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国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした  作者: 玖坂
第二章:陽だまりにほどける、蕾たち

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「なんか、こっちの方は人が少ないですね」


 ルーク様が指差した先には、ひと気のない通りが広がっていた。活気ある市場から少し離れただけなのに、空気がまるで違っていた。


「ええ。ここから先は、北通り――いわゆる、“貧困街”です」


 私は短く答えると、護衛たちに目で合図を送った。背筋を正した彼らの様子を見て、ルーク様もライアン様も、ただならぬ気配を察したようだった。


「くれぐれも、私たちから離れないでくださいね」


 私がそう念を押すと、二人は黙って頷いた。

 通りを進むにつれ、景色は一変する。

 壁に寄りかかる老人は、服とも呼べない布切れをまとい、地面に座る子どもたちは、骨が浮き出るほど痩せ細っていた。その目には生気がなく、ただこちらを無表情に見つめてくる。


「どうして、こんなにも……っ、うわっ!」


 ルーク様の声に振り返ると、彼が地面に転んでいた。その傍には、先ほど遠くからこちらを見ていた子供――二人の少年少女が、彼が落としたパンに飛びついていた。

  

 「待って、剣を抜かないで」


 動きかけた護衛を手で制し、私は小さく首を振った。

 子どもたちはそのままパンを抱え、迷いなく路地裏へと駆け去っていった。


「いったん……馬車に戻りましょう」


 ルーク様と、その手を取っているライアン様に目を向け、静かに告げた。


***


 馬車の中は、重たい沈黙に包まれていた。


「……なぁ、リネット。さっきのって……」


 ライアン様が問いかけかけた言葉を、途中で飲み込む。


「この国の裏側……いえ、“全貌”と言った方が正確かもしれません」


 私は窓の外を見ながら、続けた。


「国民のうち、およそ1%が職も住まいも失い、あのように路上で暮らしています」

「なんで、ですか……?」


 ルーク様が苦しげに声を絞る。


「国民の価値が低く、誰もその事実を知らないからです……」


 この事実は、彼らは知らないだろう。

 上は、自分たちに都合のいい事しか伝えないから。

 私は、彼らの目を見て続けた。


「ライアン様、先ほどお尋ねしましたね。

 “果実水、高いと思いますか?”と」

「ああ……」

「答えは――高いです。高すぎます。

 300ソルもあれば、お二人が普段飲んでいる果実ジュースが飲めます。果実水なんて、本来なら10ソルで充分なんです」

「じゃあ、どうして……誰も文句を言わないんだ……?」

「“知らない”からです」


 私は静かに言った。


「この国には、教育制度が整っていません。読み書きすらままならない人が多く、物の価値を見極める力が育たないのです。その結果、価格は領主の裁量で決まり、不当な搾取がまかり通るようになる……」

「そんなの……おかしいよ……!」

「先ほどの子どもたちは、利用価値が無くなったと……捨てられたのでしょう」


 そう――さきほどの子どもたちには、保護者の気配すらなかった。

 きっと、養育できなくなった親が、子どもを手放したのだろう。

 “また作ればいい”とでも思いながら――


「……ぼく、さっきの子たちにこのお金、渡してきます!」


 ルーク様が懐から小袋を握りしめ、立ち上がろうとする。

 ライアン様もそれに続き、鞄の中を探り始めた。


「お、俺も! 少しだけど残ってるし……!」

「おやめください」


 今にも馬車から飛び出しそうな二人の行動を制した。

 二人の顔には、戸惑いと、にじむような怒りが浮かんでいる。


「なんで止めるんだよ! このお金があればさっきの奴らだって少しは足しに……!」

「そのお金を、使い切ったあとはどうするんですか?」


 静かに問いかける。


「一時的な施しでは、何も変わりません。優しさに見えて、それは“無責任な自己満足”です」

「じゃ、じゃあ……また、渡しに行けば……」


 ルーク様のその言葉に首を振る。


「どのぐらいの頻度で? あの子たちだけにですか? 

