがとう、カミラ」


 ほんのり顔を赤らめながら、カミラは嬉しそうに目を細めた。


「……おい、いつまで妹に抱きついてんだよ。こいつは俺の妹だぞ!」


 やきもちを焼いているのか、リンドが頬を膨らませて割って入ってきた。その様子はまるで小動物の威嚇のようで、思わず笑ってしまいそうになる。


「まぁ、心が狭いですわねリンド」

「お姉ちゃんの腕の中、温かくて心地いいよ」

「それではお姉様、俺を代わりに――」

「ドサクサにまぎれて近寄るな、ノア!」

「……やっぱり、仲いいじゃないですか」


 ライアン様とノアが言い合いを始め、ルーク様が一歩引いて突っ込む。

 初めて出会ったときにはどうなることかと不安だったけれど、今では軽口を叩き合うほど仲が良い。


 “否定し合いながらも調和している”――そんな不思議な関係性が、この三人の空気にはあった。

 どこか騒がしくも、温かなその光景に、私は小さく息を吐いた。


「本当に、良かった――」


***


 ――初めての街への視察から戻ったその日、私はすぐにノアの部屋を訪れた。


 彼の協力がなければ、視察そのものが叶わなかった。

 そして何より、どうやって父を説得したのか――その手段を知りたかった。

 リンドとカミラに“また行く”と約束した以上、一度きりの訪問では終われない。

 次も三人で街を訪れるには、どうしても公爵家の後押しが必要だった。


「ノア、いますか?」


 三度ノックすると、ほとんど間を置かずに扉が開いた。


「は、早いですね」

「はい、お姉様の足音が聞こえてきたので」

「私、そんなに音を立てていたかしら……」


 もしそうであれば、少しショックである。

 自分の所作にはそれなりに自信があったから。

 音を立てるなど、気が緩んでいるのだろうか……


「いえ、音は出ていませんよ。いつも通り綺麗な足音です」

「……? 足音が出ていないのに聞こえるんですか?」

「俺はお姉様に対してだけ、特殊な訓練をしていますので。それより、何か御用があったのでは?」


 彼の発言は冗談と捉えて良いのだろうか。

 いつも笑顔だから、冗談か本気が分からず難しい。

 深く考えることをやめて、私は今日の出来事。そして、今後の相談を彼にすることにした。


「……なるほど、定期的に街へですか」

「はい、そこでノアがどの様にお父様を説得したか、教えていただきたくて……」


 私の言葉に、ノアは少しだけ考える素振りを見せる。

 やはり、私情で何度も公爵家の名を使うのは、無理があるのだろう。

 だけど――


「……ノア、お願いします」


 私は彼の手を取り、目を見て頼み込む。

 するとノアは、顔を手で覆い、「はぁ〜……」と大きなため息をついた。


「……それ、わざとですよね?」

「え? なにがですか?」

「最近、随分と触れてくるようになりましたね、お姉様」

「それは、ノアは大切な……」

「“弟だから”って言い訳、今日は通用しませんよ?」


 じりじりと近づいてくる彼に、私は思わずたじろいだ。

 逃げようとしても、すぐ背後にソファの背が迫ってくる。


「えっと……その……」

「……ふはっ」


 狼狽する私を見て、ノアは満足そうに笑った。


「……まさか、からかっていたんですか?」

「ええ。お姉様の慌てる姿があまりにも愛らしかったので、つい」


 平然と言いのける彼を鋭く睨みつける。

 しかし、それすら愉快そうに彼は笑っていた。


「本題に戻りますが――分かりました。俺から公爵様に話を通しておきます」

「でも、私から直接話した方が……」

「いいえ。“俺が主導している”と伝えたほうが良いでしょう。お姉様はあくまで“補佐”という形で」

「なぜですか?」

「お姉様は一人で動きすぎです。間違いなく、目つけられています。そこでさらに、国民を導く“聖女”のような行動をしたら、ルーク様よりも厄介な存在になってしまいます」

「せ、聖女だなんて……」


 その肩書はオリビアの物だから、私に向けられると、照れくささよりも違和感が勝る。

 けれど、ノアの言葉には確かな説得力があった。

 王弟の視点からすれば、民を味方につける私のような存在は、最も排除すべき対象だろう。


「分かりました」

「ですので、これから街へ行くときは必ず俺も連れて行ってください」

「それはもちろん、構いませんが……」

「あと、なんかご褒美ください」

「そ、それは……また相談させてください」


 軽口を叩く彼の顔は、いつもの落ち着いた仮面を外した、年相応のものだった。


***


 ――こうして、ノアも授業へ加わることとなった。

 ちなみに、名前は「ありがちだから大丈夫」との理由で、そのまま使っている。


 最初こそルーク様もライアン様も警戒していたが、今では彼の知性と落ち着きに、一目置くようになっている――はずだったのだが。


「この腹黒狐!」

「単細胞バカは語彙が乏しいですね。お姉様と同じ狐で光栄です」

「くそがっ!!」


 ……訂正。ライアン様とノアの相性は、少しばかり悪いようだ。


「お二人とも、そろそろやめてくださいな。子どもたちが真似してしまいますよ?」


 そう笑った私は――まだ気づいていなかった。

 この穏やかな日々が、長くは続かないことに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