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国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした  作者: 玖坂
第二章:陽だまりにほどける、蕾たち

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 石畳を蹴る馬車の車輪音が、胸の奥まで小さく響いてくる。

 ルーク様は窓から身を乗り出すようにして、街の景色を見つめていた。

 その横顔には、王宮の中では見せたことのない――無邪気な高揚が浮かんでいる。


「すごい……こんなにもたくさん、人がいるんですね」

「おい、危ねぇから座れっての!」


 ライアン様が注意しても、ルーク様の目は街に釘付けだ。


「あれが市場……? 本で読んだ通りなんだ……!」

「近くで見ると、もっとすごいですよ」


 まるで童話の中に迷い込んだ子どものように、彼の目がきらきらと輝いていた。


 ――初めて見る、自分の国。

 知らなかった景色。

 触れたことのない、“現実”。


 彼にとって、すべてが新鮮なのだろう。

 文句を言いながらも、ライアン様までどこか落ち着かない様子だった。


***


 あの日、ルーク様へ手紙を送ったあと、私たちは三日後に“視察”を行うことを決めた。

 本来なら、王弟の監視下にある彼らが、王宮を出ることなど叶わない。

 今回は、ライアン様が密かに整えた抜け道を使い、お忍びの外出となった。


 だが、王族である二人に万が一のことがあれば、その責任を私一人では負いきれない。

 迷った末、ノアに相談したところ――どう説得したのかは不明だが、彼は父へ掛け合い、公爵家から護衛と馬車を手配してくれた。


(……さすが。完璧すぎるわね)


 以前の私なら、ノアに頼ることすらなかっただろう。

 けれど今は、もうわかっている。

 彼には、私たちを害するつもりなど――一切ないことを。


「でも、残念ですね。ノア様にもお会いしたいです」

「ええ、私もお二人に会ってもらいたかったです……」


 彼は病み上がりにもかかわらず、父からの本格的な引き継ぎを始めていた。

 “それを理由に甘えるのは嫌だ”と言い張り、また無理をしているのだろう。


「彼も、ルーク様とライアン様に会えなくて、すっかり口を尖らせてましたよ。

 次はぜひ、お話し相手になってあげてくださいね」


「いいけどさ……そのノアって、本当に信用できるのか?」


 ライアン様の問いかけに、私は迷いなく答えた。


「ええ。自信を持って紹介できます」

「……ふーん」


 その瞬間、妙な沈黙が流れた。

 ライアン様だけでなく、なぜかルーク様まで苦笑いしている。


(……なんなの、この空気)