 ――残念ながら、それは無謀なことです」

「だからって……」

「何もしないのは、嫌です」

「何かしてやりてぇんだよ!」


 ふたりが、同時に言葉を重ねる。

 その姿があまりにも素直で、まっすぐで――思わず、私は吹き出してしまった。


「ふふ……そうですね。私も“何もしない”なんて嫌です」


 微笑みながら、私は小さく頷く。


「だから、ひとつ“本当に意味のある方法”を試してみませんか?」


***


 私達は市場で買い物をした後、再び北通りへと足を運んだ。


 路地裏の奥。そこに彼らはいた。

 パンを嬉しそうに分け合っている、小枝のように痩せた少年と少女。

 私たちの姿に気づいた瞬間、二人の目つきが鋭くなる。

 男の子は女の子を守るようにして、私達の前に立ちふさがり、こちらを睨みつけた。


「な、なんだよ……パンなら返さねぇぞ……」

「そのパンは私達が買ったものです。人の物を奪うのは泥棒ですよ」

「はっ、貴族様にとっちゃ、パンの一つや二つ、端金だろ!」

「あら、一応身なりは平民の服装にしていたはずなのですが……よく気が付きましたね?」

「平民がそんな立ち振舞するかよ」


(……この子、見抜く目を持ってる)


 普通の子供はそこまで気が付かないだろう。

 私は感心しながら、芝居がかったため息をついた。


「まぁ、それとこれとは話は別です。返してください」

「絶対に返さねぇよ!!」


 私が威圧的に子供たちを責め立てる姿を見て、ルーク様とライアン様は何か言いたげにしているが、私はその二人を静止させた。

 目で告げる。考えがあるのだ――と。


「では、それなりの対価が必要ですわね……」


 二人を下から上まで舐め回すように見回す。

 薄汚れているが、顔立ちは悪くない。

 それに、女の子が腰につけているリボン。

 汚れてはいるが、細やかなレースがあしらわれていた。


「なんだよ、俺らを売り飛ばそうとするつもりか!?」

「そんな野蛮なこと、しませんわよ」


 私は女の子に指を指す。


「そのリボン。それを私にくださる?」

「え、これ……?」


 女の子は腰からそのリボンを取り、恐る恐る私に見せる。


「おい、カミラやめろ! そんな嘘聞くな! リボンでいいと言って、お前を連れ去るつもりだ!」


 男の子が叫ぶと、カミラというその少女はさっと手を引いて、震えながら男の子の後ろに隠れてしまった。


「そ、そうですよね……こんなの、手作りだし……価値なんて……」

「あら、そちら貴方のお手製ですの?」


 私の問いかけに、カミラはおずおずと頷く。


「え、う、うん……お姉ちゃんから糸もらって、私が編んだの……」

「お姉様もいらっしゃるんですね……そのリボン、よく見せてくれませんか? お兄さんから私へ渡していただいて結構ですよ」

「なにを……企んでるんだよ……」


 警戒しながらも、少年がリボンを手渡してくれた。

 私はしばらくそれを観察し、ゆっくりと頷く。


「――なるほど。たしかにこのリボン、パン一つでは釣り合いませんわね」

「くっ、やっぱりそうじゃねぇか!」

「ですので、これくらいが妥当かと」


 そう言って、私は用意していた袋を差し出した。中には、10,000ソルと、刺繍糸やボタン、レースや布がぎっしりと入れておいた。


「えっ……」

「本当はもっと渡したいくらいです。でも、大金を持つ子どもは、標的にもなりかねませんからね」

「いや、充分すぎる……」


 喜びと戸惑いが入り交じらせながら、男の子は答えた。

 私は続ける。


「そしてもう一つ――交渉させて下さい」

「な、なんだよ……」

「この糸で、貴方たちの“作品”を作ってくれませんか?」

「作品?」

「ボタンに刺繍でも、リボンでも、ハンカチでも。形式は問いません。余った資材は、自由に使ってもらってかまいません」

「いや、なんで……そもそもこんな大金!」

「そ、そうだよ……! さっきのリボンもパン一つの価値もないでしょう?」


 カミラは視線を落とし、小さな声で呟く。

 今まで、自分の作ったものが評価される機会など無かったのだろう。


「価値を決めるのは貴方たちではなく、私や他の人です。

 私はあなたの作ったリボンに、お渡しした金額以上の価値を感じました」

「永らえたいなら、自分の価値を存分に活かしなさい。

 無価値だと自分を卑下するのはやめなさい」

「……だけど……」

「……では、参考までに。こちらをどうぞ」


 私の言葉にまだ疑いを残す二人の前に、一つのハンカチを差し出した。

 そこには私が刺繍をした、“とある動物”が描かれている。


挿絵(By みてみん)


