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国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした  作者: 玖坂
第三章:翳りの庭に、ひかりの雨が降りそそぐ

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 ひんやりとした石造りの室内に、やわらかな陽光が差し込む。

 かつては廃屋だった小さな教会。いまはそこに、明るい笑い声が響いていた。

 まだ十分に整備が行き届いているわけではない。けれどこの場所は、確かに子どもたちにとって“居場所”になりつつあった。


「ねえ、これ見て! ちゃんと芽が出たよ!」


 嬉しそうに駆け寄ってきた少年の手には、小さな鉢植え。

 その中には、ルーク様が教えたとおりに蒔かれた種から、可憐な双葉が土を押しのけるように顔を覗かせていた。


「わあ……本当だ! 芽が出てるね!」


 しゃがみ込んで目を輝かせるルーク様。その表情は、以前と比べものにならないほど生き生きしていて、あたたかさに満ちていた。

 子どもたちの声に包まれながら、彼はそっと芽に指を添える。その手はどこまでも優しかった。


「これ、お花になるの?」

「うん。お花はね、愛情を注げば、そのぶん応えてくれるよ。でも、水のあげすぎもよくないんだ」

「む、難しい……」

「難しいよね。だから一緒に、少しずつ覚えていこうね」

「うん!!」


 子どもたちのまっすぐな声が、教会に心地よく響く。

 そして中庭では、ライアン様が木刀を構え、少年たちに剣の基本を教えていた。


「いいか、肘の角度。もっと内側だ。ほら、手首だけで振るんじゃねえぞ」

「お、おう……こ、こうか?」

「ああ、その調子。構えたまま一歩前へ。片足ずつ、ゆっくりでいい」


 ぎこちなく戸惑いながら動く少年に、ライアン様は根気よく寄り添う。

 ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、その教え方は丁寧で、ひとりひとりの動きをよく見ているのが伝わってくる。


「……なぁ、剣って、誰でもうまくなるの?」


 そう尋ねたのは、痩せた体の小さな少年。

 細い体では思うように剣が振れないらしく、一人だけ遅れが目立っている。

 もちろん、ライアン様は常にその子を気にかけ、全員に合ったペースで指導をしていた。

 それでも、子どもなりに焦りがあったのだろう。周りと自分の力の差に。


 その不安を感じ取ったのか、ライアン様は黙って少年の頭に手を置き、ゆっくりと笑って答えた。


「“うまくなりたい”って思うなら、なれる。……努力した分だけ、な」

「!! う、うん!」


 その言葉に、周囲の子どもたちからも歓声が上がった。

「諦めないぞ!」「努力して見返してやる!」と、それぞれの目標を掲げながら声をあげる。

 ライアン様はその様子を見て、呆れつつも愉しそうに笑っていた。

 彼は、子どもたちにとってまさに“ヒーロー”そのものだった。


 一方その頃、教会の窓辺では、ノアが子どもたちに文字を教えていた。


「ノア先生、この“き”って字、なんでこんなにくねってるの?」


 首をかしげる男の子に、ノアはふわりと笑って、筆でさらさらと大きく文字を書く。


「これは“木”という字なんですよ。枝が広がってるように見えませんか?」

「ほんとだ! 木みたい!」

「わたしも、書いてみるー!」


 女の子が目を輝かせて筆を取り直す。

 しかし、筆が机に引っかかるのか、「うまく書けないなぁ……」と声をこぼして落ち込んでしまった。

 その様子にいち早く気が付き、そっと布を敷いて、書きやすいように整える。


「焦らなくても大丈夫。大事なのは“やってみたい”って思う気持ちですからね」


 その所作の一つひとつに、彼の優しさが滲み出ている。

 気づけば、彼のまわりに子どもたちが集まり、小さな輪が自然と生まれていた。


 ――そんな彼らの様子を、私は少し離れた場所から見守っていた。


 自分の世界しか知らなかった彼らが、今では誰かの“先生”となり、人に教え、想いを伝えている。

 花を育て、剣を教え、文字を紡ぐその背中は、頼もしくて大きく見えた。


(……本当に、すごいわ)


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。

 きっと、この場所が、彼ら自身の“居場所”にもなりはじめているのだと――そう、感じた。


「あの、リン……さま……」


 遠慮がちにかけられた小さな声に振り向くと、そこにはノートを胸に抱えたカミラの姿があった。


「どうかしましたか、カミラ」

「あの……この前、作ったポシェットが売れたんです。だけど、材料と売れたお金どっちが高いか分からなくて……」

「ふふふ、では計算してみましょうか」


 私はノートと筆記具を受け取り、彼女と並んで腰を下ろした。


 ――私は、子どもたちに“お金”の価値を教えることにした。

 材料費より少ない値段で売っては意味がない。

 かと言って高すぎても買われない。

 適正な値段、その計算方法。余ったお金はどのように使うべきかなど。

 地味な内容ではあるけれど、生きるためには必要な知識だ。


(……残念ながら、三人のように人気の授業ではありませんけどね)