 気まずさに耐えきれず、私は思わず声を張り上げた。


「ほ、ほら! あそこが街の中心ですわ! 行きましょう!」


 馬車を降りて最初に目に入ったのは、賑わいに満ちた石畳の広場だった。

 パンの焼ける匂いと、果物を山盛りにした籠。

 笑い声と怒鳴り声が交じり合い、混沌とした活気が肌を撫でる。


「……わぁ」


 ルーク様は感嘆の声を漏らし、呆然と市場を見つめていた。


「これが……市場……」


 呟く声には、感動と戸惑いが入り混じっている。


「すごい活気だな。思ってたより……なんつーか、明るいじゃん」


 ライアン様も、口ではぶつぶつ言いながら、視線をきょろきょろと動かしている。

 その様子を微笑ましく見つめながら、私は小さく宣言した。


「それでは――“課外レッスン”開始です!」


 せっかく街に来て、見て終わり。ではつまらない。

 そこで私は二人に予め、課題を渡していた――


***


『二人には事前にお金を渡しておきます』


 そう言って、小袋を一つずつ渡した。


『中には、1,000ソル入っています。だいたい100ソルでパン一つ買えるぐらい、とお考えください』

『なんだよ、たった1,000かよ……』


 その言葉に私はにやりと口角を上げて続けた。


『この1,000ソルは、自由に使っていただいて構いません。

 使い切ってもいいですし、残しても結構です。

 ただし――“必ず一度は使うこと”』


 人と話すことがまだ苦手なルーク様にとっては、少しハードルの高い課題かもしれない。

 それでも彼は、迷いのない瞳でこう言った。


『分かりました』


 “頑張る”ではなく、“分かった”と。


『あ、それと街中では本名で呼び合うのはリスクがあります。

 私のことは“リン”とお呼びください』

『んーと、じゃあ俺“ライ”で、ルークは“ルウ”な!』

『え、なんか……ぼくたち、適当すぎない?』

『まぁ、バレなきゃいいんだよ!』


***


 ――こうして始まった、課外レッスン。

 開始早々、二人の動きはそれぞれの性格が色濃く出ていて、見ているだけで面白かった。


 ライアン様は気になった物を迷わず購入していく一方で、

 ルーク様は、いろいろと見ては悩み、また止めて……を繰り返していた。


「なんだよ、ルウ。何も買ってねぇじゃん」

「う、うん。どれも素敵で……ライは何買ったの?」

「とりあえず食い物。蜜パンと、これは果実水。味は……薄いな」

「そうなの?」

「ああ、でもパンの三倍の値段もするんだぜ?」


 不思議そうな顔をしてる彼に、一つアドバイスをしてみる。


「ライさん」

「ライさんじゃなくて、ライ、な?」

「うっ……ら、ライ……」


 敬称無しは呼びなれていないから、こっちが恥ずかしい。

 そんな私を見て、ニヤニヤしてくるライアン様に少し苛つきを覚えたが、咳払いして再度話しかけた。


「ライ、果実水高いと感じますか?」

「敬語、使ってんの不自然じゃね?」

「んんん、高いと思う?」

「うん、思う。こんなん買う価値あるのかって思うわ」

「じゃあ、周りの人達。みんな不満そうに飲んでる?」


 私の言葉を聞いて、ライアン様は周りを改めて見渡した。

 そして、少し顔に影を作り、答えた。


「いや、むしろ……みんな、幸せそう、だな」


 王宮の食事に慣れている彼らにとって、薄められた果実水は美味しく感じられないだろう。

 だけど、平民にとっては違う。これがご褒美なのだ。

 それに、気がついたのだろう。


「改めて、俺らって恵まれてるな……」


 自分たちの世界が当たり前ではない。

 それに彼は身にしみて気がつけただろう。

 これこそが、この課外レッスンをする意味なのだ。


「私達にとって“当たり前”が、他の人にとっては“特別”かもしれない。それを知ってるか知らないかで、見えてくる世界はまた大きく変わります。

 今日、ライはそのことに気がつけたので、これから見てくるものも、また変わってくるはずですよ」

「……敬語」

「もう、こんな時まで口は減らないで・す・ね!」


 だけど、今日一日でまた彼も成長するだろう。


「あ、あの……リン……」

「どうしました?」

「ぼくも……っ……な、なんでもないです! あそこのパン買ってきます!」

「え、ええ……」


 彼は何を言いかけたのだろうか。

 分からず、ぼんやりと買い物する彼の姿を見つめる。


(あ、お店の方に話しかけて……あら、小銭落としちゃいました。

 ……そうそう、拾うのはゆっくりでも大丈夫です。

 よかった、無事に購入できましたわね!)


 なんとか初めての商品を購入できた彼は、小走りでこちらに戻ってきた。


「リ、リン! 買えましたよ!!」

「ふふふ、おめでとうございます」

「う、うん……」


 初めて買い物をしたというのに、彼は顔を伏せて少し残念そうにしていた。


「……?」

「あ、えっと……あっちにも、行ってみます!」


 そう言って、人混みにたじろぎつつも彼は前に進んでいった。

 すると、突然隣から吹き出すような笑い声が聞こえてきた。


「くくく、お前も意地悪だな」

「え、何がです?」

「アイツ、多分呼んでほしいんだよ」


 少し考え、やっとライアン様の言葉の意味に気がついた。


「お前、頭良いのにこういうの疎いよな」

「うるさいです」

「リン! ライ! あっちに素敵な書店があって、みんなで行きませんか?」


 ライアン様に言われたからか、少し照れくさい。

 けれど、彼だけ呼ばないのも不自然だから――


「はい、行きましょう……ルウ……くん」

「!!」


 横から「結局、君付けかよ」というライアン様の小馬鹿にする声が聞こえてきた。

 私もびっくりだ。彼をいつもと違う呼び方で呼ぶだけで、なんでこんなにも恥ずかしくて、胸がうるさいのか。


 「はい、リン!!」


 その理由は、分からないけれど……

 前髪の隙間から見えた、あの嬉しそうな笑顔が見られたから、呼んでよかったと思えた。

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