「えっと……豚?」

「犬です」

「作ったのは、幼い子どもか……?」

「私が縫いました」


 きょとんとした兄妹の背後で、ルーク様とライアン様が耐えきれず吹き出した。


「っはははは! いやいや。なんで犬なのにピンク色なんだよ!」

「……可愛らしいと思いまして」

「……っ……く……な、なんで目が青色なんですか……?」

「……綺麗な色だと思った、ので」


 くっ……子供たちを説得させるためとはいえ、二人は笑いすぎ!

 私は頬を紅潮させながらも、毅然と答えた。


「もう、お二人は黙っててください!

 ……こほん。ですので、人には“得意”と“不得意”があるんです。あなたの編んだレースは――私には、絶対に真似できません」


 その言葉に、カミラの頬がほんのり赤く染まった。


「確かに、比べるとカミラは上手だな……」


 ぶっきらぼうに言いながら、少年も袋をしっかりと受け取ってくれた。


 彼らは、自分たちの“持つ価値”に気づくことができた。

 それは間違いなく、新たな一歩になるだろう。


「また来ますね、カミラと……お名前聞いてもいいかしら?」

「リンド……」

「カミラとリンドですね、ありがとうございます」

「礼を言うのはこっちだよ……あんた、変わり者だな……」

「よく言われます」


 微笑みながら、私は二人に背を向けた。


***


「やっぱり……すごいです、リネット様は……」


 帰りの馬車の中で、ルーク様がぽつりと呟いた。


「ぼく、目先のことしか考えられなくて……

 でもリネット様は、あの子たちの“未来”を見据えていました」

 その言葉に、私は小さく微笑む。


「いいえ、ただ運よく気づけただけです。

 それに、さっき子どもたちにも言ったように、人にはそれぞれ得意と不得意があります。

 これからは――ルーク様の“得意な方法”で、同じような境遇の子たちを救ってあげてくださいね」

「ぼくの……得意な方法で……」


 呟きながらも、ルーク様の瞳には確かな光が宿っていた。

 それは、自責ではなく――決意の色だった。

 

「得意、不得意――あるもんな」


 隣でライアン様が小さく呟く。

 そして、真顔のまま、ぽつりと呟いた。


「俺さ、気づいたんだよな……今日の課外レッスンで」


 ――この一日が、彼らの中にどんな変化をもたらしたのか。

 私は胸の中で期待を膨らませながら、彼の続きを静かに待った。


「なんでしょうか?」

「やったことねぇけどさ……たぶんだけど、刺繍は俺の方がうまい」

「真面目な顔で何を言ってるんですか!」


 私の言葉に、ライアン様は肩を揺らして笑い、

 ルーク様も声を出して笑った。


 そして私も、自然とつられて笑っていた。


 ――今日見た現実。触れた痛み。芽生えた想い。

 そのすべてが、小さな「気づき」となって、きっと彼らの中で大きな変化の芽になっていくのだろう。


***


「……以上でございます」


 報告の声が、静まり返った部屋に響いた。

 報告を受けた男は椅子に深く腰かけ、卓上の杯を傾けながら、苦々しく唇を歪める。


「まさか、街にまで連れ出すとはな……」


 その横で、子どもの声が静かに続けた。


「“彼ら”が変わり始めています。リネットに影響されて――王子としての意識が、芽生え始めているようです」

「……放っておくわけにはいかんな」


 男の瞳に冷たい光が宿る。


「ライアンを――“処罰”する必要があるな」

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