 そう思いつつも、こうして一人ひとりにじっくり向き合える時間が、私は密かに好きだった。


「……えっと、じゃあ。600ソル増えてる?」

「正解です! 材料費との差額、それが“利益”です。よく頑張りましたね、カミラ」

「すげぇじゃん、カミラ!」


 近くで見守っていた兄のリンドも、彼女の功績を褒め称える。

 カミラは目をまるくしたあと、照れくさそうに笑った。


「えへへ……」


 その笑顔があまりに可愛らしくて、気づけば私はその小さな体をそっと抱きしめていた。


「……あの、リン……さま?」

「妹がいるって、こんな感じなんでしょうね……抱きしめずにはいられないです」


 ぽつりとこぼすと、背後からやや不服そうな声が飛んできた。


「心外です、こんな可愛い“弟”がいるのに、ですか?」


 カミラを抱きしめながら振り返ると、授業を終えた三人が立っていた。

 そして、笑顔を浮かべているのにノアからの視線だけがやけに鋭い。


「だ、だって……女の子は今まで近くにいなかったから……」

「別に“男の子”でもいいじゃないですか? お姉様、どうぞ思う存分抱きしめてください」

「お前は男の子じゃなくて、“男”だろ!」


 両手を広げるノアにライアン様がツッコミしながら頭を軽く小突く。

 それが気に食わなかったのか、ノアはライアン様を睨みつける。しかし、ライアン様はひょうひょうとして取り合う様子はなかった。

 その間で、どうすればいいかわからず、目を泳がせているルーク様。


 三者三様の姿が可笑しくて、思わず吹き出してしまった。


「ふふふ。でも、良かったです。三人がこうして、仲良くなって」

「仲良くねぇよ!」

「仲良くありません」

「……息ぴったり、だね」


 ルーク様のツッコミに、カミラと一緒に笑った。

 同じ言葉を重ねたことが気に食わないのか、「真似しないでください」「お前がな!」と二人の言い合いが終わる様子はない。

 楽しい空気に包まれながら、そのぬくもりを噛みしめるようにして、私はルーク様のほうへ目を向けた。


「それにしても、意外でした――ルウくんがこんなにも植物に詳しくなっていたなんて」


 彼が植物にこんなに詳しいことは、私も知らなかった。

 彼自身が自らの得意分野を見つけ、子どもたちに学びを教えたのだ。


 驚いたのはもう一つ、その知識の深さである。

 花の育て方に始まり、薬草と毒草の見分け方、そしてそれぞれの花に込められた意味まで――

 ルーク様は、すべてを丁寧に覚え、子どもたちにもわかりやすく伝えていた。


 薬草を知れば、体に負担をかけずに稼ぐ手段が増える。

 毒草の知識があれば、不意の事故を防げる。

 ――その学びは、確かに子どもたちの未来を守る力になるだろう。


「きっかけは、リンです」


 ルーク様は少し照れたように頬を掻きながら、話を続けた。


「最初に育てた白のチューリップ。一週間で枯らしてしまいましたけど、リンはこう言ってくれました」


『切り花の命は、せいぜい五日ほど。でも、七日も咲き続けてくれたのは……きっとルーク様のそばを離れたくなかったのでしょうね』


「花を育てたのは初めてで、自分では失敗したと思ってたんです。でも、その言葉を聞いて、ほんの少しだけ誇らしく思えました」


 ルーク様の瞳が、静かに揺れる。


「“自分にも、出来ることがある”って――初めて、そう思えたんです。だから……もっと知りたくなりました。植物のこと、花のこと」


 そこまで話して、彼はふと問いかけてくる。


「そういえば……リンは、“白いチューリップの花言葉”をご存じでしたか?」

「……ごめんなさい。意味までは知らなくて。ただ……ルウくんには、この花が似合うと思ったんです」


 首を振りながら答える。けれど、彼はその言葉に笑顔で頷いた。


「あはは、無意識であの花を選んでくれただなんて。嬉しいです」


 ルーク様はそのまま微笑んだまま、花言葉の意味を教えてはくれなかった。


 けれど、私はあえて聞かないことにした。


 ――彼が見せてくれた、その笑顔。

 それが、今の私にとって何よりも“答え”だったから。

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